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第61話 アカデミー「学生」募集!~集まる変わり者たち~

 ヴァルモン領の片隅、川沿いの森で古い修道院跡が「ヴァルモン・スタイル・アカデミー」として生まれ変わる工事は、職人ギルドの総力を挙げた「実践研究」によって順調に進んでいた。

 その一方で宰相コンラートは、もう一つの難題に直面していた。

 それはアカデミーで学ぶ「学生」と、教鞭をとる「教員」の募集である。


「……ゼノン様は『アカデミーを設立する』と仰せになったが、肝心の中身については何も……」


 コンラートはエリオットと共に頭を悩ませていた。

 「天啓とヴァルモン・スタイルの研究」などというあまりにも漠然とした目的を掲げた学びの舎に、一体どんな人間が集まるというのか。


 しかし彼らの心配は、ある意味で杞憂に終わった。

 そしてある意味では、最悪の形で現実のものとなった。


 ヴァルモン領が「天啓の領主」の下で独自の文化を花開かせているという噂。

 そして王都の文化人貴族フェルディナント子爵や、隣領バルツァーの若き貴族クラウスがその「ヴァルモン・スタイル」に感銘を受けたという尾ひれのついた話が、商人たちの口を通じて周辺の国や地域に少しずつ広まり始めていたのだ。


 その結果、コンラートが半信半疑で出したアカデミーの「学生募集」の布告に応じ、ヴァルモン領には実に奇妙で個性的な人々が集まり始めたのである。


 最初にやってきたのは、一人の自称「放浪の哲学者」だった。

 名をヘーゲルという痩せぎすで神経質そうな男である。


 彼は王都のアカデミーで「存在の非存在性における無の動的構造」などという誰にも理解できない論文を発表しては異端扱いされ、各地を放浪していた。

 そんな彼が「ヴァルモン領主は多くを語らぬ威厳や無限の可能性といった、形而上学的な哲学を統治の根幹としている」という噂を聞きつけ、「我が哲学を真に理解する君主がついに現れた!」と感激し、はるばるやってきたのだ。


 次に現れたのは、女流彫刻家のマリーナ。

 彼女の作る作品は常に左右非対称で、一部分が未完成のまま放置されるという極めて「前衛的」なものだった。

 当然どこへ行っても評価されず「ただの失敗作だ」と酷評されてきた。

 そんな彼女が「ヴァルモン・スタイルとは非対称の美と未完成の可能性を称揚する芸術である」という噂(主にクラウスがバルツァー領で広めたもの)を耳にし、「私の時代が来た!」と創作意欲に燃えてやってきた。


 さらにバルツァー領からは、クラウスに紹介されたという数名の若い貴族の子息たちが「最新の流行を学ぶため」と称して訪れた。

 彼らは哲学や芸術に深い興味があるわけではなく、ただヴァルモン・スタイルが「イケてる」と思い込んでいるだけの軽薄な若者たちだった。


 もちろんヴァルモン領内からも数名の若者が「学生」に名乗りを上げた。

 彼らの動機は「なんだか面白そうだから」「畑仕事よりは楽そうだから」「領主様のお側で働けば何かいいことがあるかもしれないから」といった、極めて不純な、しかし人間味あふれるものばかりであった。


 コンラートは集まってきた人々の顔ぶれを見て、内心(……これは本当に大丈夫なのだろうか……)と一抹の不安を禁じ得なかった。

 しかし人が集まったのは事実。彼はこれを「ゼノン様の天啓が多様な才能を引き寄せたのだ」と無理やり解釈し、ひとまずゼノンに報告することにした。


 ゼノンはアカデミーの第一期生となるそれらの「才能」たちと謁見し、大いに満足した。


「うむ! 皆、実に良い顔をしておる! その目には真理を探究する輝きと、旧態依然とした芸術への反骨精神が宿っておるわ!」


 ゼノンには哲学者の神経質そうな顔つきは「真理を求める苦悩」に、彫刻家の不満げな表情は「旧弊への反骨心」に、そしてただ退屈そうな領内の若者の顔は「内に秘めたる大いなる可能性」に見えたのだ。


「特にそこのヘーゲルとやら! 貴様の言う『無の動的構造』、実に興味深い! それは我が『多くを語らぬ威厳』と何か通じるものがあるな!」

「おお! おお、ゼノン閣下! お分かりいただけますか! この私の哲学を!」


 ヘーゲルは生まれて初めて自分の哲学を(表面上だけでも)肯定され、感涙にむせんだ。


「そしてマリーナ! 貴様の『非対称と未完成の美学』! それこそ我が『至宝その2』が示すヴァルモン・スタイルの神髄そのものではないか!」

「まあ! 我が芸術をそこまで理解してくださる方がこの世におられたなんて……!」


 マリーナもまたゼノンを「唯一の理解者」と信じ、感激に打ち震えた。


 こうしてゼノンと集まってきた変わり者たちは、お互いのことをそれぞれ全く違うベクトルで盛大に勘違いし合い、奇妙な師弟関係あるいは固い友情で結ばれた。


 リアムは「ゼノン様はやはり人の本質を見抜く天才だ! これほどの才能を一瞬で見抜かれるとは!」と、いつものように感心しきりである。


 監察官エリオットはその光景をもう、ただただ遠い目で見つめていた。


 (……終わった。ヴァルモン領に各方面の『ヤバい奴ら』が集結してしまった……。ここはもう私の手には負えん。ただの巨大な勘違いの実験場だ……)


 校舎の完成も間近に迫っていた。

 この個性豊かすぎる――というか問題児しかいない学生たちを迎え入れ、「ヴァルモン・スタイル・アカデミー」は一体どのような「学びの舎」となるのだろうか。

 ヴァルモン領の未来は、さらに予測不能で混沌とした方向へと舵を切ろうとしていた。

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