第14話 領主の裁きと深まる誤解
夜が明け、朝の光がヴァルモン城の執務室に差し込む頃。
宰相コンラートと監察官エリオット、そして昨夜手柄を立てた騎士リアムは、領主ゼノンの前に立っていた。
部屋の隅には、昨夜捕らえられたボルコフの手下どもが、縄で縛られたまま引き据えられている。
コンラートが、厳粛な面持ちで口を開いた。
「ゼノン様。昨夜、騎士リアムが、職人ギルド設立を妨害していた者どもを捕縛いたしました」
彼は、ボルコフが黒幕であったこと、その動機、そして手下どもが行った悪事(放火未遂など)の詳細を、淡々と、しかし正確に報告した。
リアムも、時折、興奮を抑えきれない様子で補足説明を加える。
エリオットは、ゼノンがこの報告をどう受け止め、どのような判断を下すのか、固唾を飲んで見守っていた。
報告を最後まで聞き終えたゼノンは、しばらく黙って窓の外を眺めていた。
その表情は読み取りにくい。
(……ボルコフめ。私の決定に逆らったばかりか、このような卑劣な手段で改革を妨害しようとは……)
ゼノンの脳裏には、父の姿が浮かんでいた。
父上ならば、このような裏切り者、不届き者を、どう扱っただろうか?
答えは明白だった。
父は、敵対する者、逆らう者を、決して許さなかった。
見せしめとして、最も苛烈な方法で罰し、その権威を揺るぎないものにしてきた。
処刑、財産没収、一族郎党の追放……。
そうだ、父上ならば、ボルコフなど即刻打ち首獄門に処したに違いない。
(領主たる私の決定に逆らい、領地の発展を妨げるなど、万死に値する!)
ゼノンは、父の威厳を受け継ぐ者として、断固たる処置を下さねばならないと感じた。
「……ふん。愚かな男よのぅ、ボルコフも」
ゼノンは、ゆっくりと振り返り、一同を見渡した。
その声には、父を真似た冷徹な響きが込められている(つもりだった)。
「私の慈悲を仇で返すとは……。万死に値する、とはこのことだ」
コンラートとエリオットの背筋に、冷たいものが走った。
リアムも、さすがに厳しい表情になる。
やはり、厳しい処罰が下されるのか……。
「父上ならば、このような不届き者……即刻、打ち首獄門に処したであろうな!」
ゼノンは、そう言い放った。
手下どもが、びくりと体を震わせる。
(ああ……やはり……)
コンラートは目を伏せた。
いくらボルコフが悪事を働いたとはいえ、処刑はあまりにも……。
エリオットも、眉間に深い皺を刻む。
監察官として、あまりに苛烈な処罰は止めねばならないかもしれない。
しかし、ゼノンは続けた。
その口元には、奇妙な笑み(父が悪巧みをする時に浮かべていた笑みの真似)が浮かんでいる。
「だが……ただ首を刎ねるだけでは、芸がないとは思わんか?」
「……は?」
コンラートが、思わず聞き返す。
「父上は、常々こうも仰っていた。『ただ殺すだけでは能がない。真の恐怖とは、希望を奪い、尊厳を踏みにじり、相手が最も嫌がる方法で、絶望の淵に叩き落とすことにある』と……な!」
ゼノンは、父が言ってもいないような言葉を、さも偉大な教えであるかのように語った。(父はもっと単純に残虐だったが、ゼノンの記憶の中で美化・脚色されている)
(最も嫌がる方法で……絶望の淵に……?)
ゼノンは腕を組み、考え込むふりをする。
(ボルコフは、職人としてのプライドが高い男だと聞く。自分の工房を持ち、他の職人を顎で使ってきた……。そんな男にとって、最も屈辱的な罰とは何か……?)
そして、閃いた。
(そうだ!)
