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第39話 ヴァルモン・スタイルと外交使節団の準備

 領主ゼノン・ファン・ヴァルモンによる「英断」という名の、宰相コンラートによる巧みな誘導の末の決定によって、ヴァルモン領職人ギルドへの設備投資が実行された。

 交易で得た利益は、職人たちの熱意と、監察官エリオットの的確な助言によって、瞬く間に新しい道具や素材へと姿を変え、ギルドの工房はかつてないほどの活気に満ち溢れていた。


「この新しい旋盤、素晴らしいぞ! これなら、もっと精密な木製品が作れる!」

「石工の道具も一新された。ルドルフ君、君の『芸術』も、これでさらに磨きがかかるな!」


 職人たちは、目を輝かせながら新しい道具を手に取り、その性能を確かめ合っている。

 ギルド長のゲルトは、そんな彼らの姿を満足げに見守っていた。

 先代の頃には考えられなかった、領主からの「投資」。

 それが、職人たちの誇りと技術向上への意欲を、大きく刺激しているのは間違いなかった。


 そんな中、宰相コンラートは、次の重要な外交案件に向けて準備を進めていた。

 隣領バルツァー卿との間で合意された、公式な使節団の派遣である。


「……というわけで、近日中に、我がヴァルモン領からバルツァー卿の元へ、正式な使節団を送ることになった」


 コンラートは、ギルドの代表者たちを集めた会合で、そう切り出した。


「目的は、先の交易市で合意した、継続的な交易協定の締結、及び、両領間の街道整備に関する最終確認だ。これは、我がヴァルモン領の将来にとって、極めて重要な任務となる」


 職人たちの間に、緊張と期待が入り混じったどよめきが広がる。

 自分たちの作ったものが、本格的に領外へ出ていく。

 それは、大きな名誉であり、同時に責任も伴う。


「つきましては」


 コンラートは続ける。


「バルツァー卿への献上品、及び、今後の交易品の見本として、我がヴァルモン領の『粋』を示す品々を選定し、持参したいと考えている。皆の知恵を貸してほしい」


 その言葉に、職人たちは顔を見合わせた。

 「ヴァルモン領の粋」……。

 それは、一体何を指すのだろうか?


 その疑問に答える――というか、新たな混乱を巻き起こす人物が、タイミング悪く登場した。

 領主ゼノン・ファン・ヴァルモンである。

 彼は、リアムを伴い、コンラートから「使節団の準備が始まった」と聞きつけ、当然のように「指導」にやってきたのだ。


「ふん。バルツァーへの献上品か。良いか、コンラートよ。ただの品物では、私の威光が示せんぞ」


 ゼノンは、いつものように尊大に言い放った。


「先日、私が確立した、あの崇高なる『ヴァルモン・スタイル』! あれを反映させたものでなくてはならん! シンプルさの奥に秘められた無限の可能性! 多くを語らぬ威厳! そして、時には金や宝石を大胆に使い、その豊かさを示すことも忘れてはならん!」


 ゼノンは、自分の執務室や記念碑、そして例の金ピカオブジェ(至宝その2)の「哲学」を、ごちゃ混ぜにしたような、支離滅裂な「ヴァルモン・スタイル」の定義を、得意げに語り始めた。


 職人たちは、ポカンとして領主の言葉を聞いていた。


 (シンプル……? 金や宝石……? どっちなんだ……?)


「そうだ! この『ヴァルモン・スタイル』の真髄を最もよく理解しておるのは、ルドルフをおいて他にない!」


 ゼノンは、部屋の隅で小さくなっているルドルフを指さした。


「ルドルフよ! 貴様が、バルツァー卿への献上品のデザインを指導するのだ! 交易品の見本についても、貴様の『芸術的視点』から、厳しくチェックせよ! 私の名代として、ヴァルモン・スタイルの神髄を、遺憾なく発揮するが良い!」

「ええええっ!? わ、私が、ですかぁ!?」


 ルドルフは、悲鳴に近い声を上げた。

 ただの石工見習いの自分が、外交使節団の献上品のデザイン指導……?

 しかも、自分でもよく分かっていない「ヴァルモン・スタイル」で……?

 無理だ。絶対に無理だ。


 しかし、ゼノンの命令は絶対である。

 ルドルフは、泣きそうな顔で、ただ震えるしかなかった。


 コンラートは、その状況を見て、内心(若様は、ルドルフ君に外交の舞台という大任を与えることで、彼の才能をさらに開花させようというお考えなのだな……!)と、またしても感動していた。

 リアムも、「ルドルフ君、君ならできる! ゼノン様のご期待に応えるのだ!」と、熱く励ましている(が、ルドルフには全く届いていない)。


 監察官エリオットは、この茶番劇を、もはや遠い目で見守っていた。


(……ヴァルモン・スタイルね。シンプルさと金ピカの融合……。哲学的な悪趣味、とでも言うべきか。ルドルフ君、君の胃は大丈夫か……?)


 彼は、本気でルドルフの健康を心配し始めていた。

 そして、エリオットは、このままではバルツァー領との友好関係が、ヴァルモン・スタイルという名の悪趣味によって破綻しかねない、と危機感を覚えた。

 彼は、そっとコンラートに近づき、耳打ちした。


「コンラート殿。バルツァー卿への献上品は、確かに『ヴァルモン・スタイル』を示すものも一つは必要でしょう。しかし、それとは別に、交易の主力となる実用品……例えば、先日好評だった家具や陶器など、質の高さを堅実に示す品も、必ずご用意されるべきかと。外交儀礼としても、相手の需要に合わせた品を準備するのが肝要です」


 エリオットは、ゼノンの「芸術」と、現実の「交易」を、何とか両立させるための苦肉の策を提案した。


「おお、エリオット殿! なるほど! それは名案ですな!」


 コンラートは、エリオットの提案に感心し、すぐにそれを採用することにした。


「よし、皆の者、聞いたな! バルツァー卿への献上品は、ルドルフ君の指導の下、『ヴァルモン・スタイル』の粋を集めた芸術品を一つ! そして、それとは別に、我がギルドの誇る、実用的で高品質な製品群を見本として用意するのだ! 両方で、我がヴァルモン領の奥深さを示すぞ!」


 ゲルトをはじめ、職人たちは、コンラートの指示に、少しだけ安堵した。

 少なくとも、全ての製品が金ピカ悪趣味になることは避けられそうだ。

 問題は、ルドルフ君が、一体どんな「ヴァルモン・スタイルの芸術品」を生み出してしまうのか、という点だが……。


 こうして、ヴァルモン領の外交使節団の準備は、期待と不安と、多くの勘違いを孕みながら、着々と進められていった。

 ルドルフ少年は、領主からのプレッシャーと、周囲からの同情的な視線、そしてエリオットからの現実的な助言の間で板挟みになりながら、来る日も来る日も、謎の「ヴァルモン・スタイル芸術品」のデザインに頭を悩ませるのだった。


 使節団の出発の日が、刻一刻と近づいていた。

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