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第29話 特産品開発と外交の準備

 隣領のバルツァー卿との間で、「具体的な協力策について、事務レベルで協議を進める」という合意(ゼノンの知らないところで、コンラートが取り付けたもの)がなされてから、ヴァルモン領では水面下でその準備が進められていた。

 宰相コンラートと監察官エリオットは、バルツァー領の担当者と書簡を交わし、まずは職人ギルドの製品を試験的に交易すること、そして老朽化が進む両領間の街道の共同補修について、具体的な計画を詰め始めていた。


 この動きは、当然、職人ギルドにも大きな影響を与えた。

 特に、ギルド製品の交易の話は、暗礁に乗り上げていた特産品開発に、新たな(して、より切実な課題を突きつけた。


「バルツァー領との交易……。これは、我々ギルドにとって大きな好機じゃ!」


 ギルド長のゲルトは、職人たちを集めた会合で、コンラートから伝えられた話を共有した。

 職人たちの間にも、一瞬、期待の色が広がる。

 自分たちの製品が、領外で評価され、販路が広がることへの期待だ。


「しかし……」ゲルトは、難しい顔で続ける。「問題は、何を売るか、じゃ。先日、領主ゼノン様から『助言』をいただいた、あの特産品……。あれを、本当にバルツァー領の方々が買ってくださるだろうか……?」


 ゲルトの言葉に、職人たちの顔が再び曇る。

 金粉入りの壺、宝石付きのドラゴンの脚を持つ椅子……。

 領主ゼノンが「素晴らしい!」と絶賛したことになっているそれらのアイデアは、どう考えても、まともな商品として通用するとは思えなかった。


「だ、だよなぁ……」

「あんなケバケバしいもん、誰が買うんだ……」

「しかし、領主様のお墨付きだぞ? あれを作らにゃ、また何を言われるか……」


 職人たちは、再びジレンマに陥った。

 領主の機嫌を損ねるわけにはいかない。

 しかし、売れないものを作っても意味がない。


 議論が紛糾する中、監察官エリオットが、そっと助け舟を出した。


「皆さん。領主閣下のご意向も大切ですが、交易においては、相手方の需要を考えることも重要です。バルツァー領でどのような品が求められているか、まずは調査してみてはいかがでしょう?」


 エリオットは、コンラートと協力して、バルツァー領の商人などから、事前に情報を収集していたのだ。


「聞くところによると、バルツァー領では、丈夫で実用的な家具や、日常使いの質の良い陶器、それから、ヴァルモン領の良質な木材そのものにも関心があるようです」


 エリオットの情報は、職人たちにとって光明だった。


「なるほど、実用的なものか……」

「それなら、俺たちの得意分野だ!」


 職人たちの顔に、少しだけ活気が戻る。

 しかし、すぐに新たな疑問が湧き上がる。


「だが、エリオット様。それでは、領主様が仰っていた『豪華絢爛さ』はどうなるんで……?」


 ゲルトが、恐る恐る尋ねた。

 エリオットは、一瞬、言葉に詰まったが、すぐに冷静さを取り戻して答えた。


「……それは、それ。交易用の実用品とは別に、領主閣下へ献上するための『特別な試作品』として、いくつかご提案されてはいかがでしょう? 領主閣下のお好みに合わせた、芸術性の高い(?)作品を別途製作することで、閣下のお気持ちも満たされるかと……。予算については、コンラート殿と相談してみます」


 エリオットの提案は、いわば「領主向け」と「市場向け」の二正面作戦である。

 苦肉の策ではあったが、今の状況では、それしか方法がないように思えた。


 職人たちは、顔を見合わせ、そして頷き合った。

 面倒ではあるが、領主のご機嫌取りと、実利を両立させるためには、仕方がない。

 彼らは、交易用の実用的な製品開発と並行して、領主ゼノンを満足させるための「超・豪華絢爛な試作品」の開発にも、渋々ながら取り組むことになった。


 数日後。

 領主ゼノンは、再び「指導」のためにギルド事務所を訪れた。

 彼の前には、二種類の試作品が並べられている。

 一つは、ゲルトたちが中心となって考えた、シンプルで頑丈な木製の椅子と、落ち着いた色合いの丈夫な陶器のセット。

 もう一つは、エリオットの助言に基づき、職人たちが半ばやけくそで作り上げた、「領主様献上用・特別試作品」である。

 それは、全体が金色に塗られ、意味不明な宝石のようなガラス玉が散りばめられ、取っ手部分には歪んだドラゴンのようなものが彫られた、異様な輝きを放つ……水差し? いや、もはや何なのか分からない物体だった。


「ふむ……。ようやく、私の助言を理解し始めたようだな」


 ゼノンは、まず実用的な椅子と陶器を一瞥し、「相変わらず地味だ」と鼻を鳴らした。

 しかし、次に金ピカの謎の物体に目をやると、途端に表情を輝かせた。


「おお! これだ! これぞ、私の求めていたものだ! この輝き! この威厳! 素晴らしいではないか!」


 ゼノンは、悪趣味極まりない試作品を手に取り、大絶賛した。

 職人たちは、安堵と、羞恥と、そして一抹の虚しさで、複雑な表情を浮かべていた。


「よし! これこそ、我がヴァルモン領の『特産品』として、世に示すにふさわしい! これを、バルツァーのところにも送ってやると良い! 我が領の豊かさと、芸術性の高さを思い知らせてやれ!」


 ゼノンは、とんでもないことを言い出した。

 こんなものを送ったら、友好関係どころか、物笑いの種になるだけだ。


「わ、若様! お待ちください!」


 慌ててコンラートが割って入った。

 隣でエリオットも青ざめている。


「こ、こちらの素晴らしい『芸術作品』は、まずは領主様のお手元に置き、ヴァルモン領の至宝として大切にされるべきかと! バルツァー卿への交易品としては、まずはこちらの『実用的な品々』から始め、徐々に我が領の文化の高さを伝えていくのが、外交儀礼としても適切かと存じます!」


 コンラートは、必死の形相で、ゼノンの暴走を食い止めようとした。


「む……? 外交儀礼……? まあ、貴様がそう言うなら、それでも良いが……。だが、いずれはこの素晴らしい芸術品を、世に知らしめねばならんぞ!」


 ゼノンは、少し不満そうだったが、コンラートの言葉に一応は納得した。

 リアムは、またしても主君と宰相の「高度な外交駆け引き」に感心している。


 エリオットは、胸を撫で下ろした。

 金ピカの謎物体が公式交易品になるという最悪な事態は避けられた。


(……しかし、あの物体が『ヴァルモン領の至宝』として、城に飾られることになるのか……? 考えただけで頭が痛い……)


 こうして、職人ギルドの特産品開発は、「交易用の実用品」と「領主ご満悦用の悪趣味な芸術品」という、二つの路線で進められることになった。

 バルツァー領との交易準備は、かろうじて現実的な軌道に乗ったものの、ヴァルモン城内には、また一つ、奇妙なそして高価なガラクタが増えることが決定した。

 ヴァルモン領の未来は、今日もまた、勘違いと苦労の上にかろうじて成り立っているのだった。

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