第34話 芸術は爆発だ
領主ゼノン・ファン・ヴァルモンから、直々に「特産品の改良」という、栄誉ある、そして、とてつもなく無茶な仕事を任された石工見習いのルドルフ少年は、深刻な悩みを抱えていた。
彼の目の前には、あの金ピカで、意味不明なガラス玉が散りばめられ、歪んだドラゴンのような取っ手がついた、謎のオブジェがある。
領主様は、これを「あの記念碑と同じ哲学」で、「さらに素晴らしい芸術作品」にしろ、と仰った。
しかも、「金や宝石はふんだんに使え」とも……。
(どうすればいいんだ……?)
ルドルフは、頭を抱えた。
あのシンプルな石柱に込めた「未来への希望」と、この悪趣味な金ピカオブジェが、どうやったら結びつくというのだろうか。
領主様の言う「無限の可能性」や「輝かしい未来」を、このギラギラした塊でどう表現すれば……?
彼は、師匠である石工の親方や、ギルド長のゲルトにも相談してみた。
しかし、彼らも良いアドバイスはくれなかった。
「ううむ……領主様のお考えは、我々凡人には計り知れんからのう……」
「とにかく、領主様のお気に召すように、派手に、豪華にするしかないんじゃないか……?」
「下手にシンプルにすると、また『地味だ』と怒鳴られるかもしれんぞ……」
職人たちは、領主の逆鱗に触れることを恐れるあまり、ルドルフに具体的な助言を与えることができない。
彼らは、ルドルフに同情しつつも、どこか他人事のように、遠巻きに見守るだけだった。
ルドルフは、一人、工房の隅で、例のオブジェと睨めっこしながら、来る日も来る日も悩み続けた。
羊皮紙にいくつもアイデアスケッチを描いてみるが、どれもこれも、自分の感性とはかけ離れた、けばけばしいだけのものになってしまう。
(違う、これじゃない……。僕が作りたいのは、こんなものじゃ……)
彼は、石工として、物を作る者として、この仕事にどうしても納得がいかなかった。
しかし、領主の命令は絶対だ。
断ることも、投げ出すこともできない。
そんなルドルフの苦悩する姿を、監察官エリオットは、偶然、目にすることがあった。
彼は、ギルドの活動状況を視察に来ていたのだ。
エリオットは、ルドルフが例の悪趣味オブジェを前に、深く思い悩んでいる様子を見て、事情を察した。
(……やはり、あの少年が、領主の無茶振りの犠牲になっていたか。かわいそうに……)
エリオットは、普段は領内の問題に深入りしないように努めていたが、この純朴そうな少年の苦境を見過ごすことはできなかった。
彼は、そっとルドルフに近づき、声をかけた。
「……ルドルフ君、だったかな。何か、悩んでいるようだね」
「あ……エリオット様……」
ルドルフは、驚いて顔を上げた。
「その……領主様から、この……置物の手直しを命じられたのですが、どうすればいいのか、分からなくて……」
ルドルフは、正直に打ち明けた。
領主様が求める「哲学」と、金ピカで派手な装飾という要求が、どうしても結びつかない、と。
エリオットは、ルドルフの話を静かに聞いた後、少し考えてから口を開いた。
「……なるほど。難しい課題だね。領主閣下のお考えは、我々には計り知れない部分が多いから……」
エリオットは、まずルドルフに同情を示しつつ、核心には触れないように言葉を選んだ。
「だが、君があの記念碑をデザインした時のことを、思い出してみてはどうだろうか?」
「記念碑……ですか?」
「そうだ。あの時、君は『未来に向かって、まっすぐ伸びていく柱』を考えた。そして、『何も刻まないのは、未来はまだ誰も知らないから』、そう言ったね?」
「は、はい……」
「領主閣下は、その『未来への可能性』という部分を、特に評価されたのだろう。……おそらく」
エリオットは、自信なさげに付け加えた。
