第47話 「天啓」の領主様、爆誕す!
強国グーデンブルク王国の使節長、カウント・アイゼンミュラーが領主ゼノン・ファン・ヴァルモンの「ヴァルモン・アート・アタック」という名の奇策の前に戦意を喪失し(あるいは正気を失いかけ)退散してから数日。
ヴァルモン城は、かつてないほどの興奮とある種の神聖な(?)空気に包まれていた。
「見たか! 私の芸術と哲学の力が、ついにあのグーデンブルクの傲慢な鼻をへし折ってやったわ!」
ゼノンは改装されたばかりの――そして今や「戦略的空間」としての意味合いを帯びた――執務室で、高らかに勝利宣言をしていた。
彼は自分の深遠なる「ヴァルモン・スタイル」が鉄面皮の外交官の精神を打ち砕き、大国を退けるという歴史的快挙を成し遂げたと心の底から信じている。
(父上も、きっと天で称賛してくださっているに違いない! 力だけでなく、時には文化と芸術の力で敵を圧倒する……これぞ真の覇者の統治術よ!)
ゼノンの脳内では父の悪徳な行いですら、高尚な文化戦略へと昇華されていた。
その言葉を宰相コンラートは目に涙を浮かべて聞いていた。
「おお……ゼノン様……! あのアイゼンミュラーを武力ではなく、ましてや金品でもなく、ただゼノン様の深遠なる『お考え』と『お示し』だけで退かせるとは……! まさに天からの啓示を受けたかのようなご手腕! これはもう『天啓』の領主様とお呼びすべきでございます!」
コンラートはゼノンの常軌を逸した行動と、それがもたらしたように見える奇跡的な結果を前に新たな尊称を勝手に創造していた。
「天からの啓示のごとく常人には理解できぬが、結果として聖なるごとき結果を導くお方」……それが彼のゼノンに対する新たな評価だった。
騎士リアムももちろん異論はない。
「はい、コンラート閣下! ゼノン様は剣や槍ではなく、その魂の輝きそのもので敵を打ち払われたのです! これぞ真の騎士道精神を体現されたお姿! 我が君こそ伝説の勇者にも匹敵する『天啓』の領主様にございます!」
リアムの解釈はもはや英雄譚の域に達していた。
監察官エリオットはその光景をもはや何の感情も浮かべずに(あるいは全ての感情が一周して無になったのかもしれない)眺めていた。
(天啓……ね。まあ、言い得て妙かもしれん。常識が一切通用しないという点では確かに神懸かり的だが、結果的にヴァルモン領の危機が去ったのも事実……。しかしこれが外交戦略として、今後も通用すると本気で思っているのだろうか、この人たちは……)
エリオットはもはやヴァルモン領の「常識」について考えることを完全に放棄していた。
彼にとって重要なのは、この奇妙な領地がどういう形であれ「安定」し、王国の不利益とならないことだけだ。
そのための手段が領主の「天啓」や家臣の「勘違い」であるというのなら、それもまた受け入れざるを得ないのかもしれないと、彼は半ば諦観にも似た境地で思い始めていた。
ゼノンの「天啓」伝説はコンラートとリアムによって瞬く間に城内、そして領民たちへと広められた。
もちろんその内容は、ゼノンの芸術と哲学の深遠さ、そしてそれがいかにして強国の使者を退けたかという、尾ひれ背びれどころか原型を留めないほどに脚色された英雄譚である。
「聞いたか? 領主様、グーデンブルクの怖い使者になんかスゴイお告げみたいなのを見せたら、使者が恐れ入って逃げ帰ったんだとよ!」
「へぇー! 領主様って、そんなに不思議な力がおありだったのか!」
「ただ怖いだけの人かと思ってたけど、実はとんでもない天の啓示を受ける聖人様みたいな人なのかもしれんなぁ……」
「『天啓』のゼノン様、か。なんだかありがたいような、近寄りがたいような……」
領民たちはその突拍子もない噂に最初は半信半疑だったが、これまでのゼノンの――結果的に良い方向へ転がってきた――数々の奇行を思い出し、次第に「あり得るかもしれない」と納得し始めた。
そしてその「天啓」という言葉の響きが、なぜか彼らの心に妙な安心感とある種の畏敬の念を植え付けていく。
『普通の領主様じゃないからこそ、何かすごいことをしてくれるのかもしれない』という新たな期待感である。
この噂は当然、隣領バルツァーにも伝わった。
バルツァー卿はアイゼンミュラーがヴァルモン領からすごすごと引き上げてきたという情報と、ヴァルモン領から聞こえてくる「天啓」伝説を結びつけ、ますますゼノンへの評価を「理解不能だが、下手に敵対すべきではない何か人知を超えた力を持つ要注意人物」へと上方修正した。
一方グーデンブルク王国では、帰国したアイゼンミュラーが国王に報告した。
「ヴァルモン領主ゼノン、若年ながら常軌を逸した思考の持ち主。その統治は理解不能の極みであり、現時点での直接介入は我が国にとって不測の損害を招く危険性あり。まるで神託でも受けているかのごとき言動、しばらくは静観が上策と愚考仕る」
これによりグーデンブルク王国からの直接的な圧力は当面の間、鳴りを潜めることになった。
彼らはヴァルモン領を「触れてはならぬ理解不能な存在」として、警戒リストの片隅に追いやったのである。
こうしてヴァルモン領は領主ゼノンの「天啓」という新たな――そしてさらに誤解された――伝説によって、図らずも国際的な(?)安全保障を一時的)手に入れた。
ゼノン本人は自分の芸術と哲学が世界に通用したと、ますます自信を深め次なる「父上の真似」に思いを馳せる。
コンラートとリアムはそんな「天啓」のゼノン様への忠誠をさらに誓い、エリオットはただただこの領地の未来がどこへ向かうのか見守るしかないのだった。
予定されていた「凱旋と豊穣の祝祭」はこうして「天啓のゼノン様・外交的大勝利&豊穣感謝祭」へとその名称と意義を勝手に変え、盛大に執り行われることになった。