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第31話 山積みの布地と領主のセンス

 隣領バルツァーとの初めての交易市は、ヴァルモン領にとっては、ある意味で「成功」と言えた。


 職人ギルドの製品は予想外に好評で、今後の交易拡大への期待が生まれた。

 しかし、その成功の裏で、新たな問題が発生していた。

 領主ゼノンが、見栄と勘違いから、バルツァー領の商人が持ち込んだ高級織物を、全て買い占めてしまったのである。


 城の倉庫の一角には、今、色とりどりの上質な布地が、文字通り山のように積まれていた。

 その量は、領主一人の衣服を作るには、あまりにも膨大すぎる。


「……これを、どうしたものか……」


 宰相コンラートは、布地の山を前に、深い溜息をついた。

 領主の衝動買いの後始末は、いつも彼の役目だ。

 無駄な在庫を抱え、ただでさえ厳しい財政をさらに圧迫するわけにはいかない。


(若様は、「新しい服を作る」と仰っていたが、それにしても多すぎる……。しかし、若様のことだ、きっと何か深いお考えがあってのこと……。いや、今回はさすがに……ううむ……)


 コンラートのポジティブ解釈回路も、さすがに今回はスムーズに働かない。

 しかし、彼は諦めなかった。


(そうだ! 若様は、ご自身の服のためだけではなく、この素晴らしい布地を、広く領内に『還元』するおつもりなのでは!? 例えば、功績のあった家臣への褒美として下賜するとか、あるいは、城で働く者たちの制服を一新して士気を高めるとか……! そうか、そうに違いない!)


 コンラートは、無理やり、しかしいつものように力強く結論にたどり着いた。


 一方、当のゼノンは、手に入れた大量の布地を前に、新たな「父上の真似」を計画していた。


(父上は、手に入れた富や贅沢品を、ただ仕舞い込むのではなく、積極的に『見せびらかす』ことで、その権威を高めておられた! そうだ、この素晴らしい布地も、ただ服にするだけではもったいない! 城の中を、もっと豪華に飾り立てるべきだ!)


 父が実際には、悪趣味な装飾品で城を飾り立てていただけなのだが、ゼノンはそれを「威厳を示すための高等な演出」だと信じている。


「コンラート! 例の布地だが、私の服を作るだけでは足りんな!」


 ゼノンは、宰相を呼びつけて、新たな指示を出した。


「あの布地を使って、城の広間や廊下を飾り立てよ! 壁にはタペストリーのように飾り、窓には豪華なカーテンを! 私の居城にふさわしく、もっと煌びやかにするのだ! 訪問者どもに、我がヴァルモン家の豊かさと、私の優れた美的センスを見せつけてやれ!」

「は……はぁ!? 城の飾り付けに、でございますか!?」


 コンラートは、耳を疑った。

 あの高級織物を、壁掛けやカーテンに?

 なんという、もったいない……いや、悪趣味な……。


(い、いかん! 若様の美的センスは、やはり先代譲りの……。いや、待て! これも何か深い意味が……?)


 コンラートは、必死で肯定的な解釈を探す。


(城を飾り立てる……。それは、単なる装飾ではない! 城を訪れる者……例えば、他領からの使者などに対して、ヴァルモン領の『豊かさ』と『文化水準の高さ』を視覚的にアピールするための、高度な『外交戦略』なのでは!? そして、高級な布地を使うことで、我が領の繊維産業の質の高さを暗に示そうという……!? なんと深遠な……!)


 コンラートは、ゼノンの悪趣味な思いつきを、またしても高度な政治戦略へと脳内変換することに成功した。


「かしこまりました、ゼノン様! その素晴らしいご慧眼、恐れ入ります! 城内を美しく飾り立て、ヴァルモン領の威光を内外に示すための、最高の『演出』をいたします!」


 コンラートは、力強く応えた。


「うむ。分かっているなら良い。私のセンスに相応しい、最高の飾り付けを期待しておるぞ」


 ゼノンは、自分の指示が完璧に理解されたことに満足し、頷いた。


 この決定は、すぐに城内で実行に移されることになった。

 コンラートは、職人ギルドの織物職人や、裁縫の腕を持つ女性たちを集め、ゼノンの指示を伝えた。


「……というわけで、領主様は、この素晴らしい布地を用いて、城内を飾り付け、我が領の豊かさと文化の高さを、広く示したいとお考えなのだ。皆の者、領主様のご期待に応えるべく、最高の仕事をしてほしい」


 職人たちは、高級織物を惜しげもなく壁掛けやカーテンに使うという指示に、唖然としながらも、領主の命令とあっては逆らえない。

 彼らは、ため息をつきながらも、作業に取り掛かった。


 リアムは、城内が少しずつ飾り付けられていく様子を見て、目を輝かせていた。


「素晴らしい! さすがはゼノン様のご命令だ! 城内が、日に日に荘厳さと気品を増していく! これぞ、偉大なるヴァルモン家の居城にふさわしい!」


 彼は、主君の美的センスに心酔していた。


 エリオットは、城の壁にかけられていく派手な布地や、不釣り合いなほど豪華なカーテンを見て、もはや何も言うまい、と心に決めていた。


(……まあ、布地が倉庫で腐るよりは、何かに使われた方がマシ……なのか? いや、それにしても、このセンスは……。王都の笑いものにならなければ良いが……)


 彼は、諦めの境地で、ただその光景を眺めていた。

 しかし、彼はコンラートが、ゼノンの指示の「余剰分」と称して、残った布地の一部をもちろんゼノンには内緒で孤児院に回し、子供たちのための暖かい衣服や毛布を作らせていることには気づいていた。


(……コンラート殿も、苦労しているな。領主の浪費を、少しでも領民のために還元しようと……。全く、この領地は……)


 エリオットは、コンラートの地道な努力に、静かな敬意を払いながらも、この領地の奇妙なバランスの上に成り立つ危うさを、改めて感じずにはいられなかった。


 孤児院では、リリアが、届けられた暖かい布地で、子供たちの冬服を作っていた。


「わあ、この布、すべすべで気持ちいいね!」

「リリアさん、ありがとう!」


 子供たちは、新しい服や毛布に大喜びだ。

 リリアは、子供たちの笑顔を見ながら、そっと胸の前で手を組んだ。


(領主様……。やっぱり、優しいお方なんだわ。派手なことがお好きみたいだけど、ちゃんと私たちのことも、気にかけてくださっている……)


 彼女のゼノンへの好意と勘違いは、ますます深まっていく。


 ゼノンは、少しずつ飾り付けられていく城内を見て、ご満悦だった。


「うむ、良いぞ、良いぞ! 私のセンスが、この城をさらに輝かせている! これならば、父上もきっとお喜びになるだろう!」


 彼は、大量の布地の本来の価値も、その裏でコンラートやエリオット、職人たちがどれだけ苦労しているかも、そして孤児院の子供たちがその恩恵を受けていることも、何も知らないまま、今日も勘違いの頂で、ご満悦なのだった。

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