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第45話 反撃の狼煙 ~ヴァルモン・アート・アタック!~

 領主ゼノン・ファン・ヴァルモンが自室で「熟考」という名の混乱の淵に沈んでいる頃、宰相コンラートと監察官エリオットは一つの結論――という名の奇策――に至っていた。

 すなわち、「ゼノン閣下の『真の偉大さ』、その常人には理解できぬ深遠なる芸術と哲学をもって、強国グーデンブルクの使者カウント・アイゼンミュラーを煙に巻く」という前代未聞の外交戦略である。


 コンラートは、エリオットからこの策――というより、ほとんど賭けに近い提案――を聞かされた当初さすがに絶句した。

 しかし、エリオットの「ゼノン閣下の『理解不能さ』こそが我々の最大の武器となり得る」という言葉と、他に有効な手が思い浮かばない絶望的な状況、そして何よりもこれまでゼノンの奇行がことごとく良い結果を生んできたという実績が彼の背中を押した。


(……そうだ。若様のお考えは常に我々の想像を超えておられる。ならば、この策こそ若様の真の偉大さを、あの無礼な使者に見せつける最高の機会なのかもしれん!)


 コンラートは、いつものように凄まじい速度で自己完結的な納得に至り、エリオットと共にゼノンの元へと向かった。


 自室で、未だ出口の見えない混乱の中にいたゼノンは、コンラートとエリオットの訪問を重い溜息と共に迎えた。


「……何か、策でも浮かんだのか?」


 その声にはいつもの尊大さはなく、むしろ子供が助けを求めるようなか弱ささえ感じられた。

 コンラートはそんなゼノンの珍しい姿に胸を痛めつつも、力強く進言した。


「はっ! ゼノン様! この難局を乗り越えるための、唯一無二の策見いだしましたぞ!」


「……唯一無二の、策だと?」


 ゼノンの目に、ほんの少しだけ光が戻る。


「はい! それはゼノン様ご自身にしか成し得ない、我がヴァルモン領の『真髄』を示すことでございます!」


 コンラートは、エリオットと事前に打ち合わせた通りゼノンの自尊心を最大限にくすぐる言葉を選びながら、作戦の概要を説明し始めた。

 すなわち、アイゼンミュラーを再び呼び出し、ゼノン自らがヴァルモン領が誇る「芸術」と「哲学」の神髄を堂々と彼に「御高覧」いただくというものだ。

 もちろん、その「芸術」とはルドルフ作の記念碑や例のオブジェ、そしてゼノンの執務室のことであり、「哲学」とはゼノンが日頃から口にしている――そして誰も理解できない――「無限の可能性」や「多くを語らぬ威厳」といった言葉のことである。


 ゼノンは最初、コンラートが何を言っているのか理解できずぽかんとしていた。

 しかし、話が進むにつれて彼の顔がみるみる輝き始めた。


(……そうだ! なぜ、こんな簡単なことに気づかなかったのだ! 父上も時には『力』ではなく『文化』や『芸術』の力で相手を圧倒しておられたではないか! グーデンブルクのあの男、いかにも武骨で芸術など解さぬ田舎者といった風体だった。ならば、私の深遠なる芸術と哲学を目の当たりにすればそのあまりの格の違いに恐れおののき、戦意を喪失するに違いない!)


 ゼノンは、コンラートの)提案を自分の天才的な閃きへと瞬時に昇華させた。

 父の記憶も都合よく「文化による威圧」へと書き換えられている。


「……ふ、ふはははは! コンラートよ、エリオットよ、よくぞ気づいた! それだ! それこそが我がヴァルモン領の、いや、この私の真の『力』を見せつける唯一無二の策よ!」


 ゼノンは完全にいつもの調子を取り戻し、高らかに宣言した。


「よし! すぐにアイゼンミュラーを呼び戻せ! そして、ルドルフもだ! 我が『宮廷芸術家』ルドルフと共にヴァルモン・アート・アタックを仕掛けてくれるわ!」


「ヴァルモン・アート・アタック……でございますか?」


 コンラートはその勇ましい名前に若干の不安を覚えつつも、力強く頷いた。

 エリオットはただ、天を仰いだ。


(……頼むから、ただの自爆になりませんように……)


 数時間後。

 再びヴァルモン城の広間に呼び出されたカウント・アイゼンミュラーは内心、いぶかしんでいた。


(脅しが効いて、ついに降伏の使者か? それとも何か見苦しい命乞いでもするつもりか?)


 しかし、彼の前に現れたのはなぜか自信満々の表情を浮かべたゼノンと、その傍らで顔面蒼白になっているルドルフ、そしてどこか覚悟を決めたような――あるいは、諦めたような――表情のコンラートとエリオットだった。


「アイゼンミュラーよ、よく来たな」


 ゼノンは芝居がかった口調で言った。


「貴様のような田舎者に我がヴァルモン領の真の『力』……すなわち、崇高なる『芸術』と『哲学』の神髄を特別に見せてやろう! 心して刮目せよ!」


 そして、ゼノンの号令一下、前代未聞の「ヴァルモン・アート・アタック」が開始された。

 まずはルドルフが震える声で、あの記念碑――の模型――の「無限の可能性」についてゼノンから吹き込まれた――そしてルドルフ自身も理解していない――解説をさせられた。

 次にゼノンの執務室に案内され、その「多くを語らぬ威厳」と「ミニマリズムの極致」について延々と説明を受けた。


 そして、とどめはあの金ピカの謎オブジェ「至宝その2」である。

 ゼノンはそれを自ら手に取り、その「未完成の美」と「記念碑との連続性」について熱弁を振るい始めた。

 時折、自作の「ヴァルモン領経営哲学ポエム」の一節を朗々と吟じたりもする。


 アイゼンミュラーは最初、何か深遠な意味が隠されているのかと必死に理解しようと努めていた。

 しかし、ゼノンの説明は支離滅裂でルドルフの解説は意味不明、そして目の前の「芸術品」は彼の美的感覚では到底理解不能な代物ばかり。

 彼の表情から徐々に冷静さが失われ、困惑、そして不快感、最終的には形容しがたい「恐怖」のようなものさえ浮かび始めた。


(……こ、こいつは……本物だ……。本物の、狂人だ……!)


 鉄面皮で鳴らしたアイゼンミュラーの額にじわりと汗が滲む。

 彼はこれまで数々の修羅場を経験してきたが、これほどまでに理解不能な状況は初めてだった。

 これは何かの罠なのか? それとも、この若き領主は本当にこの狂った世界観の中で生きているというのか……?


 ゼノンはそんなアイゼンミュラーの反応を、「我が芸術のあまりの素晴らしさに言葉を失い、感動に打ち震えているのだな」と、いつものように勘違いしますます得意げに熱弁を続ける。

 コンラートとリアムは主君の「圧倒的な芸術パワー」に心酔し、エリオットはただただこの茶番劇が早く終わることを祈っていた。


 ヴァルモン領の存亡を賭けた、奇策「ヴァルモン・アート・アタック」。その反撃の狼煙は、アイゼンミュラーの精神を確実に蝕み始めていた……。

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