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第54話 城の備品が足りない! ~ゼノンの「節約令」~

 隣領バルツァーで「天啓スタイル」なる珍妙な流行が生まれつつあるという報告に、領主ゼノン・ファン・ヴァルモンがご満悦でいた頃。

 ヴァルモン城の水面下では、地味ではあるが、じわじわと深刻な問題が進行していた。

 それは、城内で使用される様々な備品の不足であった。


 これまでのゼノンの「天啓」による数々の事業――悪趣味な城の飾り付け、度重なる領主の思いつきによる祝祭、ギルドへの「投資」、そして「ヴァルモン・スタイル教本」の製作など――は、確実に領地の財政を圧迫し始めていた。

 宰相コンラートは、持ち前のやりくり算段で何とか帳尻を合わせてきたものの、日々の消耗品や城の維持に必要な細々とした物品の補充が明らかに滞り始めていたのだ。


「……というわけで、ゼノン様。誠に申し上げにくいのですが、城内の灯油が底を尽きかけておりまして。また執務に必要な羊皮紙やインク、さらには厨房の薪などもかなり心許ない状況にございます」


 コンラートは胃を押さえながら、恐る恐るゼノンに報告した。

 彼はこの報告が領主の新たな「浪費」のきっかけにならないか、内心びくびくしていた。


「なに? 灯油だの、紙だの、薪だのが足りんだと?」


 ゼノンは眉をひそめた。

 彼にとってはそんなものはあって当然のもの、いくらでも湧いて出てくるものという程度の認識しかない。


「嘆かわしいことだ! 私の領地でそのような些末なものが不足するとは! 管理はどうなっておるのだコンラート!」

「も、申し訳ございません……。ここのところ、その……領内の『活性化』に伴い、何かと物入りでございまして……」


 コンラートは必死で言葉を選びながら弁解する。

 ゼノンは腕を組み、しばらく考え込むそぶりを見せた。


(ふむ……。父上ならばこういう時どうされたであろうか……? そうだ! 父上は常々『真の力とは、質素倹約の中にこそ宿る』と仰っていた! ……ような気がする! そして、『民には厳しく、己にはさらに厳しく! ただし領主としての威厳を損なうような質素は許さん!』とも……!)


 ゼノンの脳内でまたしても父の言葉(という名の、都合の良い記憶の断片と、自己流の解釈のチャンポン)が再構築された。

 父が実際に言っていたのは「民から搾り取れるだけ搾り取れ! そして、その富で、俺様は贅沢三昧だ!」だったのだが、そんなことはゼノンの知るところではない。


「よしコンラートよ! ならば我がヴァルモン領に新たな『気風』を打ち立てる時だ!」


 ゼノンは名案を思いついたとばかりに、高らかに宣言した。


「これより『ヴァルモン領・質素倹約令』を発布する! 無駄を徹底的に省き、質実剛健の精神を領内に広めるのだ!」

「し、質素倹約令……でございますか!?」


 コンラートは驚いて聞き返した。

 あの浪費家の先代とは似ても似つかぬ(そして、今のゼノンとも似ても似つかぬ)言葉だ。

 もしや、若様はついに財政の危機をご理解され、真の改革に乗り出されるのでは……!?

 コンラートの胸に一瞬淡い期待がよぎる。


 しかしその期待は続くゼノンの言葉によって無残にも打ち砕かれた。


「うむ! 城内の灯りは必要最低限! 夜間の無駄な明かりは許さん! 書類も小さな羊皮紙の切れ端を有効活用せよ! 食事も……いや、私の食事はこれまで通り豪華でなくてはならん! 領主の威厳が損なわれるからな! だがそれ以外の者たちは質素な食事で満足すべし! 良いな!?」


 ゼノンの言う「質素倹約令」とは、結局のところ「自分以外の者は我慢しろ。ただし自分の生活水準は下げるな」という身勝手極まりないものだった。

 コンラートは天を仰ぎたくなった。

 (……やはり、こうなるか……)


「は、ははぁ……。さ、さすがはゼノン様……。そのメリハリの効いたご英断、恐れ入ります……」


 コンラートはもはや諦めの境地でそう答えるしかなかった。

 リアムはいつものように「領主様自らが範を示す(食事以外は)質素倹約! 素晴らしい!」と感動している。


 監察官エリオットはこの新たな「節約令」の内容を聞き、報告書の追加項目をうんざりした表情で書き連ね始めた。


(……ヴァルモン領・質素倹約令。ただし領主の贅沢は除く、か。実に合理的だ。非合理的な意味で……。これで城の機能が麻痺しなければ良いが……)


 ゼノンの「質素倹約令」は、すぐに城内に(そして、一部は領民にも)通達された。

 その結果、ヴァルモン城では奇妙な光景が繰り広げられることになった。


 夜の廊下は本当に必要最低限の灯りしか灯されず、薄暗がりの中を家臣たちが手探りで歩いている。

 執務室では役人たちが虫眼鏡を使いながら、米粒ほどの小さな文字で羊皮紙の切れ端に報告書を書きつけている。

 厨房では料理長が、限られた薪と食材でいかにして領主の豪華な食事と、それ以外の者たちの質素な(しかし、栄養は考えられた)食事を作り分けるか頭を悩ませていた。


 もちろん、ゼノン自身は自分の執務室だけは煌々と灯りを灯し、大きな羊皮紙に意味のないサインを書き殴り、豪華な食事を堪能している。

 彼は自分の発した「質素倹約令」が、領内に新たな「引き締まった気風」をもたらしていると大いに満足していた。


「うむ。やはり私の指導は的確だな。これで無駄なものがなくなり、領地はさらに豊かになるだろう」


 彼が知らないのは、この「節約令」によって城の備品不足が解消されるどころか、むしろ現場の混乱と、家臣たちの隠れた不満がじわじわと蓄積し始めていることだった。

 そしてこの新たな「危機」が、またしても、誰かの奇抜なアイデアと、周囲の勘違いによって予想外の形で解決されることになるのかもしれない……。

 ヴァルモン領の明日はどっちだ。

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