第19話 建立! 未来への(勘違い)柱
領主ゼノン・ファン・ヴァルモンの承認(という名の壮大な勘違い)を得て、記念碑の建設が開始された。
場所は、ゼノンの指示通り、城門を入ってすぐの広場の一角。
ヴァルモン領を訪れる者、そして城へ出入りする領民たちが、必ず目にすることになる場所だ。
デザインは、石工見習いルドルフが考案した、ただ真っ直ぐに天を目指す一本の石柱。
領主ゼノンが「私の無限の可能性とヴァルモン領の輝かしい未来を象徴する」と絶賛した(ことになっている)そのデザインは、幸か不幸か、建設作業自体は比較的単純なものだった。
職人ギルドにとっては、設立後初めての大規模な共同事業となる。
ギルド長のゲルトの指揮の下、石工たちが中心となって、領内の石切り場から良質な石材を選び出し、運び出す作業が始まった。
木工師たちは足場を組み、鍛冶師たちは石材を加工するための道具を整備する。
他の職人たちも、それぞれの専門分野で建設作業をサポートした。
「よし、皆の者、頼んだぞ!」
ゲルトは、現場で職人たちに声をかける。
彼の顔には、不安と、そして新たな事業への責任感が浮かんでいた。
領主の真意は未だに謎だが、この事業を成功させることが、ギルドの信頼を高めることに繋がるはずだ。
デザインを考案したルドルフも、石工見習いとして、先輩職人たちの下で懸命に働いていた。
自分の描いたシンプルなスケッチが、これほど大きな事業になるとは夢にも思っていなかった彼は、戸惑いながらも、少しだけ誇らしい気持ちを感じていた。
時折、他の職人から「未来のデザイナー先生!」などとからかわれると、顔を真っ赤にして俯いてしまうのだった。
もちろん、この重要な(ことになっている)記念碑建設の現場を、領主ゼノンが放置するはずもなかった。
彼は、父ならばそうしたであろうと考え、リアムを伴って、頻繁に建設現場に「視察」に訪れた。
「ふむ……。作業は進んでおるようだな」
ゼノンは、腕を組み、尊大な態度で建設中の石柱を見上げる。
まだ土台部分が出来上がったばかりだ。
「しかし、なんだ? ただの石ではないか! 私の記念碑だぞ! もっとこう、輝きが足りんのではないか!? 磨け! もっとピカピカに磨き上げるのだ!」
ゼノンは、父の悪趣味な好み(光り物が好きだった)を思い出し、的外れな指示を飛ばす。
現場監督をしていた石工の親方は、困惑した表情でゲルトを見た。
ゲルトは、冷や汗をかきながらも、なんとか取り繕う。
「は、はっ! かしこまりました! 領主様のお言葉、肝に銘じます! この石は、磨けば磨くほど、内なる輝きを放つ特別な石でございますれば!」
ゲルトは、咄嗟に苦しい言い訳をひねり出した。
「ほう? 内なる輝きとな? ふん、よかろう。ならば、その輝きとやらを、私に見せてみよ!」
ゼノンは、ゲルトの言葉に(勝手に)納得し、満足げに頷いた。
その様子を見ていたリアムは、主君の慧眼に感心しきりだ。
「さすがはゼノン様! 石の本質までも見抜かれるとは! そしてゲルト殿も、領主様のお考えをよくぞ理解した!」
リアムの勘違いは、もはや誰も止められない。
エリオットも、時折、建設現場を訪れていた。
彼は、ゼノンの的外れな指示と、それに必死で対応しようとするゲルトたちのやり取りを、冷静に観察していた。
(……内なる輝き、か。苦しい言い訳だが、領主を納得させるにはあれしかなかったか。しかし、結果的に、職人たちはより丁寧に石を磨くことになるだろう。品質向上には繋がる……のか?)
彼は、この領地で起こる非論理的な出来事が、なぜか最終的に(僅かではあるが)良い結果に繋がっていくように見えることに、一種の眩暈すら感じていた。
建設作業は、領主の気まぐれな視察と的外れな指示に振り回されながらも、ギルドの職人たちの努力によって着実に進んでいった。
巨大な石柱が、少しずつ、しかし確実に、その姿を現していく。
領民たちは、城門前の広場に現れた巨大な石の柱を、不思議そうに、あるいは期待を込めて見上げていた。
「あれが、領主様が建ててる記念碑かねぇ」
「なんだか、ただの棒みたいだけど……」
「いや、宰相様が言ってたぞ。『未来への希望の象徴』なんだとよ」
「へぇー、そうなのかい。ありがたいこった」
コンラートが流した(ゼノンの意図とは全く関係ない)情報によって、領民の間では、石柱に対するポジティブな(そして根拠のない)解釈が広まりつつあった。
そんな中、建設現場の片隅で、汗と埃にまみれて石材を運ぶ男がいた。
鍛冶屋のボルコフである。
ギルドの下働きとして、彼は最もきつく、地味な作業を強制されていた。
かつての威勢は見る影もなく、ただ黙々と、重い石を運び続ける。
時折、楽しそうに(あるいは必死に)記念碑建設に取り組む他の職人たちの姿が目に入ると、彼の目には暗い憎悪の光が宿る。
(……おのれ……領主め……ギルドの奴らめ……!)
屈辱的な日々は、彼の心を蝕み、復讐の念を静かに育てていた。
そして、数週間後。
多くの人々の(様々な方向性の)努力と、領主の(全くの)無理解の末に、記念碑はついに完成の日を迎えた。
城門前の広場には、磨き上げられた巨大な石柱が、真っ直ぐに天を衝くようにそびえ立っていた。
何の装飾もなく、碑文もない。
ただ、シンプルで、力強い存在感を放っている。
ゼノンは、完成した記念碑を前に、満足げに頷いていた。
(ふむ! やはり私の目に狂いはなかった! この圧倒的な存在感! 私の無限の可能性を見事に表現しておるわ! 父上も、きっと天でお喜びだろう!)
彼は、自分の偉大なセンスと、それを実現させた(と彼が信じる)自分の指導力に、心から酔いしれていた。
コンラートとリアムは、荘厳な石柱を見上げ、感動に打ち震えていた。
「素晴らしい……! これぞ、ヴァルモン領の未来を照らす希望の光!」
「ゼノン様の偉大さが、形となって現れた! 感無量でございます!」
ゲルトをはじめとする職人たちは、ようやく肩の荷が下りた安堵感と、自分たちの手で作り上げた達成感、そして領主が満足した(らしい)ことへの安堵感で、複雑な表情を浮かべていた。
ルドルフは、自分がデザインした柱が、多くの人に見上げられている光景に、ただただ圧倒されていた。
エリオットは、完成した石柱を冷静に見つめていた。
(……結果的に、悪趣味な像や金ピカの塔にならなかっただけ、マシだったのかもしれない。いや、むしろ、このシンプルさ故に、人々の想像力を掻き立て、様々な意味付けを可能にしている……? まさか、あの領主は、そこまで計算して……? いや、あり得ない……はずだ……)
彼の混乱は、記念碑の完成によって、新たな段階へと突入した。
ヴァルモン領の城門前には、こうして、領主の壮大な勘違いと、多くの人々の思惑が交錯する中で生まれた、奇妙な記念碑が誕生した。
それは、これから先のヴァルモン領の運命を、静かに見守っていくことになるのだろう……。