「ならば、このオブジェにも、その『未来への可能性』という要素を取り入れてみてはどうだろうか? 例えば……」
エリオットは、オブジェを指さした。
「このゴテゴテした装飾の一部を、あえて『未完成』のように見せるとか、あるいは、オブジェの一部に、あの記念碑のような『シンプルな直線』を取り入れて、対比させてみるとか……。金や宝石を使うというご指示は守りつつも、その中に、君自身の『未来への問いかけ』のようなものを、そっと忍ばせる……というのは、どうだろう?」
エリオットの助言は、具体的でありながらも、ルドルフ自身の解釈と創造の余地を残したものだった。
彼は、領主の要求を完全に無視するのではなく、その要求を逆手に取り、別の意味合いを持たせることを示唆したのだ。
「未完成……? シンプルな直線……? 未来への問いかけ……?」
ルドルフは、エリオットの言葉を反芻した。
それは、彼がこれまで考えてもみなかった、新しい視点だった。
もしかしたら、これなら、領主様の要求と、自分の作りたいものとの間で、何か妥協点が見つかるかもしれない……。
「……やってみます!」
ルドルフの目に、ようやく小さな光が戻った。
彼は、エリオットに深く頭を下げると、新たな気持ちで、再びオブジェと向き合い始めた。
エリオットは、そんなルドルフの背中を静かに見送った。
(……さて、どうなることか。あの領主が、このささやかな抵抗に気づくか、それとも、また都合よく勘違いしてくれるか……。全く、この領地は、一筋縄ではいかない)
彼は、やれやれ、と溜息をつきながら、ギルド事務所を後にした。
数日後。
ルドルフは、改良したオブジェを、領主ゼノンの前に差し出した。
それは、以前にも増して奇妙な物体となっていた。
金ピカで、ガラス玉が散りばめられているのは変わらない。
しかし、その一部は、まるで作りかけのように粗削りなままになっており、また、オブジェの側面には、ルドルフなりに記念碑を表現したつもりの申し訳程度に、真っ直ぐな一本の線が、とってつけたように刻まれている。
ゼノンは、その奇妙なオブジェを、まじまじと見つめた。
(……む? なんだこれは? 前よりも、さらに訳が分からん形になったな……。この作りかけのような部分はなんだ? それに、この線は……?)
彼は、一瞬、眉をひそめた。
しかし、すぐに彼の脳内で、都合の良い解釈が始まった。
(そうだ! この『未完成』な部分は、私の『無限の可能性』が、まだ発展途上であることを示しているのだ! そして、この一本の線! これは、あの記念碑の哲学……すなわち、私の偉大さが、この作品にも受け継がれていることの証!! なんと深い! なんと前衛的な表現だ!)
ゼノンは、ルドルフの苦肉の策を、またしても天才的な芸術表現だと、完全に勘違いした。
「……素晴らしい! ルドルフよ、よくやった! これぞ、まさに私が求めていたものだ! この『未完成の美』! そして、記念碑との『連続性』! 貴様の才能、恐るべし!」
ゼノンは、手放しでルドルフを絶賛した。
「え……? あ、ありがとうございます……?」
ルドルフは、自分の意図とは全く違う解釈で絶賛され、ただただ困惑するしかなかった。
(未完成の美……? 連続性……?)
コンラートとリアムは、またしても主君の慧眼と、若き才能の開花に、感動の涙を流さんばかりだった。
エリオットは、報告を聞いて、(……やはり、こうなったか……)と、もはや驚きもしなかった。
こうして、ヴァルモン領の「特産品」は、さらに奇妙な姿へと変貌を遂げ、領主のお墨付きを得て、「ヴァルモン領の至宝その2」として、城の広間に悪趣味な飾り付けと共に飾られることになった。
ルドルフ少年は、一躍「領主様お気に入りの天才芸術家」として、周囲から困惑と羨望の入り混じった注目を集めることになったのだった。