第18話 奇跡のデザイン?
領主ゼノンによる「檄」が飛んだ後、ヴァルモン領職人ギルドの記念碑デザインコンペは、さらなる混迷の度を深めていた。
締め切り日は刻一刻と迫っているというのに、職人たちは領主の抽象的かつ矛盾に満ちた要求に応えることができず、途方に暮れていた。
「『天を衝くような威厳』……」
「『石か黄金で』……」
「『力強く、分かりやすい』……」
「『気合』……」
ギルド事務所では、連日、職人たちが集まっては溜息をつき、無意味な議論を繰り返していた。
ゼノンの言葉を文字通り受け取ろうとすればするほど、デザインは迷走していく。
ある石工は、巨大なゼノンの(想像上の)立像を考えた。
とにかく大きく、高く。
しかし、その表情をどうすれば「威厳」が出るのか分からず、ただただ巨大で無表情な石像のスケッチが出来上がった。
別の金細工師は、「黄金で」という言葉に固執した。
しかし、ヴァルモン領の財政状況で巨大な黄金の記念碑など建てられるはずもない。
彼は苦肉の策として、既存の岩に金箔を貼り付けるという、悪趣味極まりないアイデアを提案したが、他の職人たちから失笑を買った。
中には、半ば自棄になったのか、奇抜すぎるデザインを考える者も現れた。
革細工師が提案したのは、巨大な革袋を膨らませて記念碑にするというもの。
「領主様の偉大さで、領地が膨らんでいる様子を表現しました!」と力説したが、ゲルトに「風が吹いたら飛んでいくではないか」と却下された。
ギルド長のゲルトは、日に日に憔悴していく職人たちを見て、心を痛めていた。
彼は、コンラート宰相にそれとなく相談を持ちかけた。
「コンラート様……。職人たちも懸命に考えておりますが、領主様のお求めになるものが、どうにも……。もう少し、具体的なご指示をいただくことはできませんでしょうか?」
しかし、コンラートの反応は、ゲルトの期待とは全く異なるものだった。
「ゲルト殿、何を言うか。領主様は、我々にあえて具体的な指示を与えず、自由な発想を求めておられるのだ。これは、我々ギルドの創造性を試すための、高度な試練なのだぞ! 領主様のお考えの深さを、もっと理解せねばならん!」
コンラートは、ゼノンの無茶振りを、またしても深遠な意図があると解釈し、ゲルトの訴えを一蹴した。
ゲルトは、もはや何も言えず、力なく引き下がるしかなかった。
監察官エリオットも、この状況を静観するしかなかった。
彼は、職人たちの苦悩に同情しつつも、領主の決定と、それを盲目的に支持する宰相や騎士の存在が、事態をより複雑にしていることを理解していた。
(このままでは、締め切り日に提出されるデザインは、支離滅裂なものばかりになるだろう……。領主はそれに激怒し、ギルドは責任を問われる……。最悪の結末だ)
エリオットは、何か打つ手はないかと考えたが、妙案は浮かばなかった。
彼がヴァルモン領に来てからというもの、彼の常識や論理は、ことごとく打ち砕かれてきたのだ。
そんな中、締め切り前日。
ギルド事務所は、諦めと疲労の空気で満ちていた。
壁には、迷走の果てに生まれた奇妙なデザイン画が、力なく貼られている。
「……もう、ダメかもしれんね」
「どうすりゃいいんだか……」
職人たちが弱音を吐き始めた、その時だった。
事務所の隅で、ずっと黙々と作業を続けていた一人の若い石工見習いが、おずおずと声を上げた。
名をルドルフという。
彼は孤児院の出身で、最近、石工の親方に引き取られたばかりだった。
「あ、あの……僕、考えてみたんですけど……」
ルドルフが差し出したのは、一枚のシンプルなスケッチだった。
そこには、特に装飾もなく、ただ真っ直ぐに天に向かって伸びる、一本の石柱が描かれていた。
その柱の表面には、何も刻まれていない。
「……ルドルフ、これは?」
ゲルトが尋ねる。
「えっと……領主様は、『天を衝くような威厳』とか、『力強さ』とか仰ってましたけど……僕、難しいことはよく分からなくて……」
ルドルフは、はにかみながら説明を始めた。
「でも、孤児院にいた頃、リリアさんが『領主様は、本当は未来のことを見てるんじゃないかな』って言ってたのを思い出して……。だから、未来に向かって、まっすぐ伸びていく柱がいいかなって……。何も刻まないのは、これから領主様が作る未来は、まだ誰も知らないから……みたいな……」
彼の言葉は、朴訥としていて、理論的ではなかった。
しかし、その純粋な発想は、疲れ切っていた職人たちの心に、何か不思議な響きを与えた。
「……未来、か」
「何も刻まない……」
「……悪くないかもしれん」
