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第62話 リリアの直訴と、孤児たちの「聴講生」

カクヨム版と合わせるため、本日は2話更新予定です

こちらは1話目となります

2話目は昼以降の予定です

 領主ゼノンが設立を宣言した「ヴァルモン・スタイル・アカデミー」には、その奇妙な噂に引き寄せられ、領内外から一癖も二癖もある自称「哲学者」や「芸術家」たちが集まり始めていた。


 彼らはアカデミーの校舎が完成するまでの間、城下の一角に用意された宿舎で日夜「ヴァルモン・スタイル」に関する誰にも理解できない熱心な議論を交わしている。

 城下の領民たちはそんな彼らを「領主様が呼び寄せたすごい学者先生たち」として、遠巻きに、しかしどこか畏敬の念をもって眺めていた。


 そんな中、パン屋の娘であり孤児院の世話役でもあるリリアは、一つの大きな決意を固めていた。

 彼女はアカデミーが「みんなのための学校」だと純粋に信じていたのだ。


 ある日の夕食後、リリアは母親にその決意を打ち明けた。


「……お母さん、私、領主様にお願いしに行ってみようと思うの」

「リリア? 何をだい?」

「孤児院の少し大きくなった子たちのことよ。読み書きは少しできるようになったけど、このままじゃ大きくなってもちゃんとした仕事には就けないかもしれないわ。あのアカデミーでもしほんの少しでも何かを学ばせてもらえたら……あの子たちの未来が少しは明るくなるんじゃないかって……」


 母親は娘の言葉に心配そうな顔をした。


「でも相手は領主様だよ? それにあのアカデミーは、私らみたいな者が行くような場所じゃ……」

「分かってる。でも何もしないで後悔するよりは……。それに領主様はきっと私たちのことを分かってくださると思うの」


 リリアの瞳には強い意志の光が宿っていた。

 彼女はこれまでの経験から、ゼノンが「怖いけど本当は優しい人」だと信じている。

 あのお忍びの時の不器用な優しさや、孤児院にコンラート経由で届けられる様々な援助。それらは全て領主様の慈悲の表れだと、彼女は解釈していた。


 翌日。

 リリアは孤児院の子供たちの中から、一番年長でしっかり者の少年トマと少女アンナを連れてヴァルモン城の門をくぐった。

 宰相コンラートはパン屋の娘が領主に会いたいと申し出てきたことに驚いたが、その真摯な態度とリリアが孤児院で献身的に働いていることを知っていたため、特別に謁見の機会を設けることにした。


 ゼノンは執務室に現れたリリアと、その傍らで緊張して固まっている子供たちを見て少し眉をひそめた。


(またあのパン屋の娘か。それに子供どもまで連れて……。一体何の用だ?)


 リリアは深々と頭を下げると、震える声で、しかしはっきりと話し始めた。


「領主ゼノン様。本日は突然の謁見をお許しいただき誠にありがとうございます。そしてアカデミーの設立、心よりお慶び申し上げます」

「うむ。それで要件は何だ?」


 ゼノンは尊大な態度を崩さずに促した。

 リリアは勇気を振り絞って本題を切り出した。


「はい! つきましては大変恐れ多いお願いがございます。あのアカデミーにどうか、この孤児院の子供たちも参加させてはいただけないでしょうか? もちろん正式な学生としてなどとは滅相もございません。ただ教室の隅で授業を聞かせていただくだけでも……。あるいは、お掃除やお使いなどの雑用をさせていただきながらでも……。どうかこの子たちに学ぶ機会を……!」


 リリアは再び深く頭を下げる。

 ゼノンは彼女の言葉の意味をすぐには理解できなかった。


(アカデミーに子供を……? 何を言っておるのだこの小娘は。あそこはヘーゲルやマリーナのような選ばれし者たちが、我が深遠なる『天啓』と『哲学』を学ぶ崇高な場所だぞ? 子供の読み書き教室などではない!)


「……馬鹿なことを申すな」


 ゼノンは冷たく言い放とうとした。

 しかしその時、隣にいた少年トマがリリアの言葉を助けるように小さな声で言った。


「……おれたちも、りょーしゅさまみたいに、かしこくなりたいんだ!」


 そのあまりにも純粋な言葉に、ゼノンは思わず言葉に詰まった。


 (私みたいに……賢く……?)


 そしてリリアの、自分を信じきっているような真っ直ぐな瞳。

 ゼノンの脳裏にまたしても父の言葉(という名の都合の良い記憶)が蘇る。


(父上は仰っていた……。『民こそが領地の礎である。その民が領主を敬い、その教えを乞うというのならば、それに応えるのが真の支配者の度量である』と……!)


 そうだ、これはただの子供の願いではない!

 我が領民が私の「天啓」を、身分に関係なく渇望していることの証なのだ!


 ゼノンは咳払いを一つすると、さも寛大な領主であるかのように尊大に言った。


「……ふ、ふん! 感心な心がけではないか! よかろう! 我が『天啓』は決して選ばれし者だけのものではない! 万民に開かれてこそ真の輝きを放つのだ! 特別に孤児院の子供たちがアカデミーの講義を『聴講生』として聴くことを許可する! せいぜい私の深遠なる哲学のシャワーを浴び、我が領地にふさわしい立派な民へと成長するが良い!」


 ゼノンは自分がとてつもなく慈悲深く、かつ器の大きい決断を下したと完全に思い込んだ。


「ま、まことにございますか!? ありがとうございます、領主様! 本当にありがとうございます!」


 リリアは信じられないといった表情で顔を上げ、そして心からの感謝の言葉を述べた。彼女の瞳には喜びの涙が浮かんでいる。

 トマとアンナもよく分からないながらも、リリアの喜ぶ姿を見て嬉しそうにぺこりと頭を下げた。


 この一部始終を扉の外で聞き耳を立てていたコンラートとリアムは感動に打ち震えていた。


「おお……! ゼノン様の慈悲はどこまで深いのだ……!」

「身分に関わらず学びの機会をお与えになる! これぞ真の『天啓』!」


 後でこの話を聞いたエリオットはまたしても頭を抱えた。


 (子供たちをあの珍妙なアカデミーの『聴講生』に……? もはや教育なのか一種の拷問なのか分からんな……。いやしかし……リリア君の願いがあのような形で叶うとは……。やはりこの領地では、常識的な手段よりも領主に直接勘違いさせるのが一番の近道なのかもしれない……)


 こうしてヴァルモン・スタイル・アカデミーは、その開校を前に風変わりな「学生」たちに加え、純粋な瞳を持つ「聴講生」たちをも受け入れることが決定したのだった。


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