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第12話 ギルド設立と不穏な影

 ヴァルモン領で静かに始まった改革の歯車は、少しずつ、しかし確実に回り続けていた。

 孤児院はリリアたちの奮闘で温かい居場所となり、試験農場では新しい農法が希望の兆しを見せ始めていた。

 そして、次なる大きな課題である職人ギルドの設立に向けて、宰相コンラートと監察官エリオットは精力的に準備を進めていた。


 城の一室では、ギルド規約の草案作りが進められていた。

 エリオットが王都のギルド法や他領の事例を参考に草案を作り、コンラートがヴァルモン領の実情に合わせて修正を加える。


 役員の選出方法、組合費の徴収と使途、品質基準の策定、共同での資材購入の仕組み……。

 決めるべきことは山積みだったが、二人は領地の未来のために、根気強く作業を続けていた。

 リアムも、騎士団の業務の合間を縫って、ギルド設立に前向きな職人たちの警護や、会合場所の確保などに協力していた。


 しかし、すべての職人がこの動きを歓迎しているわけではなかった。

 特に、先代に取り入っていた鍛冶屋の親方ボルコフとその取り巻きたちは、ギルド設立の動きを苦々しい思いで見守っていた。

 彼らにとって、ギルドは自分たちの既得権益を脅かす邪魔な存在でしかない。


「ちっ……あの若造領主め、余計なことをしやがって」


 ボルコフは、自分の工房で、腹心の職人たちを前に悪態をついた。


「監察官とかいう小役人も、偉そうに……。このままギルドなんぞができちまったら、俺たちの旨味がなくなっちまうじゃねえか」


「へい、親方。どうにかしねぇと……」


 取り巻きの一人が不安そうに言う。


「分かってる! あの領主様ゼノンには逆らえねぇが、裏でちょいと邪魔してやるぐれぇ、どうってことねぇだろうよ」


 ボルコフは、にやりと悪どい笑みを浮かべた。


 その日から、ギルド設立に向けた準備作業に、奇妙な妨害が頻発するようになった。

 ギルド設立に賛同している革細工師の工房の窓ガラスが、夜中に割られた。

 木工師が必要としていた良質の木材が、市場から急に姿を消し、法外な値段でなければ手に入らなくなった。

 そして、城下では根も葉もない噂が囁かれ始めた。


「ギルドに入ったら、儲けの半分を領主に吸い上げられるらしいぞ」

「あの監察官は、本当は王都のスパイで、俺たちの技術を盗みに来たんだとよ」

「領主様は、ギルドを作って、気に入らない職人を潰すつもりらしい」


 これらの妨害工作は、明らかにギルド設立を阻止しようとする意図が見えたが、誰がやっているのか、確たる証拠はなかった。

 コンラートは、報告を受けるたびに胃の痛みを悪化させ、エリオットも眉間の皺を深くした。


「おそらく、ボルコフとその一派の仕業でしょうな……」


 コンラートは、エリオットとの打ち合わせの席で、苦々しげに呟いた。


「しかし、証拠がない。下手に動けば、逆に他の職人たちの不安を煽ることにもなりかねん……」


「厄介なことになりましたね」


 エリオットも同意する。


「私の提案が、かえって領内に新たな対立を生んでしまったのかもしれない……。監察官として、看過はできませんが、容易に動けないのも事実です」


 彼は、自分の正義感が、この複雑な領地の現実の前では無力であるかのように感じ、苛立ちを覚えていた。


 一方、側近騎士のリアムは、持ち前の直感で、この不穏な空気の中心にボルコフがいることを感じ取っていた。

 彼は、ギルド設立に協力的な職人たちが見舞われている嫌がらせや、市場での資材の奇妙な動き、そして何よりボルコフの常にふてぶてしい態度に、強い疑念を抱いていた。


(あの男……! きっと、ゼノン様が進めようとしておられる、この素晴らしい改革を邪魔しようとしているに違いない! 断じて許さん!)


 リアムの単純だが熱い忠誠心は、ボルコフへの敵意へと変わっていた。

 彼は、コンラートやエリオットには告げず、独自にボルコフの周辺を探り始めた。

 騎士としての立場を利用し、部下に見張りを強化させたり、ボルコフの工房周辺の巡回を増やしたりした。

 いつか必ず、その悪事の尻尾を掴んでみせる、とリアムは固く決意していた。


 このような水面下での緊張の高まりについて、領主ゼノンは全く関知していなかった。

 コンラートが遠回しに状況を報告しても、


「ふん、職人同士の下らん揉め事であろう? そんなことで、いちいち私を煩わせるな。さっさと解決しておけ」


 と一蹴するだけだった。

 彼の中では、ギルド設立は自分の「威厳」によって既に決定された事項であり、あとは部下が粛々と進めるべきものだと認識していた。


 まさか、自分の(恫喝という名の)決定に、未だに反発し、あまつさえ妨害工作を仕掛けてくる者がいるなどとは、想像もしていなかったのだ。

 彼の無関心さが、結果的にコンラートとエリオットの苦悩を深め、リアムの単独行動を許容する形になっていた。


 ボルコフは、自分の妨害工作が一定の効果を上げている(と彼は思っていた)ことにほくそ笑みつつも、ギルド設立の準備そのものが止まっていないことに、次第に焦りを感じ始めていた。

 コンラートや、あの気に食わない監察官、そして領主の覚えが良いらしいリアムとかいう若造騎士……。

 彼らがいる限り、このままではギルドはできてしまうかもしれない。


(こうなったら……もっと直接的な手を使うしかねぇか……?)


 ボルコフの目には、より危険な光が宿り始めていた。


 ヴァルモン領の改革の裏で、新たな対立の火種がくすぶり始めている。

 それに気づいているのは、まだ一部の者だけだった。

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