06
六月も七月も特に問題もなく終わった。
とはいえ、ずっと平和なままでいられないことは分かっている。
「へえ、藤長が住んでいる家ってこんな感じなんだ」
初めての夏休みが始まってゆっくりしていたときのこと、何故か内宮さんがこっちの県に来たという形になる。
「一人暮らしってどんな感じ?」
「内宮さんがどうかは分からないけど家族と仲がいいと寂しくなるときもあるよ」
「そうなんだ、でも、みかんちゃんもしもんくんも連れて行っているんだからそれは贅沢なんじゃない?」
「……別に君から奪おうとしたわけじゃないんだ」
「ま、藤長の家族なんだから別にその点は気になっていないよ」
本当かよ、あとなんらかの不満があったのだとしても行動力がすごすぎる。
そのせいでこちらも早起きをして迎えに行く羽目になった、夏休みに心臓を慌てさせるようなことにはしたくなかったのに早速駄目になってしまった。
「あの子は?」
「十時ぐらいになったら来ると思うよ」
じゃない、早く来てくれ山本君。
僕ら以外の存在がいるときはたかも黙ってしまうから駄目なのだ。
もちろん、一人でちゃんと相手をできるなら中学時代はあんなことにはなっていないよねということで助けてもらいたかった。
もし動いてくれるのであればわがままの一つくらいは聞いてあげるから! と内で叫んでいる。
「じゃあまだ時間があるね、藤長、案内してよ」
「あー僕も細かく分かっているわけじゃないから山本君が来てからにしよう」
「そう? ま、その方が時間を無駄にしなくて済むかもね」
いやいや、この家に来ている時点で時間を無駄にしているんだよ内宮さん。
まあ、山本君に興味を抱いていることは分かり切っていることだけど、それなら最初から向こうに行けばいいと思う。
「でも、中学時代と比べたら藤長も変わったのかもね」
「僕だって一応、成長しているからね」
それにきみみたいにからかってくる人間もいないからね。
「身長は依然として私の方が高いけどね、女子の私よりも低いのってどんな感じ?」
「どんな感じでもないよ」
彼女の方が高いというそれしかない。
気にしたところですぐにどうこうなることではないし、小さくても特にデメリットもないから問題はなかった。
異性からそれで恋愛対象として見られないということならそれはもう仕方がない、ただ、その点以外では本当になにもないのだ。
スポーツなんかをやっていなければ特にね。
「ふーん」
「逃げたことには変わらないからきみの方が勝っているよ、だからそれでいいんじゃないかな」
「いや、やっぱり変わっていなかったよ、藤長は相変わらずつまらない人間だ」
そのつまらない人間のところに何度も足を運ぶ彼女もつまらない選択をしているということになる。
「帰るよ」
「駅まで送るよ」
「私は帰るだけだから」
外に出る理由が欲しかった、ただそれだけのことだ。
道中、会話なんてものはなかったものの、気まずいということもなかった。
ま、まあ、なんとか耐えられたのは結局、たかを連れてきていたからだけど……。
「少年が来なくてよかったな」
「これは僕の問題だからね……と言いつつ、たかに甘えちゃっているけど」
「俺は黙って付いて歩いていただけだろ」
「結局、側にいてもらっている時点で変わらないよ。帰ろう」
面白くもないのに作った笑顔を張り付けて逃げ続けていたあの頃とは違うという点だけは褒められることのような気がした。
毎日顔を合わせなくて済むからという理由で感情的にやり返すなんて方法を選ばなかったのもいいところだと思う。
「しっかし、なんで嬢ちゃんもいちいち来るのかねえ」
「依存……はないだろうからサンドバッグが欲しかったんじゃない?」
「けんが急に消えたからってことか? 同じようにはできてねえってことか」
「いや、分からないけどね。でも、なんらかの不満がないならこんな無駄なことはしないよ」
もっと強い存在が現れて取り巻き的存在を取られてしまったのかもしれない、見たことのない高校内で今度は自由にやられているのかもしれない。
