第56話 「天啓リサイクル」大作戦!
領主ゼノン・ファン・ヴァルモンが、ルドルフ少年のささやかなリサイクル活動を「天啓リサイクル」と命名し、これを「ヴァルモン領の新たな方針」として奨励すると宣言してから数日。
ヴァルモン城内、そして城下の一部ではにわかに「リサイクル」の気運が高まっていた。
もちろんその背景には、ゼノンが発布した「質素倹約令(領主の贅沢は除く)」による深刻な備品不足と、領主の新たな「天啓」に逆らえば何を言われるか分からないという家臣や職人たちの切実な事情があった。
若き「宮廷芸術家」兼「天啓リサイクル第一人者(?)」に祭り上げられたルドルフは、相変わらず困惑しつつも領主直々の命令とあっては断ることもできず、ギルドの職人たちや城の役人たちに自分の行った「リサイクル」について説明して回る羽目になった。
「え、えっと……これは、その、先代様の壊れた大理石の彫像の欠片を、こう、できるだけシンプルに削って……文鎮に……。あとこの線は記念碑の『無限の可能性』を……少しだけ……」
ルドルフが顔を真っ赤にしながら説明する傍らでは、宰相コンラートが、いつものように力強く補足する。
「素晴らしいだろう諸君! これぞゼノン様が常々仰せの『ヴァルモン・スタイル』の精神! すなわち打ち捨てられたものの中にも『無限の可能性』を見出し、最小限の加工で『多くを語らぬ威厳』を与え、新たな価値を創造する! これこそが『天啓リサイクル』の神髄なのだ!」
職人や役人たちは、コンラートの熱弁(と、その背後にいるであろう領主の影)に気圧され、よく分からないながらもとりあえず頷くしかなかった。
そして彼らはそれぞれの持ち場に戻ると、見よう見まねで「天啓リサイクル」を実践し始めた。
鍛冶職人たちは錆びついた古い武具や壊れた農具の金属部分を溶かし、それを再び打ち直して釘や蝶番、あるいは粗末だが実用的な小刀などを作り始めた。
「おお、この鉄屑もゼノン様の『天啓』にかかれば見事な刃物に生まれ変わる!」
木工職人たちは割れた家具の廃材や建築現場で出た木の端材を組み合わせ、小さな箱や、歪だが味のある棚、子供のためのおもちゃなどを作り出した。
「この歪みこそが『未完成の美』! 木目の一つ一つに『無限の可能性』が宿っておる!」
織物職人や裁縫師たちは、使い古した布や城の飾り付けで余った高級織物の切れ端を丁寧に繋ぎ合わせ、雑巾や継ぎ接ぎだらけだが暖かい子供用の服、そしてなぜか「ヴァルモン・スタイル」を意識した結果、左右非対称なデザインの奇妙な頭巾などを作り出した。
「この継ぎ接ぎの一針一針に領主様の『物を大切にする心』が込められているのです!」
もちろん全ての「リサイクル品」が実用的だったわけではない。
中にはルドルフの「芸術」を真似ようとして、ただガラクタに奇妙な線を一本引いただけのオブジェや用途不明の歪な塊なども生み出された。
しかしそうしたものですらコンラートやリアムは「素晴らしい! これぞまさに『天啓』の現れ!」と絶賛し、城の片隅に丁重に飾られたりした。
監察官エリオットはこの城内で巻き起こる「リサイクルブーム」を冷めた目で見守っていた。
彼にはこれが領主の無茶な倹約令に対する現場の必死の対応策にしか見えない。
しかし不思議なことにこの「天啓リサイクル」は、実際に城内の備品不足をじわじわと、しかし確実に解消し始めていた。
灯油の代わりに使われる手作り燭台、羊皮紙の切れ端をまとめるための木製クリップ、厨房で使う薪の不足を補うための乾燥させた落ち葉や木屑を固めた燃料……。
それらは決して見栄えが良いものではなかったが、人々の創意工夫と、何よりも「領主様が奨励しておられるのだから」という大義名分が、実用的なリサイクル活動を後押ししていたのだ。
(……なんとまあ。結果的に資源の有効活用とある種の技術開発に繋がっているとは……。倹約令の本来の目的(領主の贅沢維持)とはかけ離れているが、これはこれで……いや、やはり理解不能だ)
エリオットはヴァルモン領の「結果オーライ」体質にもはや慣れっこになっていた。
数日後。領主ゼノンは、「天啓リサイクル」の進捗状況を視察するため、コンラートとリアム、そして「指導役」のルドルフを伴い、城内を見て回った。
彼の目には家臣や職人たちが熱心にガラクタから何かを生み出している姿が映る。
そして城のあちこちに置かれた奇妙だがどこか「ヴァルモン・スタイル」を感じさせる(と彼が勝手に思っている)リサイクル品々。
「うむ! 素晴らしいぞ、皆の者!」
ゼノンは大いに満足し、高らかに宣言した。
「これぞ、我が『天啓リサイクル』の成果よ! 我が領民たちは私の指導の下、かくも創造的で、かくも質素倹約の精神に富んでおる! 父上がご覧になったらきっとお喜びになるであろう!」
彼は、この状況が自分の「質素倹約令」と「芸術指導」の賜物であると微塵も疑っていなかった。
そしてこの「成功」に気を良くしたゼノンは、次なる「天啓」を得ようと、また新たな思いつきにふけるのだった。
ルドルフ少年は、そんな領主の姿を複雑な思いで見上げていた。
(僕がやったのはただのガラクタいじりなんだけどなぁ……。でもみんなが少しでも助かっているなら、それでいいのかな……?)
彼の「天才芸術家」としての受難はまだしばらく続きそうだったが、その心には以前にはなかった、ほんの少しの「誰かの役に立つ喜び」のようなものが芽生え始めているのかもしれない。
ヴァルモン領の未来は、今日もまた多くの勘違いとささやかな善意、そして領主の「天啓」によって奇妙な方向に、しかしなぜか少しずつ前進していくのだった。




