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第35話 天才(?)芸術家、受難の日々

 石工見習いの少年ルドルフは、困惑していた。

 あの日、領主ゼノン・ファン・ヴァルモンに、苦し紛れに提出したオブジェの改良案(?)が、「未完成の美!」「記念碑との連続性!」などと、意味不明な理由で絶賛されて以来、彼の生活は一変してしまったのだ。


 彼は領主様お気に入りの「天才芸術家」として、城内で妙な注目を集めるようになってしまった。

 すれ違う家臣たちからは、「おお、君があのルドルフ君か」「若き才能よ、期待しておるぞ」などと、声をかけられる。

 ギルドの仲間たちからは、羨望と、若干のやっかみが入り混じった視線を向けられる。

 本人はただの石工見習いのつもりなのに。


 そして何より彼を悩ませているのは、他ならぬ領主ゼノン本人からの新たな「期待」だった。

 ゼノンはルドルフの「非凡な才能」を、ヴァルモン領のさらなる発展という名の自己満足のために、最大限に活用すべきだと考えていた。


「ルドルフよ! 貴様の才能は、あのような小さなオブジェに留めておくべきではない!」


 ある日、ゼノンは再びルドルフを執務室に呼びつけ、新たな指令を下した。


「今度は私のこの執務室を、貴様の『哲学』に基づいて全面的に改装するのだ!」

「し、執務室を……改装ですか!?」


 ルドルフは目を白黒させた。

 石工見習いの自分に領主の部屋の内装デザインなどできるはずがない。


「そうだ! あの記念碑が持つ『無限の可能性』、そしてあのオブジェが示した『未完成の美』! それらをこの部屋全体で表現してみせよ! 壁も、床も、天井も、そして家具もだ!」


 ゼノンは目を輝かせながら(本人は威厳を示しているつもりで)無茶な要求を続ける。


「もちろん素材は最高級のものを使え! 金も宝石も好きなだけ使って良いぞ! 私の執務室にふさわしい、前衛的で、かつ威厳に満ちた空間を創造するのだ!」

「ぜ、全部ですか……? か、家具まで……?」


 ルドルフはもはや立っているのもやっとだった。

 記念碑の「哲学」で家具を作る……? 一体どうすれば……?


「そうだ! 例えば、椅子はあの記念碑のように、ただ真っ直ぐな石の塊とか……。いや、それでは座り心地が悪いか。ならば、あのオブジェのように一部を『未完成』にしておくとか……。机は、そうだ巨大な宝石を天板にするとか……。ふふふ、私のアイデアも尽きんな!」


 ゼノンは自分で言っていることの支離滅裂さにも気づかず、次々と悪趣味なアイデアを繰り出していく。


「……あの……領主様……。私は、その、石工の見習いでして……家具のデザインなどは……」


 ルドルフは勇気を振り絞って辞退しようと試みた。


「何を言うか!」


 ゼノンは一喝する。


「貴様には才能がある! 領主たる私が認めたのだ! 石工だろうが何だろうが関係ない! 『芸術』とは分野を超えるものだ! 父上もそう仰っていた!」


(父は分野を超えてあらゆるものに手を出して失敗していた)


 ゼノンは、曖昧な記憶の中の父の言葉で、ルドルフの訴えを一蹴した。


「これは命令だルドルフ! 私の期待に応え、最高の執務室を創造せよ! さすれば褒美も取らせてやるぞ!」

「は、はぁ……」


 ルドルフは、もはや抵抗する気力もなく、力なく頷くしかなかった。

 彼は絶望的な気持ちで執務室を後にした。


 この新たな「プロジェクト」の話は、すぐにコンラートとリアムにも伝わった。


 コンラート:「執務室の全面改装! しかもルドルフ君に一任されるとは! 若様は彼の才能を真に信頼し、大きな権限を与えることでさらなる成長を促そうとされているのだな! なんと素晴らしい教育方針!」

 リアム:「領主様の執務室があの記念碑やオブジェの哲学で満たされる! まさにヴァルモン領の新たな時代の幕開けを象徴する空間となるでしょう! 完成が待ち遠しい!」


 二人はどこまでもポジティブだ。


 監察官エリオットは、この話を聞いて深い深いため息をついた。


(……執務室の改装? あの少年一人に? しかも、あの『哲学』で? ……もう、何が起きても驚かんぞ、私は……。だが、さすがにこのままではあの少年が潰れてしまう……)


 エリオットはルドルフ少年のことが本気で心配になってきた。

 彼はなんとかルドルフを助ける(そして、城の執務室が、取り返しのつかない悪趣味空間になるのを防ぐ)方法はないかと考え始めた。


 数日後。

 エリオットは工房で一人、途方に暮れているルドルフに再びそっと声をかけた。


「ルドルフ君。領主様からの新たなご命令、大変そうだね」

「エリオット様……。はい……。僕、どうしたらいいのか……」


 ルドルフは目に涙を浮かべて訴えた。


 エリオットはルドルフのスケッチブック(そこには、石の塊のような椅子や、宝石だらけの机の絵が、苦悩の跡と共に描かれていた)を覗き込みながら、静かに言った。


「……領主閣下は、『最高の素材』を使い『威厳のある空間』を求めておられる。そして『記念碑の哲学』……つまり『未来への可能性』や『シンプルさ』といった要素も重視されている……ということだったね」


 エリオットは、ゼノンの支離滅裂な要求を可能な限り「聞こえの良い」言葉で整理し直した。


「ならば無理に奇抜なデザインを考える必要はないのかもしれない。例えば……」


 エリオットはある提案をした。


「最高級の素材……例えば、領内で採れる最も美しい石材や木材を使い、それを君の持つ石工としての最高の技術で極限までシンプルに丁寧に磨き上げ仕上げる。装飾は最小限に抑え、素材そのものの美しさと君の技術の確かさで『威厳』と『未来への可能性』を表現する……というのはどうだろうか?」


 それはゼノンの要求(金、宝石、派手さ)を、ある意味で無視しつつも「最高の素材」「最高の技術」「威厳」「記念碑の哲学シンプルさ」というキーワードだけを拾い上げ、石工であるルドルフが実現可能な現実的かつ質の高い方向へと誘導する提案だった。


「……最高の素材を、最高の技術で……シンプルに……?」


 ルドルフはエリオットの言葉に再び希望の光を見出した。

 それならば自分にもできるかもしれない。

 派手な装飾ではなく素材と技術で勝負する。

 それこそ職人としての本分だ。


「……はい! やってみます! 僕にできる最高の仕事をしてみます!」


 ルドルフは力強く頷いた。

 彼はエリオットに深く感謝し、今度こそ前向きな気持ちで執務室の改装計画に取り組み始めた。


 エリオットは、そんなルドルフの姿に少しだけ安堵した。


(……さて、これで少しはまともな方向に進むと良いが。問題は完成したものを見たあの領主がどう反応するかだな……。また私の予想を超える勘違いをしてくれれば良いのだが……)


 彼はもはやゼノンの「勘違い」に期待するしかないという、奇妙な心境に至っていた。

 若き「天才芸術家(?)」ルドルフの受難は、まだしばらく続きそうだった。

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