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第32話 おもてなしと城の飾り付け

 ヴァルモン領と隣領バルツァー領との間で、事務レベルでの交易及び街道整備に関する協議が、書簡のやり取りを通じて進められていた。


 宰相コンラートと監察官エリオットが中心となり、実務的な内容は着実に固まりつつあった。

 そして、両領の友好をさらに確かなものとするためという名目で、バルツァー卿の使者が、今度はヴァルモン城を公式に訪問することになった。


 使者は、前回と同じ、物腰の柔らかい文官風の男だった。

 彼は、ヴァルモン領主ゼノンが、前回、自ら交易市に足を運んだことへの返礼として、今回はこちらから城へ伺うのが筋だろう、と考えたのだ。

 彼は、コンラートとの書簡のやり取りから、ヴァルモン領が領主の奇妙な言動はともかく実務レベルでは意外にしっかりしている、という印象を抱き始めていた。


 しかし、ヴァルモン城の門をくぐり、広間へと案内された使者は、思わず足を止め、目を丸くした。

 城の壁には、光沢のある派手な布地が、タペストリーのようにやや雑に掛けられ、窓には、明らかに過剰な量の布を使った、重々しい悪趣味なカーテンが揺れている。

 前回訪れた時の、質実剛健というより、単に古びていただけかもしれない雰囲気は、見る影もない。

 そこには、統一感も、洗練された美意識も感じられない、ただただ派手でけばけばしい空間が広がっていた。


(……これは、一体……?)


 使者は、唖然として立ち尽くした。

 これが、ヴァルモン領の「文化水準の高さ」を示すものなのだろうか?

 彼の抱き始めていた「意外にしっかりしている」という印象は、早くも揺らぎ始めていた。


 やがて、広間の奥から、領主ゼノンが、リアムを伴って現れた。

 ゼノンは、使者の驚いたような表情を見て、内心でほくそ笑んだ。


(ふふん、どうだ! 我が城の豪華絢爛さに、度肝を抜かれたようだな! 私の美的センスの高さに、言葉も出ないといったところか!)


 彼は、自分の「素晴らしい」飾り付けが、見事に効果を発揮したと確信した。


「ようこそお越しくださった、バルツァー卿の使者殿」


 ゼノンは、前回よりもさらに尊大な態度で、使者を迎えた。


「我がヴァルモン城へようこそ。どうだ、この城内は? 我が領の豊かさと、私の優れたセンスが、よく表れておるだろう?」


 彼は、胸を張って、悪趣味な飾り付けを自慢した。


「は……はぁ……。まことに、その……豪華で……いらっしゃいますな……」


 使者は、何とか言葉を絞り出したが、その声は引きつっていた。

 (これが、優れたセンス……?)と、彼は心の中で呟く。


 すぐに、コンラートとエリオットも姿を現した。

 コンラートは、困惑している使者の反応を見て、内心(しまった、やりすぎたか……? いや、しかし、これも若様の計算の内……)と一瞬焦ったが、すぐにいつものように状況を好転させようと言葉を継いだ。


「使者殿、ようこそ。こちらは、領主様が、今回の交易開始を祝し、両領の輝かしい未来を願って、特別に整えられた『祝祭の装飾』にございます。我が領の、えー……その、活力と、創造性の豊かさを表現しております」


 コンラートは、苦しいながらも、飾り付けに「祝祭」と「活力」と「創造性」という意味付けを施した。


「ほ、ほう……祝祭の装飾、でございますか……。なるほど……」


 使者は、コンラートの言葉に半信半疑ながらも一応は納得したふりをした。

 (そういうことにしておかないと、話が進まないな)と、彼は思った。


 リアムは、コンラートの説明に深く頷いていた。


「そうですとも! ゼノン様の活力と創造性は、まさに無限大! この飾り付けは、そのほんの一端に過ぎません!」


 エリオットは、ただ黙って、そのやり取りを聞いていた。

 彼の表情は、もはや諦観の色を浮かべている。


 その後、会談の席が設けられ、コンラートとエリオットが中心となって、交易の具体的な手順や、街道整備の費用分担など、実務的な話し合いが進められた。

 ゼノンは、時折、会話に割り込んでは、「バルツァーはもっと金を出すべきだ!」とか、「街道よりも、私の城を先に修理しろ!」などと、的外れな要求を繰り返したが、その度にコンラートが「若様は、両領の公平な負担と、インフラ整備の優先順位の重要性をお示しなのです」などと、必死にそして見事に通訳という名の意訳をし、エリオットが冷静に資料を示して、議論を現実的な方向へと修正した。


 使者は、若き領主の奇妙な言動と、それを巧みに操っているように見える宰相と監察官のコンビネーションに、終始、困惑しきりだった。

 しかし、実務的な話し合い自体は、非常にスムーズに進んだ。

 ヴァルモン領側が提示した交易品の品質は確かであり、街道整備計画も合理的だった。


(……この領地は、一体どうなっているのだ? 領主は理解不能だが、それを支える者たちは驚くほど有能だ……。あるいは、あの若き領主には、人の才能を見抜き、それを活かす、何か特別な『徳』でもあるというのだろうか……? いや、まさかな……)


 使者の混乱は、深まるばかりだった。


 会談は、無事に(?)終了し、使者はヴァルモン城を後にした。

 彼は、バルツァー卿に、「ヴァルモン領、やはり不可解。城内の装飾は理解不能な悪趣味。領主の言動も奇妙。しかし、宰相と監察官は極めて有能であり、交易及び街道整備は、我が領にとっても大きな利益となる可能性大。慎重に、しかし前向きに関係を進めるべきかと愚考す」と報告するだろう。


 ゼノンは、自分のセンスと威厳が、隣領の使者を感服させ、有利な交渉を進めさせたと、大満足だった。


「ふふん、どうだ。私のやり方にかかれば、外交など容易いものよ」


 彼は、自分の手腕に酔いしれていた。


 コンラートは、領主の奇行を何とかフォローし、実務的な合意を取り付けられたことに、安堵のため息をついた。

 リアムは、主君の「全てを見通す」かのような立ち居振る舞いに、改めて尊敬の念を深めた。

 エリオットは、ただただ、疲労感を覚えていた。


 ヴァルモン城の悪趣味な飾り付けは、しばらくの間、そのままにされることになった。

 それは、訪れる人々に奇妙な印象を与えながらも、この領地の不可解な現実を、ある意味で象徴しているかのようだった。

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