他の奇抜なデザインに比べれば、あまりにもシンプルだ。
しかし、そこには奇妙な説得力があった。
そして何より、これなら建設も比較的容易で、現実的だ。
ゲルトは、ルドルフのスケッチをじっと見つめ、そして、大きく頷いた。
「……よし。ルドルフ、これで行こう」
「えっ!? 僕ので、いいんですか!?」
ルドルフは驚いて目を見開く。
「うむ。領主様がどう判断されるかは分からん。だが、今の我々が出せる、最も誠実な答えかもしれん」
ゲルトの決断に、他の職人たちも異論はなかった。
もはや、他に選択肢もなかったのだ。
彼らは、ルドルフのシンプルなデザイン案を、ギルドの正式な提案として提出することを決定した。
ただし、万が一に備え、他のいくつかの(迷走した)デザイン案も、参考として添えることにした。
締め切り当日。
ゼノンは、コンラート、エリオット、リアムを伴い、再びギルド事務所を訪れた。
彼の前には、ギルドから提出された複数のデザイン案が並べられている。
その中には、例の巨大な無表情の石像案や、金箔貼り付け案、そしてルドルフのシンプルな石柱案もあった。
ゼノンは、まず他の奇抜な案を一瞥し、鼻で笑った。
「ふん、相変わらず、つまらん発想ばかりだな」
そして、最後にルドルフのシンプルな石柱のスケッチに目を留めた。
彼は、眉をひそめ、しばらくその絵を睨みつけるように見つめていた。
ゲルトをはじめ、職人たちは生きた心地がしなかった。
エリオットも、固唾を飲んでゼノンの反応を待つ。
(……なんだ、この柱は? ただの棒ではないか。装飾も、威厳も、何もない……)
ゼノンは、内心でそう思った。
父ならば、こんな地味なものを一蹴しただろう。
しかし……なぜか、彼はそのシンプルな柱から目が離せない。
真っ直ぐに天を目指すその姿に、何か……何か、言葉にできないものを感じたのだ。
(これは……まさか……!)
ゼノンの脳内で、またしても壮大な勘違いがスパークした。
(そうだ! この柱は、私の『無限の可能性』を表しているのではないか!? まだ何も描かれていない未来! これから私が築き上げる、偉大な歴史! それを、このシンプルな柱一本で表現するとは……! なんと深遠なデザインだ! この私にしか理解できぬ、究極の芸術!)
ゼノンは、自分だけがこのデザインの真の意味を理解できたのだと、完全に思い込んだ。
「……ふ、ふはは……! 素晴らしい! 実に素晴らしいぞ!」
ゼノンは、突然、高らかに笑い出した。
その反応に、職人たちはもちろん、コンラート、エリオット、リアムまでもが、呆気に取られて言葉を失う。
「これだ! 私が求めていたのは、まさにこれだ!」
ゼノンは、ルドルフのスケッチを指さし、宣言した。
「このデザインを採用する! この、私の無限の可能性と、ヴァルモン領の輝かしい未来を象徴する、偉大な柱を建てるのだ!」
「「「…………え?」」」
その場にいた全員が、ゼノンの言葉の意味を理解できず、ただただ唖然とするしかなかった。
特に、デザインした本人のルドルフは、自分の考えた素朴なアイデアが、なぜか領主の「無限の可能性」やら「輝かしい未来」やらを象徴することになってしまったのか、全く理解できずに、ただ目を白黒させていた。
コンラートとリアムは、すぐに気を取り直した。
コンラート:「おお……! やはり若様には、このシンプルなデザインに込められた、深い哲学がお分かりになったのだ! 未来への希望……! なんと素晴らしい……!」
リアム:「無限の可能性……! 未来……! そうだ、これこそゼノン様にふさわしい記念碑だ! このリアム、感動で打ち震えております!」
二人は、主君の慧眼に改めて感服し、感動していた。
エリオットだけが、一人、冷めた頭で状況を分析しようとしていた。
(……無限の可能性? 未来? ……本気で言っているのか? それとも、何か別の意図が……? いや、おそらく……彼は、自分が理解できないものを、勝手に自分に都合の良いように解釈しただけだろう……。しかし、結果的に、最もシンプルで、現実的で、そしておそらく最も安価なデザインが選ばれた。これは……不幸中の幸い、と言うべきなのか……?)
彼は、もはや考えることを放棄したくなった。
こうして、ヴァルモン領の記念碑のデザインは、石工見習いの少年の純粋な発想と、領主の壮大な勘違いによって、奇跡的(?)に決定された。
職人たちは、領主の予想外の決定に戸惑いながらも、とにかく採用されたことに安堵し、建設に向けて動き出すことになった。
ヴァルモン領の未来を象徴する(ことになった)石柱は、果たして無事に完成するのだろうか……。