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第26話 ギルドの初仕事と領主の助言

 豊穣感謝の宴という名の領主の気まぐれと宰相の勘違い解釈の産物も無事に終わり、ヴァルモン領には再び、つかの間の平穏が訪れていた。

 城の倉庫には十分な備蓄が確保され、農民たちは来年の豊作への期待を胸に冬支度を始めている。

 孤児院の子供たちは元気に育ち、城門前の石柱は「未来の象徴」として、すっかり領地の風景に溶け込んでいた。


 そんな中、発足したばかりの職人ギルドも、ようやく本来の活動に向けて動き出していた。

 記念碑建設という、ある意味で無茶な初仕事を奇跡的に乗り越えた職人たちの間には、以前にはなかった連帯感と、そして「領主様の期待に応えねば」という恐怖心由来の奇妙な使命感が生まれていた。


 ギルド長のゲルトは、監察官エリオットや宰相コンラートとも相談の上、ギルドとしての最初の「自主的な」事業を計画していた。


「やはり、何かヴァルモン領ならではの、特産品と呼べるようなものを作り出すべきではないかと思うのじゃ」


 ギルドの会合で、ゲルトは他の職人たちに提案した。


「幸い、この領地には良質な木材や、最近質が向上したという噂の粘土もある。石工の技術も高い。これらを組み合わせて、何か新しい……例えば、美しい彫刻を施した家具や、丈夫で意匠を凝らした陶器などはどうじゃろうか?」


 ゲルトの提案に、職人たちは興味を示した。

 これまでは個々の仕事に追われ、他の分野の職人と協力して何かを作り出すという発想自体が、あまりなかったのだ。


「なるほど、木工と石工の組み合わせか……面白いかもしれん」

「陶器も、新しい釉薬を試してみる良い機会かもしれんな」


 職人たちの間で、活発な意見交換が始まった。

 記念碑のデザインコンペでの苦悩が、図らずも彼らの発想力を刺激していたのかもしれない。

 具体的な製品のアイデア、必要な材料、製作工程など、議論は熱を帯びていく。


 エリオットは、その様子を満足げに見守っていた。

 恐怖から始まった組織ではあったが、ようやく健全な活動が始まったようだ。

 彼は、技術的な助言や、他領での成功事例などを紹介し、議論をサポートした。


 このギルドの新しい動きは、当然、領主ゼノンの耳にも入った。

 報告したのは、もちろんリアムである。


「ゼノン様! 素晴らしいご報告が! 職人ギルドが、ゼノン様のご期待に応えるべく、自らヴァルモン領の特産品開発に乗り出しました! これも全て、ゼノン様がギルドをお作りになり、記念碑建設という試練を与えられたおかげでございます!」


 リアムは、興奮気味に報告した。


「ほう、特産品とな?」


 ゼノンは、少しだけ興味を示した。

 父も、時折、領地の産物を諸侯に贈ったり、あるいは高値で売りつけたりしていたのを思い出した。


(特産品……。それは、我がヴァルモン領の豊かさと、私の威光を示す、良い『道具』になるかもしれんな)


 彼は、領主として、その開発状況を「指導」してやるべきだと考えた。


「よし、リアムよ。ギルドに、案内せよ。私が直々に、助言を与えてやろう」

「はっ! 職人たちも、きっと感激することでしょう!」


 リアムは、主君の「温かいお心遣い」に感激し、ゼノンをギルド事務所へと案内した。


 事務所では、ちょうどゲルトや他の職人たちが、試作品の家具や陶器を前に、熱心な議論を交わしているところだった。

 突然の領主の来訪に、彼らは驚き、慌てて作業を中断して頭を下げる。


「ふむ……。これが、貴様らが考えている特産品か」


 ゼノンは、父を真似た尊大な態度で、試作品を見て回る。

 そこには、木材の木目を活かした素朴だが美しい椅子や、深みのある青色が特徴的な壺などが並んでいた。


「……なんだ、これは? 地味だな」


 ゼノンは、開口一番、そう言い放った。


「特産品というからには、もっとこう……金や宝石で飾り立てて、一目で『ヴァルモン領のものだ!』と分かるような、派手さが必要ではないのか!? 父上ならば、そうされたはずだ!」


 彼は、父の悪趣味な贈り物を基準に、職人たちの努力を全否定した。


 ゲルトや職人たちは、顔面蒼白になる。

 またしても、領主の好みは、自分たちの考えとは全く違う方向にあるらしい。


「も、申し訳ございません……。我々は、その、質実剛健な……」


 ゲルトが言い訳しかけると、ゼノンはそれを遮った。


「質実剛健? そんなものは、貧乏人の言い訳だ! 良いか、領主たる私の領地の特産品だぞ? 最高級の素材を使い、最高の技術で、最高の『見栄え』にするのだ! 例えば……」


 ゼノンは、試作品の青い壺を指さした。


「この壺も、ただの青ではつまらん! 金粉を混ぜ込むとか、あるいは、側面に私の勇ましい姿でも彫り込むとか、そういう工夫が必要だろう!」

「き、金粉……!? りょ、領主様のお姿を……!?」


 陶工は、想像を絶するアイデアに、口をあんぐりと開けた。


 木工師が作った椅子に対しても、


「この椅子も、ただの木では安っぽい! 脚の部分を、例えばドラゴンの形に彫ってみるとか、座面にビロードを張って、宝石を散りばめるとか……」


 ゼノンの「助言」は、とどまるところを知らない。

 それは、実用性も、美的感覚も、そして予算も完全に無視した、悪趣味と浪費の極みのようなアイデアばかりだった。


 職人たちは、もはや反論する気力もなく、ただ呆然と領主の言葉を聞いていた。

 彼らの間で生まれ始めていた創造の芽は、領主の一言によって、再び踏みにじられようとしていた。


 リアムだけが、主君の「斬新なアイデア」に感心しきりだった。


「金粉! 領主様のお姿! ドラゴンの脚! 宝石! なんと素晴らしい発想でしょう! これぞ、ヴァルモン領の特産品にふさわしい、比類なき豪華さと威厳!」


 彼の目は、尊敬の念でキラキラと輝いている。


 偶然、その場に居合わせたエリオットは、額に手を当て、天を仰ぎたくなった。


(……始まった……。またしても、領主の悪趣味な思いつきが……。頼むから、誰か止めてくれ……)


 彼は、心の中で悲鳴を上げた。

 しかし、この場に、暴走する本人は指導しているつもりの領主を止められる者はいない。


「……分かったな? 私の助言を参考に、もう一度、一から考え直せ! 中途半端なものは許さんぞ!」


 ゼノンは、満足げにそう言い残し、リアムを伴って事務所を後にした。


 後に残されたのは、深い沈黙と、絶望的な空気だけだった。

 ゲルトは、力なく椅子に座り込み、他の職人たちも、ただ俯くばかり。

 ギルドの最初の自主的な事業は、開始早々、領主の「助言」によって、暗礁に乗り上げてしまった。


 エリオットは、深いため息をつくと、途方に暮れる職人たちに、そっと声をかけるしかなかった。


「……皆さん、お気持ちは分かります。しかし、諦めてはいけません。領主様のお言葉の中にも、何か……何か、ヒントがあるはずです。……たぶん」


 彼の言葉には、全く説得力がなかった。

 ヴァルモン領の特産品開発は、早くも前途多難な状況に陥っていた。

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