第13話 暴かれた悪事
職人ギルド設立を巡る不穏な空気は、ヴァルモン領の城下に暗い影を落としていた。
協力的な職人への嫌がらせ、資材流通の妨害、悪意に満ちた噂……。
宰相コンラートと監察官エリオットは、その黒幕が鍛冶屋のボルコフであろうと推測しつつも、決定的な証拠を掴めず、苦慮していた。
しかし、一人、水面下で執念を燃やす男がいた。
領主ゼノンの側近騎士、リアムである。
彼は、ゼノン様への絶対的な忠誠心と、持ち前の単純だが強い正義感から、ボルコフの動きを執拗に追っていた。
「ゼノン様が進める偉大な改革を、私利私欲のために妨害するなど、断じて許せん!」
リアムは、騎士団の部下数名を信頼できる者だけに絞り、ボルコフの工房周辺や、被害に遭っている職人の工房付近の監視を、夜ごと密かに続けていた。
昼間は騎士としての通常の任務や、エリオットが進める他の改革(農業試験場の警備など)を手伝いながらも、リアムの意識は常にボルコフとその一味に向けられていた。
彼は、城下の酒場などで、騎士の身分を隠して(あるいは利用して)、ゴロツキや情報屋のような者たちからも、ボルコフに関する情報を集めていた。
少しずつだが、ボルコフの手下と思われる怪しい連中の顔ぶれや、その夜間の不審な動きが見えてきた。
「隊長、今夜も動きがありそうですぜ」
部下の一人が、リアムに耳打ちした。
ボルコフの工房から、夜陰に紛れて数人の男たちが出てきて、城下の木工師の工房がある方角へ向かったという。
その木工師は、ギルド設立に特に前向きな人物の一人だった。
「よし、行くぞ!」
リアムは短く命じ、部下と共に音もなく後を追った。
息を殺して尾行すると、案の定、男たちは木工師の工房の裏手に回り込み、何かをしようとしていた。
一人は油のようなものが入った壺を、もう一人は火種を持っている。
(放火かっ!?)
リアムの目に怒りの炎が宿った。
「そこまでだ、悪党ども!」
リアムは、隠れていた場所から飛び出し、大喝した。
同時に、部下の騎士たちも四方から男たちを取り囲む。
「ちっ、騎士か!」
男たちは一瞬怯んだが、すぐに武器(粗末な棍棒や短剣)を手に取り、抵抗を試みた。
暗がりの中、金属音が響き、短い戦闘が繰り広げられる。
しかし、しょせんはゴロツキに毛が生えた程度の連中だ。
正規の訓練を受けたリアムと騎士たちの敵ではなかった。
数分のうちに、男たちは全員打ちのめされ、地面に組み伏せられた。
リアムは、取り押さえた男の一人の胸ぐらを掴み上げ、厳しい声で問い詰めた。
「貴様ら! 何者の指示でこんな真似をした! 正直に答えろ!」
男は、最初は口を割ろうとしなかったが、リアムの「これは領主ゼノン様への反逆に等しいのだぞ! 命が惜しくば白状せよ!」という凄みのある脅し(リアムは本気だった)に、ついに屈した。
「……わ、分かった! 話す! 話すから、命だけは……!」
男は、震えながら全てを白状した。
やはり、この放火未遂も、これまでの嫌がらせも、全て鍛冶屋の親方ボルコフの指示であったこと。
ギルド設立を妨害し、自分たちの利益を守るためだったこと……。
他の手下たちも、次々と同様の証言を始めた。
現場には、放火に使われようとした油壺や火種も、物的証拠として残っていた。
「……よし」
リアムは、手下どもの証言と証拠物件を確保し、満足げに頷いた。
(これで、ボルコフの悪事をゼノン様にご報告できる!)
リアムは、捕らえた手下どもを縛り上げ、証拠物件と共に城へ連行した。
そして、夜がまだ明けきらぬうちに、宰相コンラートと監察官エリオットの元へと突き出した。
「宰相閣下! 監察官殿! ご覧ください!」
リアムは、得意満面といった表情で、手下どもと証拠品を示した。
「ギルド設立を妨害していた下手人どもを、現行犯で捕らえましたぞ! やはり、全ての黒幕は、あの鍛冶屋のボルコフでありました!」
コンラートとエリオットは、突然の出来事に驚きながらも、リアムの報告と、引き立てられてきた手下どもの姿を見て、事態を把握した。
「おお……リアム殿! よくぞやった!」
コンラートは、安堵と称賛の声を上げた。
これで、長らく頭を悩ませてきた妨害工作の元凶を、ようやく断つことができる。
エリオットも、リアムの行動力に感心していた。
(まさか、これほど早く、しかも決定的な証拠まで掴んでくるとは……。若いが、見事な働きだ)
しかし同時に、リアムが語った尋問の様子(「ゼノン様への反逆だ」と脅したなど)を聞き、そのやや強引で危うい手法に、一抹の不安も感じていた。
(彼の忠誠心は本物だが、それが時に暴走しかねない危うさも孕んでいる……)
ともあれ、ボルコフの悪事は明白となった。
これでギルド設立への大きな障害は取り除かれるだろう。
しかし、同時に新たな問題も浮上する。
領内の有力者でもあるボルコフを、どう処罰するのか?
その判断は、最終的には領主であるゼノンに委ねられることになる。
「……リアム殿、大手柄だ。感謝する」
コンラートは、リアムの肩を叩いた。
「まずは、この者たちを牢へ。そして、ボルコフへの対応については、明朝、ゼノン様にご報告し、ご裁可を仰ぐことにしよう」
「はっ!」
リアムは、自分の働きが認められたことに満足し、力強く返事をした。
正義は果たされた、そしてゼノン様のお役に立てたという達成感で、彼の心は満たされていた。
エリオットは、複雑な心境でその様子を見守っていた。
(これで事態は大きく動くだろう。だが、あの若き領主は、この状況にどう対応するのだろうか……。また、我々の予想を超える行動に出るのだろうか……)
彼のゼノンに対する謎は、解決するどころか、むしろ新たな局面を迎えたように感じられた。
夜明け前のヴァルモン城。
一つの悪事が暴かれ、事態は次の段階へと進もうとしていた。
そして、その中心にいるはずの領主ゼノンは、まだ何も知らずに、自室で安らかな眠りについているのだった。