でも、仮にそうだとしてもどうすることもできない、どうでもいいとか協力をしたくないとかそういうことではないけどあの高校に進学したわけじゃないからそういうことになる。
「あ、嬢ちゃんより面倒くさい奴がいるぞ」
「早いね、あの家が凄く好きみたいだ」
「みかんがいるなら普通の思考だがな」
本格的に振られたら出て行ってしまいそうだから告白とかは後にしてほしかった。
もうこの形が崩れるのは嫌だ、朝起きたときに全く変わってくるからだ。
本当は一緒にいたいのに〇〇的にこうだから~などと言い訳をすることはしたくないのだ。
「けん、どこに行っていたの?」
「ちょっとお散歩にね、いま開けるよ」
「うん、今日もここでゆっくりする」
ずっと家にこもっておく夏休みというのも悲しいからプールとか海とかに行きたい、あるのかどうかも分からないけどお祭りにも行きたかった。
「うわーお……」
どちらかと言えば食べてばかりなのにどうしてこんな感じなのだろうか。
たかのことを考えてのことではあるけど海でよかった、ここならまだ他のグループと遠くて視線を集めてしまうなんてこともない。
誰もお前なんか見ていないと言われてしまえばそれまでではあるものの、隣にいるのが申し訳なくなってくるぐらいには差があるから助かった。
「けん、待たせたな」
「たか――ぶふぅ!?」
「どうした? あ、俺は人間にだってなれるんだぞ」
「……もうちょっとぶさいくに変身してよ」
「そりゃ無理だ、何故なら俺は標準でイケメンだからな」
なんかもう逆に女の子をここに召喚したい気分だった。
そのため、荷物なんかを置いて人が多い方に歩き始める。
幸い、整っている同士は勝手にお喋りを始めて盛り上がり始めてくれたから意識をして気配を消したりする必要がなくて楽だった。
「え、待って、めっちゃイケメンじゃん……」
「ん? わっ、本当だっ」
うんうん、いいね、これが自然だね。
僕はある程度のところで一人別行動を始めて砂を弄り始めた、波が到達する範囲で遊んでおけばさらさらすぎて崩れてしまうなんてこともない。
いいのさ、せっかく高レベルなのに僕なんかがいたらレベルを下げることになってしまうからね。
少し不思議だったのは山本君のパワーが内宮さんには微妙に効かなかったということになる。
山本君が敵視してきたからなのか、内宮さんが僕を言葉で苛めたいだけだったのか、単純に簡単に惚れたりはしないということか。
「お兄さん一人でなにをしているの?」
「わあ!? ……って、そういうのはやめよう」
夏休みに心臓を休ませたい作戦はちっとも上手くいっていなかった。
「けんこそやめてよ、いきなりいなくなっていて驚いた」
「だって明らかにレベル差があるからさ」
「僕はそんなの気にしないけどね、けんだからこそ一緒にいたいんだよ」
「……見える範囲に移動するのはやめてほしい」
「嫌だよ、ちゃんと顔を見て話したい」
この状態で近づかれても微妙だから荷物を置いてある場所付近に戻ることにした。
上を脱いでいてもいい天気で暖かいのがいい、座っていても冷えることもない。
「遊んできていいんだよ? ほら、たかみたいにさ」
「ああいうの興味はないから」
自分の武器を利用して楽しくやればいい。
こちらは見ているだけで十分だ、これだって一つの思い出となる。
そして盛り上がり次第では夏祭りなんかのときに軽めの変装を頼まなければならなくなるわけで、確かめたいのもあったのだ。
「でも、ここにいてもただ時間が経過するだけだよ? せっかく海まで来たんだから遊んできなよ」
「嫌だ、足借りるからね」
「ねえ山本君、お兄さんの代わり……的な感じで僕のことを見ているの?」
あまり出したくはなかったけど気になるものは気になるから仕方がない。
ずかずかと踏み込んで仮にこれで嫌われてしまうのだとしても、うん、それでも本当のところを知ることができるのならそちらを選択する。
彼に対しては過去みたいなままではいたくなかった、でも、相手が隠してきていたらこちらだって出してはいけないのだ。
「え? まさかそんなことを言われるとは思わなかった、お兄ちゃんとけんは全然違うから重ねることはできないよ」
