第2話 勘違いは加速する
最初の徴税が一段落し、城内に僅かな落ち着きが戻った頃。
ゼノンは次の「領主らしい行動」について考えていた。
書斎で、父が遺した(とされる)治世に関する書物をめくっていたが、どうにも実践的なことは書かれていない。
(ふむ……父上はよく、予告なく領内を見て回っていたな。あれはきっと、領民どもが怠けていないか、自分の目で厳しく監視するためだったに違いない。よし、私もやろう!)
父の威厳ある姿を思い浮かべ、ゼノンは早速行動に移すことにした。
「コンラート! リアム! 支度をせよ。領内を視察するぞ」
「はっ、かしこまりました!」
リアムは即座に、そして元気よく返事をする。
コンラートは少し意外そうな顔をしたが、すぐに「承知いたしました」と恭しく頭を下げた。
(若様が、自ら領内を……? 先代は気まぐれに、そして領民を威圧するためだけに外に出られたが……若様の場合は、あるいは領地の現状をその目で確かめようというお考えか?)
コンラートは、またしてもゼノンの行動を良い方向に解釈し始めていた。
ゼノンは数名の護衛とリアム、そしてコンラートを伴い、城を出た。
目指すは、領内を通る街道沿いの宿場町だ。
父もよくその辺りを訪れては、商人や領民に尊大な態度を取っていたのを覚えている。
しかし、実際に街道に出てみると、その寂れ具合はゼノンの想像以上だった。
道は荒れ、行き交う人もまばら。
目的の宿場町に着いても、活気というものがない。
開いている店も少なく、道行く人々の顔も暗い。
「……なんと嘆かわしい有様だ」
ゼノンは思わず呟いた。
父が支配していた頃は、もっと……いや、父の時代もこんなものだったか?
ゼノンは幼かった頃の記憶をたぐり寄せるが、曖昧だ。
だが、領主として、この状況は許容できないと感じた。
父ならば、どうしただろうか?
そうだ、父はいつも商人たちから何かを取り立てていた。
「これだ!」
ゼノンはポンと手を打った。
「コンラートよ。この寂れようは、通行税が安すぎるからではないか?」
「は……? 通行税、でございますか?」
コンラートは耳を疑った。
ヴァルモン領の通行税は、先代が設定した法外な額のままであり、それが商業を停滞させている最大の原因の一つなのだ。
これ以上高くするなど、正気の沙汰ではない。
「そうだ。商人どもに、このヴァルモン領を通る栄誉と、領主たる私への敬意を、もっと形にして示させねばならん! 通行税を、さらに引き上げよ!」
ゼノンは胸を張って言い放った。
父ならきっとそうしたはずだ、という確信があった。
力ある領主は、下の者から搾り取るものなのだ、と。
コンラートは絶句した。
やはり若様は……先代と同じ道を……。
いや、待て。
コンラートは必死に思考を巡らせる。
先ほど、若様はこの町の寂れ具合を「嘆かわしい」と仰った。
つまり、本心では商業を活性化させたいと考えておられるのではないか?
それなのに、なぜ通行税の引き上げを……?
まさか……!
コンラートの脳裏に、一つの(都合の良い)解釈が閃いた。
(通行税を引き上げ、その税収を財源として、荒れた街道を整備し、さらに近年出没するという盗賊を徹底的に討伐する……! 安全で快適な街道となれば、多少通行税が高くとも、商人たちは他の危険な道よりもこちらを選ぶはず! なんという深謀遠慮……!)
その時、隣にいたリアムが、またしても目を輝かせて叫んだ。
「なるほど! さすがはゼノン様! 一見、厳しい策のようで、その実、街道の安全確保と整備による長期的な商業活性化を見据えておられたのですね! 短期的な収入減を恐れぬ、大胆なご決断! 素晴らしいです!」
「……?」
ゼノンは再び眉をひそめた。
(街道整備? 盗賊討伐? なぜそんな話になるのだ? 私はただ、父上の真似をして税を上げろと言っただけなのだが……?)
