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第17話 記念碑デザイン狂騒曲

 領主ゼノン・ファン・ヴァルモン直々の命令による「記念碑デザインコンペ」の開催は、発足したばかりのヴァルモン領職人ギルドに、大きな波紋と混乱をもたらしていた。


 ギルド事務所となった部屋には、連日、多くの職人たちが集まり、頭を突き合わせて唸っている。

 彼らの本業は、鍛冶であり、木工であり、石工であり、革細工である。

 記念碑のデザインなど、ほとんどの者にとって門外漢もいいところだった。


「ううむ……記念碑、ねぇ……」

「領主様と先代様の偉業を称える、壮大なやつ、だろ?」

「壮大って言われてもなぁ……どんなのがお好みなんだか……」


 職人たちは、羊皮紙に慣れない手つきで線を描いては消し、描いては消しを繰り返す。

 領主の好みを探ろうにも、その若き領主は謎めいており、先代に至っては悪趣味な像を乱立させた記憶しかない。


「いっそ、先代様が建ててたみたいな、金ピカの……いや、あれは流石に……」

「だが、領主様は父君をお手本にされてるんだろう? 派手な方がお喜びになるんじゃねぇか?」

「いやいや、最近の若様の改革を見るに、もっとこう、実用的で質実剛健なものが……」


 議論はまとまらず、職人たちの間には疲労と戸惑いの色が濃くなっていく。

 しかし、領主の命令は絶対だ。

 しかも、「最高のデザイン」を競い、選ばれたものはギルド総出で建設するという。

 下手なものは出せないし、手を抜けば何を言われるか分からない。

 特に、ボルコフの末路を目の当たりにした彼らにとって、領主の不興を買うことは、何としても避けたかった。


 ギルド長のゲルトは、そんな職人たちの様子を心配そうに見守っていた。

 彼自身も、木工師としての腕は一流だが、記念碑のデザインとなると途方に暮れる。


「皆の者、あまり根を詰めすぎるな。領主様は、きっと我々の真心を……その、技術を見ておられるはずじゃ」


 ゲルトはそう言って職人たちを励ますが、その言葉に確信があるわけではなかった。


 この奇妙なコンペの様子は、当然、宰相コンラートと監察官エリオットの耳にも入っていた。

 コンラートは、職人たちが領主の期待に応えようと必死になっている姿を見て、目を細めていた。


「ふむ。皆、領主様のご期待に応えようと、懸命になっておるな。良いことだ。この競争が、必ずやギルド全体の技術向上に繋がるだろう」


 彼は、ゼノンの「深謀遠慮」が、早くも効果を発揮していると信じて疑わない。


 一方、エリオットは、ギルド事務所の片隅で職人たちの苦悩する姿を観察しながら、深い溜息をついていた。


(記念碑のデザインを競わせる……。技術向上? 結束力強化? コンラート殿はそう解釈しているようだが、私には到底そうは思えん。これは、単なる領主の気まぐれ、あるいは無知から来る混乱ではないのか……?)


 彼は、職人たちが本来の仕事の手を止め、不慣れな作業に疲弊している状況を憂慮していた。

 だが、監察官という立場上、領主の決定に直接異を唱えるわけにもいかない。

 彼は、せめてもの助言として、デザインの基本的な考え方や、他国の記念碑の事例などを、さりげなく職人たちに伝えることしかできなかった。


 そんなある日。

 領主ゼノンが、突如「デザインの進捗状況を視察する」と言い出した。

 父ならば、自分の命令がきちんと実行されているか、厳しくチェックしたはずだ、と思い立ったのだ。


 リアムを伴ってギルド事務所に現れたゼノンに、職人たちは凍り付いた。

 室内には、描きかけのデザイン画や、試作の模型などが散乱している。


「ふむ……。貴様ら、精を出しているようだな」


 ゼノンは、父の口調を真似て、尊大に声をかけた。

 そして、職人たちが描いたデザイン画を、一枚一枚手に取って眺め始める。


「……なんだこれは? 地味だな。もっとこう、天を衝くような、見る者を圧倒するような威厳がないではないか!」

「こっちは……木だと? 記念碑というものは、石か、あるいは黄金で作るものだろう! 父上ならそうされたはずだ!」

「この妙な模様は何だ? 意味が分からん! 私の偉業を表現するには、もっと分かりやすく、力強いものでなければ!」


 ゼノンは、父の好み(と彼が思い込んでいる、派手で悪趣味なもの)を基準に、次々とデザイン案にケチをつけていく。

 具体的な指示は何もなく、ただ抽象的な「威厳」や「力強さ」を要求するだけだ。


 職人たちは、領主の言葉にただただ萎縮し、青ざめていく。

 ゲルトが、恐る恐る口を開いた。


「も、申し訳ございません、領主様……。我々なりに、その……領主様のお考えを……」

「言い訳は聞かぬ!」


 ゼノンは一喝する。


「良いか! 私が求めているのは、このヴァルモン領の、そして私と父上の偉大さを、万人に知らしめる、空前絶後の記念碑だ! 貴様らの貧相な発想では、到底それに及ばん! もっと気合を入れて考え直せ!」


 そう言い放つと、ゼノンは不機嫌そうに鼻を鳴らし、リアムを伴って事務所を後にした。


 後に残されたのは、深い絶望感と、さらなる混乱に陥った職人たちだった。


「ど、どうすりゃいいんだ……」

「空前絶後って……」

「黄金……やっぱり金ピカじゃないとダメなのか……?」


 領主の「ご指導」は、彼らを完全に袋小路へと追い込んでしまった。


 ゼノンは、城へ戻る道すがら、リアムに満足げに語った。


「見たか、リアムよ。ああやって厳しく指導することで、下の者どもは奮起するのだ。父上も、常にそうやって我々を導いてくださった」

「はっ! さすがはゼノン様! 職人たちも、領主様直々の熱い檄を受け、きっとこれまでにない素晴らしい発想を生み出すことでしょう!」


 リアムは、主君の厳しい言葉を、職人への期待と信頼の表れだと、いつものようにポジティブに解釈していた。


 この一件を聞いたコンラートは、またしてもゼノンの「深謀遠慮」に感嘆した。


(若様は、あえて厳しい言葉で職人たちを突き放し、彼らの創造性をさらに引き出そうとされているのだな……! 安易な妥協を許さず、常に最高を求める……。これぞ、真の指導者の厳しさ……!)


 エリオットは、報告を受けて、もはや何も言う気力を失っていた。


(……空前絶後? 黄金? 気合? ……駄目だ、やはり私には、この領主の考えていることが全く理解できない……)


 彼は、この記念碑プロジェクトが、最終的にどのような結末を迎えるのか、想像することもできなかった。

 ただ、大きな混乱と、多額の無駄な出費だけが残るのではないか、という予感だけが、彼の心を重くしていた。


 ヴァルモン領職人ギルドのデザインコンペは、領主の勘違い指導によって、ますます迷走を深めていく。

 果たして、期限までに「領主様お墨付き」のデザインは完成するのだろうか……。

 そして、それは一体、どのような代物になるのだろうか……。

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