「じゃあなんで? ご飯の件なら美味しく作れる人のやつなら誰だっていいよね?」
会話の相手だってそう、他の誰でもできることしかしていない。
「けんはお姉ちゃんから聞いたんでしょ?」
「うん、お兄さんが病気で亡くなったって」
「それで僕は入学してすぐに休んでいたんだ」
「あ、そのこともあの子から聞いたよ」
いやでも、すぐに休んでいたということならどうしてあの子は知っていたのか。
同じ中学かなにかで実は気にしていた? 安定して登校できるようになってからも近づかないのは僕がいるからかもしれない。
なら余計に自分の存在が邪魔になってくるわけで……。
「そうなんだ? でも、家にもいたくなかったから外でぼうっとしていたらたかが現れてね、『付いてこい』とだけしか言わないから逆に気になって」
「もう……僕はちゃんと行きたがった子だけにしてねって言ったんだけど……」
「実際、いまも言ったように気になって付いて行くことを選択したのは僕だよ。でも、たかはなんで急にそうすることにしたの?」
「あ、僕が寂しいとか誰かと一緒にご飯を食べたいって言ったからかな、で、たかはすぐに君を僕の前に連れてきた」
僕個人的にはとてもありがたい、けど、冷静に見てみると手放しで喜べるようなことではなかった。
たかが余計なことをしていなくてもだ、彼がこちらを気に入ってくれていてもだ、他の人といられたらできていたことも僕が相手だと……。
「そういうことか、あの件のこともやっと分かったよ」
「不思議な能力を持っているからね、余計なことをしたんじゃないかって心配になったんだよ」
「ないよ、それと余計なことを気にしないで」
「……だけど怖いんだよ、自分のせいでって考えると――」
「そんなことを考えなくていい」
今度は別の意味で顔を見られなくなってさっと違う方に意識を向けた。
「なんで違う方を見るの」と不満が含まれた声音でぶつけられてもすぐに戻せるようなことにはならなかった。
「けん、あ……」
「どうしたんだろうな、けんらしくない態度だ」
「たかが僕達を放っておいて遊んでいたからじゃないの?」
「関係ないだろ、俺には普通だったぞ」
でも、自分に原因があるとは考えたくない。
そもそもよそよそしくなる前だって問題はなかった、僕らはあくまでいつも通りでいられた――あ、けんが余計なことを気にしたりするのはむかついたけどね。
あの女の子が来たときには普通だったのにどうして僕の場合だと同じようにできないのかと文句を言いたくなったぐらいだ。
それでも相手はお兄ちゃん、家族ではないということでなんとか我慢をした結果がこれということになる。
「ま、みかんに会えればすぐに直るだろ」
いや、みかんどうこうじゃなくて今回はけんに問題があるんだ。
家に着いてから頑張れる自信はなかったから赤信号で止まったのをいいことにけんの腕を引っ張った、そうしたらやたらと弱ったような顔でけんがこちらを見てきた。
「山本君が悪いわけじゃないんだよ」
「そうだよ、けんが悪いんだよ」
「ちょっと今日は我慢をしてくれないかな、明日からならちゃんと付き合うから」
「嫌だ、たかは先に帰ってて」
「あいよ、ちゃんと連れて来いよー」
頷いてまた違う方を見ていたけんの意識をこっちに戻す。
「なにが気になるの」
「僕じゃなくてあの子のところに行っていたらもっと楽しかったよね」
「楽しくなるのかどうかなんて分からないよ、関わったこともないんだから」
「僕らの場合でもそうだったでしょ? でも、こうして一緒に過ごしたからこそ本当のところが分かったんだよね」
「……待って、けんがなにを言いたいのか……」
彼の言い方的にこちらが不満をぶつけて困らせてしまっているみたいに見えてしまうけど違う。
「僕は山本君と一緒にいたいんだ、夏祭りだって一緒に行きたいと思っている」
「うん、だからそれでいいでしょ?」
家に住もうかと言ったことを僕はまだなかったことにしてはいない。
彼が受け入れてくれるならいつでもそうしようと決めているぐらい、両親は優しいけど物足りないから。
