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第40話 使節団、バルツァー領へ ~歓待と疑惑の目~

 数日後、ヴァルモン領からの使節団は、隣領バルツァーの主都へと到着した。


 宰相コンラートを正使とし、監察官エリオットが補佐、騎士リアムが護衛隊長、そして「芸術顧問」という、本人にとっては甚だ不本意な肩書を与えられた石工見習いのルドルフが、不安げな面持ちで一行に加わっていた。


 彼らが曳く荷馬車には、交易品の見本となる実用的なギルド製品の数々と、そして、バルツァー卿への献上品として、ルドルフが心血を注いで、そして頭を抱えてデザインした「ヴァルモン・スタイル芸術品 試作第一号」が、厳重に梱包されて積まれていた。


 バルツァー領の城門では、丁重な出迎えを受けた。

 領主バルツァー卿自身は姿を見せなかったものの、彼の腹心である宰相格の貴族と、数名の文官が一行を案内する。

 ヴァルモン領の使節団は、前回、ゼノンの悪趣味な城の飾り付けで使者を困惑させた記憶も新しく、相手の反応を窺いつつも、まずは友好を深めることを第一に考えていた。


「コンラート殿、エリオット殿、そしてリアム殿、ルドルフ殿。遠路ようこそお越しくださった。我が主バルツァーも、皆様のご到着を心待ちにしておりましたぞ」


 バルツァー領の宰相は、笑顔で一行を迎え入れた。

 彼の態度は友好的だが、その目の奥には、ヴァルモン領の最近の動向に対する探るような光が宿っているのを、エリオットは見逃さなかった。


 まずは、交易品の見本が披露された。

 ヴァルモン領ギルドが製作した、質実剛健な木製家具、丈夫で使いやすい陶器、そして丁寧ななめし革で作られた袋物など。

 これらは、ゼノンの「もっと派手に!」という鶴の一声を、エリオットとコンラートが必死で「素材の良さを活かした、飽きのこないデザインこそ真の贅沢」と解釈し直し、職人たちが実用性を重視して作り上げたものだ。


「ほう……これは、なかなかの出来栄えですな」


 バルツァー領の商人や職人たちが、食い入るように品々を検分し、感嘆の声を漏らす。

 特に、木製品の仕上げの良さや、陶器の素朴ながらも温かみのある風合いは、彼らにとっても目新しいものだったらしい。


「ヴァルモン領の職人たちの腕、以前とは比べ物になりませんな。素晴らしい」


 お世辞だけではない、素直な称賛の言葉に、コンラートと今回、ギルド代表として同行していたゲルトは、安堵と誇りが入り混じった表情を浮かべた。

 リアムも、「ゼノン様の指導の賜物だ!」と胸を張っている。


 そして、いよいよ問題の「献上品」が披露される番となった。

 ルドルフが、緊張で震える手で、梱包を解いていく。

 現れたのは、エリオットの助言に基づき、金ピカの部分と、あえて磨き上げない粗削りな石の部分、そして記念碑を模した一本の直線を組み合わせた、奇妙なバランスの……水差し? 花瓶? いや、やはり用途不明のオブジェだった。


「こ、こちらが、我が領主ゼノン様が、バルツァー卿への友好の証として、特別に我が領の『芸術顧問』ルドルフに作らせました、『ヴァルモン・スタイル』を体現した品でございます……。その名も……ええと……『無限なる友情の萌芽』とでも、名付けましょうか……」


 コンラートが、額に汗を浮かべながら、必死で作品解説(という名の即興の物語)を付け加える。

 ルドルフは、顔を真っ赤にして俯いていた。

 (そんな名前、初めて聞いた……)と、彼は心の中で叫んでいた。


 バルツァー領の宰相や文官たちは、その奇妙なオブジェを前に、一瞬、言葉を失った。

 彼らの顔には、困惑と、理解不能という表情が、ありありと浮かんでいる。

 金色の部分は確かに豪華だが、なぜか一部が未完成のようで、変な線も入っている……。


「……ほ、ほう……。これは、その……実に、独創的で……前衛的な……」


 バルツァー領の宰相は、外交官としての経験を総動員し、何とか当たり障りのない称賛の言葉を絞り出した。

 他の者たちも、必死でそれに倣い、「深遠な哲学を感じますな」「見たことのない様式美ですぞ」などと、曖昧な言葉で賞賛の意を示した。


 リアムは、その反応を見て、得意満面だった。


「お分かりいただけましたか! これぞ、我が領主ゼノン様が確立された、新たなる芸術様式『ヴァルモン・スタイル』の神髄! この作品には、両領の無限の可能性と、これから芽生えるであろう輝かしい友情が、見事に表現されておるのです!」


 リアムの熱弁は、バルツァー領の人々の困惑を、さらに深めるだけだった。

 エリオットは、ただただ、この場から消え去りたいと願っていた。


 幸い、その後の交易協定や街道整備に関する実務的な話し合いは、エリオットとコンラート、そしてバルツァー領の現実的な官僚たちの間で、比較的スムーズに進んだ。

 両領にとって利益のある内容で、大筋の合意がなされ、あとは細部を詰めるだけとなった。


 その夜、使節団のために開かれた歓迎の宴の席で、エリオットは、バルツァー領の宰相と、少し踏み込んだ話をする機会を得た。


「エリオット殿。ヴァルモン領の最近の発展ぶり、そしてゼノン閣下の『ご手腕』については、様々な噂が我々の耳にも届いております」


 バルツァー領の宰相は、酒を酌み交わしながら、探るような目でエリオットに語りかけた。


「我が主バルツァーも、ヴァルモン領との友好は望んでおりますが、同時に、貴領の急激な変化の裏にある『真の力』が何なのか、見極めかねているのも事実。……特に、王都中央や、さらにその先の……いくつかの大国も、貴領の動向に、静かな関心を寄せ始めているとか……」


 その言葉に、エリオットは内心で息をのんだ。

 やはり、ヴァルモン領の奇妙な「成功」は、外部の注目を集め始めている。

 それも、必ずしも友好的なものばかりではないかもしれない。


「……それは、初耳ですな」


 エリオットは、表情を変えずに答えた。


「我が領主ゼノン閣下は、ただ、父君の偉大な統治を範とし、領民の安寧と領地の発展を願っておられるだけ。その純粋な思いが、天に通じているのかもしれませんな」


 彼は、いつものヴァルモン領流の「彼にとっての真実」を、外交辞令として語ってみせた。

 バルツァー領の宰相は、それを聞いて、ますますヴァルモン領とその若き領主への不可解さを深めたようだった。


 数日後、ヴァルモン領使節団は、一応の外交成果と、そしてエリオットの胸に宿った新たな懸念を抱えて、帰路についた。

 ヴァルモン領の未来は、隣領との友好関係という新たな光と、そして、まだ見えぬ外部からの視線という、微かな影を帯び始めていた。

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