第25話 備蓄穀物と領主の慈悲
ヴァルモン領の城の倉庫には、この秋収穫されたばかりの穀物が山と積まれていた。
豊作による余剰分を「全て城へ運び込め」という領主ゼノンの命令を、宰相コンラートが「公的な備蓄として確保せよ」という深遠なる指示と解釈した結果である。
コンラートは、運び込まれた穀物を几帳面に管理し、帳簿に記録していた。
彼は、これを将来の凶作や非常時に備えるための、重要な「領主様の備え」だと信じている。
そして、その一部を、監察官エリオットと相談の上、孤児院の食料として定期的に供給するなど、堅実な運用を開始していた。
「ふむ。これだけの備蓄があれば、当面は安心ですな」
コンラートは、積み上げられた穀物袋を見上げ、満足げに頷いた。
これも全て、ゼノン様の先見の明のおかげだ、と彼は心から感謝していた。
エリオットも、城の倉庫に備蓄が確保されたこと自体は、領地の安定にとって良いことだと評価していた。
領主の意図がどうであれ、結果的に食料安全保障が強化されたのだから。
彼は、コンラートの真面目な管理ぶりを見て、この宰相がいる限り、ヴァルモン領は(領主の奇行にもかかわらず)すぐには破綻しないだろう、と感じ始めていた。
一方、領主ゼノンは、自分の食卓が以前より少し豪華になったことには満足していたが、城の倉庫にどれだけの食料が運び込まれ、それがどう管理されているかについては、全く関心がなかった。
彼の中では、あれは全て「自分のもの」であり、いつでも好きなようにできるはずのものだった。
そんなある日、ゼノンはまたしても「父上の真似」を思いつく。
(そうだ! 父上は、有り余る富を使って、時折、盛大な『宴』を開き、その権勢を誇示しておられた! 私も、あの山の食料を使って、家臣や、そうだな、あの監察官などを招き、大盤振る舞いをしてやるべきだ!)
父が実際には、取り巻き連中と飲み食いして騒いでいただけなのだが、ゼノンの記憶の中では、それは領主の威厳を示す重要な儀式として美化されている。
「コンラート! すぐに宴の準備をせよ!」
ゼノンは、いつものように宰相を呼びつけた。
「城に運び込んだあの食料を、ふんだんに使って、豪華絢爛な宴を開くのだ! 私の気前の良さと、ヴァルモン領の豊かさを、皆に見せつけてやる!」
「は……? 宴、でございますか?」
コンラートは、ゼノンの突然の命令に、一瞬戸惑った。
備蓄穀物は、非常時のための大切な蓄えだ。
それを、単なる宴のために浪費するなど、あってはならないことだ。
(い、いかん! またしても若様は、豊かさ故に、先代のようなお考えを……! しかし、待てよ? 宴……? 豪華絢爛な……?)
コンラートのポジティブ(すぎる)解釈回路が、再びフル回転を始める。
(若様は、ただ贅沢をしたいわけではないはずだ! これは……豊作を祝し、領民の労をねぎらい、そして家臣団の結束を高めるための、重要な『儀式』なのではないか!? 『豪華絢爛』というのは、単に派手にするのではなく、収穫への感謝と、領主としての『威儀』を示すための演出……! そして、備蓄穀物を使うというのは、その一部を、領民への『還元』として振る舞う、という深遠なるお考え……!)
コンラートは、ゼノンの浪費命令を、またしても素晴らしい領民思いの政策へと脳内変換した。
「かしこまりました、ゼノン様! 豊穣感謝の宴ですね! 領民への感謝と、ヴァルモン領の栄光を示す、盛大な宴を準備いたします! 備蓄物も、領民への『お振る舞い』として、有効に活用させていただきます!」
コンラートは、目を輝かせて応えた。
「……ん? 豊穣感謝? まあ、そういうことにしておいても良い。とにかく、派手にやれ。私の面目が立つようにな」
ゼノンは、よく分からないが、自分の要求が通り、しかも何やら立派な名目が付いたことに満足し、許可を出した。
この決定は、すぐにリアムやエリオットにも伝えられた。
リアム:「豊穣感謝の宴! なんと素晴らしい! ゼノン様は、豊作の喜びを、我々家臣だけでなく、領民とも分かち合おうとされているのですね! 慈悲深き領主の鑑!」
エリオット:(豊穣感謝……ね。コンラート殿の苦しい解釈だが、結果的に、備蓄が腐る前に、一部が領民に還元される形になるのなら、それはそれで悪くないのかもしれん。……それにしても、あの領主は、本当に自分の食い意地のことしか考えていないのだろうな……)
エリオットは、諦めと、コンラートの解釈力に対するある種の感心が入り混じった表情を浮かべた。
こうして、ゼノンの「派手な宴で威厳を示したい」という欲望は、「豊穣感謝と領民への還元のための盛大な儀式」へと姿を変え、準備が進められることになった。
コンラートは、備蓄物の中から適量を算出し、宴で振る舞うためのパンや粥、そしてささやかながらも祝いの料理を準備するよう指示を出した。
同時に、宴の当日には、城下の広場でも、領民たちにパンや粥を振る舞う計画を立てた。
もちろん、これらは全て「ゼノン様の深いお考え」によるものとして、領内に告知された。
宴の当日。
城の広間には、家臣やギルドの代表者、そして監察官エリオットなどが招かれ、ささやかながらも心のこもった料理が並んだ。
ゼノンは、上機嫌で主賓席に座り、運ばれてくるいつもより少し豪華だが、彼が期待した『豪華絢爛』には程遠い料理を味わっていた。
「ふむ、まあまあだな。私の指示通り、もっと派手にしても良かったのだが」
彼は不満を漏らしつつも、家臣たちが自分を称賛しているように見える雰囲気に、それなりに満足していた。
一方、城下の広場では、コンラートの指示通り、領民たちにパンや粥が振る舞われていた。
豊作に沸く領民たちは、領主からの「思し召し」に感謝し、喜びの声を上げていた。
「領主様、ありがてぇ!」
「豊作な上に、パンまでくれるなんて!」
「これも、未来の柱のおかげかねぇ!」
領民の間でのゼノンへの好感度と支持は、勘違いと共に、さらに上昇していく。
リリアも、孤児院の子供たちと一緒に、広場でパンの配給を受けていた。
子供たちは、温かいパンを美味しそうに頬張っている。
(領主様……。やっぱり、私たちのことをちゃんと考えてくださっているんだわ……)
彼女は、城の方角を見上げ、そっと微笑んだ。
宴が終わった後、ゼノンはコンラートに言った。
「コンラートよ。今日の宴、まあまあであったぞ。次は、もっと金を使った、本当の『豪華絢爛』なやつを期待しておるからな」
「は、ははっ! かしこまりました! ゼノン様のご期待に沿えるよう、今後も励みます!」
コンラートは、ゼノンの言葉を次なる領民還元策への期待、と解釈して笑顔で受け流した。
ヴァルモン領では、領主の尽きることのない勘違いと、それを完璧に良い方向に解釈する家臣たちの努力によって、今日もまた、平和なそして奇妙な一日が過ぎていくのだった。
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