たか達がいるというのも〇ではないものの、ほとんど関係なかった。
「でもさ、僕がこのままを貫けば山本君の自由が……」
「いや、その場合でも僕が何回も行っているんだから逆じゃない?」
「僕にとっては唯一の友達だからね」
「僕にとっても同じだよ」
たか達が目的なら学校で近づく意味もない、その存在を知っているのなら例え仲が良くない相手にだって見せてと頼むことができる。
「最初は少しあったかもしれないけどいまはもうお兄ちゃんのこととかも関係ないから大丈夫だよ」
「いいの? ……もしかしたら距離感を見誤ってやらかしてしまうかもしれない」
距離感を見誤ってやらかしてしまう……って、どういうことだろう。
先程も言ったように僕は仲が良くない相手にも頼むことはできる、でも、そういう人間だからこそ失敗をしてしまうこともあるわけで、こちらがやらかしてしまう可能性の方が高いと思う。
なにが言いたいのか分からないとかじゃなくて彼が言うのは分からないと引っかかっていただけの話だった。
「それに僕、けんのことが好きだよ」
「え!?」
「大きな声を出してどうしたの?」
「い、いやだってそれは……」
ち、違う違う、これはあくまでお友達として、というやつだ。
はぁ、直前に変なことを言っていたからつい大袈裟な反応をしてしまってとても恥ずかしい。
「と、とにかく帰ろうか、たか達も待っているからね」
「うん」
着替えがないときは泊まらないようにと言ってあるから今日は泊まらない、そうしたら家まで送らなければならないわけだから早めに動いた方がいい。
「着いたね」
「うん、中でゆっくりする」
「待って、着替えは――あ」
「持ってきているよ、失敗をしたときのために多く持ってきていたんだ」
こちらが馬鹿だったか。
じっとすると思い出して爆発するからささっと作ってささっと食べてささっとお風呂に入ってうつ伏せで寝転んだ。
一緒にいたいけど一緒にいたくないという難しい状態になってしまっている、だけど僕ばかりが疲れることになるというのも不公平でしょう? と。
「なんだみかん? おう、じゃあ散歩にでも行くか――ん? しもんも行くのか、珍しいな」
「気を付けてね」
「おう、任せておけ」
こちらは山本君がお風呂に入っている間に寝てしまおう……って、ちゃんとお客さんである彼に先に入るように言ったからねと内で慌てて言い訳をした。
……本調子じゃないからこういうことになる、さっさと休もう。
「けん起きて」
駄目だ、この前の自分みたいなまま寝てしまっているようだった。
とりあえずお布団を掛けておいたけど……これだとつまらない。
だってまだ二十時にもなっていない、普段ならここから帰ろうとしている時間だ。
「けーん、起きて」
一瞬、お姉ちゃんでも召喚すれば起きてくれるかもしれないという考えが出てきたものの、なんかそれでもつまらないからやめた。
大好きなお兄ちゃんやお姉ちゃんがいなくても僕ならできる、いや、年齢的にもそうでなければならないんだ。
「けん――ね、寝ぼけているの?」
……反応がないからそういうことになる。
寂しいなら先に寝なければいいのに、寂しいならこうしてここにいる僕を頼ればいいのにと思わずにはいられない。
こちらの腕を無意識にぎゅっと掴むぐらいなら起きてちゃんと自分の意志でそうすればいい。
「はっ!?」
「おはよう」
「ご、ごめん! たかが悪戯をしてきているのかと……」
こういうときだけはやたらと俊敏に動けるのがけんだった。
「たかやみかんにこういうことをしているの?」
「い、いや、邪魔をしてきたりはしないからね」
知っている、たかもみかんもしもんもみんな一定の距離を保つか体の上に乗る。
それならなんで悪戯をしたわけでもないのに今回はこうなるのか。
「じゃあなんでいまは?」
「……分からない、けど、掴んでいたぐらいなんだからしたかったんじゃないかな」
「じゃあいいよ、はい」
「も、もういいよ、いまので眠気もどこかに飛んでくれたからね」
ならラッキーなどと考えておけばいいのかな。
いや、このままだと嫌だから強気な態度を緩めたりはしなかった。