ゼノンの頭の中は疑問符でいっぱいだったが、リアムがあまりにも熱っぽく語るため、そしてコンラートまでもが何やら深く納得したように頷いているため、反論する機会を失ってしまった。
(まあ……良いか。私の命令で税を上げるのは事実。部下が勝手に街道整備やらをやるというのなら、それはそれで領主の威厳を示す一環になるかもしれん。手間も省ける)
「う、うむ……。分かっているなら良い。私の意図を汲んで、抜かることなく実行せよ」
ゼノンは咳払いを一つして、威厳を保つように努めた。
「「ははーっ!」」
コンラートとリアムは、力強く応えた。
こうして、ゼノンの「通行税引き上げ(搾取目的)」命令は、「街道整備と治安維持のための財源確保策」として実行に移されることになった。
リアムは早速、手勢の騎士たちを率いて街道筋の盗賊討伐に乗り出した。
元々騎士見習い上がりで腕の立つリアムは、ゼノンへの忠誠心も相まって、目覚ましい活躍を見せる。
数日のうちに、街道を荒らしていた盗賊団は掃討され、ヴァルモン領の街道の治安は劇的に改善した。
一方、コンラートは、限られた予算の中から(本来なら先代が私的に流用していたであろう資金を何とか捻出して)、最低限ではあるが街道の補修作業を開始させた。
穴ぼこが埋められ、道の脇の草が刈られるだけでも、街道は見違えるように通りやすくなった。
結果はすぐに出始めた。
「ヴァルモン領の街道は、税は少し高いが、安全で通りやすいらしいぞ」
そんな噂が商人たちの間に広まり、これまでヴァルモン領を避けていた者たちが、少しずつ戻り始めたのだ。
宿場町にも、以前より多くの旅人や商人の姿が見られるようになった。
町のパン屋の娘、リリアの店も、以前より少し忙しくなった。
「最近、お客さんが増えたみたい……。これも、新しい領主様のおかげなのかな?」
リリアは、まだ顔も知らない新しい領主に対して、淡い期待と感謝の念を抱き始めていた。
城に戻ったゼノンは、こうした状況を知らない。
彼は次の「領主らしい振る舞い」として、家臣への「厳しさ」を示すことを考えていた。
父はよく、些細なことで家臣を叱りつけ、鞭打っていた。
(私も、家臣どもに舐められてはならん。時には厳しさを示さねば)
そう考えたゼノンは、特に理由もなく、側近のリアムを呼びつけた。
「リアム! たるんどるぞ!」
ゼノンは、父の真似をして、書斎の椅子にふんぞり返って怒鳴りつけた。
父なら、ここで理由もなく罵倒したり、何か物を投げつけたりしたかもしれない。
だが、ゼノンにはそこまでする度胸も、具体的な理由もない。
一方、突然呼びつけられて叱責されたリアムは、一瞬きょとんとした。
(たるんでいる……? 私はゼノン様のために、盗賊討伐に全力を尽くしてきたはずだが……? あ、そうか!)
リアムは、またしてもポジティブな(勘違い)解釈に至る。
(ゼノン様は、私の働きに満足しておられないのだ! もっとやれるはずだ、と私に期待して、こうして発破をかけてくださっているのだ! なんと……なんと熱いお方なのだ!)
「はっ! 申し訳ありません! 私の働きが、まだゼノン様のご期待に沿えていなかったとのこと! このリアム、不明を恥じ入ります! 今後、さらに粉骨砕身、ゼノン様のお役に立てるよう励みます!」
リアムは、目を潤ませながら(感動で)、力強く宣言した。
「…………」
ゼノンは絶句した。
(な……なぜだ? なぜ反省ではなく、やる気を出すのだこいつは……? 父上なら、家臣はもっと恐怖に打ち震えていたはずだが……。私の威厳が足りないのか? それとも、こいつがおかしいのか……?)
理解不能な反応に困惑しつつも、ゼノンは内心で思う。
(まあ……働くというのなら、別に構わんか)
「……うむ。その意気や良し。励め」
なんとかそれだけ言うと、ゼノンはリアムを下がらせた。
一人残された書斎で、ゼノンは首を捻るばかりだった。
後でこの話を聞いたコンラートは、深く頷いた。
「ほう……若様がリアム殿を。あれは叱責ではなく、若手への期待と鼓舞ですな。若様は、人の使い方をよくご存知だ」
コンラートのゼノンへの評価は、ますます(勘違いの方向に)上がっていくのだった。
数日後。
城には「街道の治安が改善されたこと」「通行する商人が増え始めたこと」「宿場町に活気が戻りつつあること」といった報告が、続々と届けられた。
コンラートとリアムは、顔を見合わせて感嘆の声を上げる。
「すべてはゼノン様の深謀遠慮の賜物……!」
報告を受けたゼノンは、満足げに頷いた。
「ふむ。私の威光が、ようやく領地の隅々にまで届き始めたようだな。これもすべて、父上の偉大な教えのおかげだ」
ゼノンは、自分の統治が順調に進んでいることを確信し、さらに「父のような偉大な領主」への道を邁進しようと決意を新たにするのだった。