「よし、決めたぞ!」
ゼノンは、ポンと手を打った。
「ボルコフの処遇だが……まず、奴の財産は全て没収せよ! 工房も、道具も、何もかもだ!」
(財産没収……それは妥当なところか)
コンラートとエリオットは、ひとまず安堵する。
「そして……」
ゼノンは、悪魔的な名案(と本人が信じているもの)を告げた。
「そのボルコフを……これから設立される職人ギルドの下働きとして、無報酬で働かせよ!」
「「「…………は?」」」
コンラート、エリオット、リアムの三人は、同時に間の抜けた声を上げた。
予想外すぎる指示に、思考が追いつかない。
ゼノンは、そんな三人の反応を見て、内心で悦に入っていた。
(ふふふ……どうだ、この残酷な処罰! プライドの高い職人が、他の職人の下で、しかもタダ働き! まさに生き地獄! 父上も、きっと私のこの裁きを称賛してくださるだろう!)
彼は、これ以上ないほど効果的で、父の教えに忠実な罰を下したと、完全に満足していた。
しかし、聞いている側の解釈は、全く異なってしていた。
コンラート:(な……なんと……!? 処刑や追放ではなく……ギルドでの労働……!? これは……罪を憎んで人を憎まず、ということか!? 財産を没収することで罪を償わせつつも、ギルドで働くことで、その意義と重要性を身をもって学ばせ、更生の機会を与えようという……!? なんという深いお考え! なんという慈悲深さ!)
コンラートは、ゼノンの(とんでもない)温情判決に、感動のあまり打ち震えていた。
リアム:(ボルコフめ、命拾いしたな! だが、ゼノン様のこの温情、ありがたく思え! ギルドのために粉骨砕身働け! これも全て、ゼノン様の偉大さ、そしてお優しさゆえなのだ!)
リアムは、主君の寛大さに改めて感服し、納得していた。
エリオット:(……は? ギルドの下働き? なぜ……? 労働力として利用するつもりか? いや、それにしては無報酬とは……。見せしめ? 確かに、プライドの高い職人にとっては屈辱かもしれんが……。それにしても、処刑や追放といった選択肢もあったはずだ。この若き領主の思考は、全くもって理解不能だ……。だが、結果的に見れば、過度に苛烈な処罰は回避された。ボルコフを野に放つよりは、管理下に置く方が安全かもしれん……。これは……これで一つの『解』なのか?)
エリオットは、混乱しつつも、最悪の事態(処刑や、それによる領内の動揺)が避けられたことに、複雑な安堵感を覚えていた。
「よろしいな? ボルコフにはそう伝えよ。それから、捕らえた手下どもは……そうだな、しばらく牢に繋いでおけ。ボルコフの働きぶりを見て、釈放するかどうか決める」
ゼノンは、最後の指示を出すと、満足げに頷いた。
「下がって良いぞ」
コンラート、エリオット、リアムは、それぞれ全く異なる思いを抱きながらも、一礼して執務室を後にした。
このゼノンの「裁き」は、すぐに城内、そして職人たちの間に伝わった。
ボルコフの悪事が暴かれたことへの安堵と、予想外に「寛大な」処遇への驚きと、そして領主への畏敬もしくは不可解さが入り混じった反応が広がった。
特に、ギルド設立に反対していた他の職人たちは、ボルコフの末路(?)を見て、完全に沈黙した。
これで、ギルド設立への反対勢力は事実上消滅し、その準備は一気に加速することになる。
領民の間では、またしても「ゼノン様は厳しいが、慈悲深いお方だ」という評判が立つことになった。
ゼノンは、自分の下した「父も唸るであろう見事な処罰」に、一人悦に入っていた。
(ふふふ、これで職人どもも、二度と私に逆らおうなどとは思わんだろう。父上、見ていてください。私は着実に、偉大な領主への道を歩んでおりますぞ!)
ヴァルモン領は、またしても領主の勘違いによって、一つの危機を(奇妙な形で)乗り越え、新たな段階へと進もうとしていた。