05
「もう帰ってほしい」
「まあまあ、別に言い争いをするために来たわけじゃないんだからさ」
今日ここに来たのだって母が許可したからこそだ、出ている身としては自分の家だとしてもあまり自由にできない。
幸い、内宮さんはみかんやしもんに意識を向けていて売られた喧嘩を買ってしまうなんてことにもならなくて済んだ。
「けん、ここを離れるときにみかんを連れて行くぞ」
「え、だけどなぁ……」
それってただ単にたかが気に入らないからという話でしかない、しもんは先輩猫として相手をしているだけだというのに可哀想だ。
あとは移動したり戻ったりというのが体的によくない、いやもう本当に連れて行ったこちらが言えることではないけどそういうことになる。
「みかんが求めているんだからいいだろ」
「でも、帰ったときにみかんがいなかったら両親も悲しむでしょ」
「いいからいいから」
なんでそうなるのかは分からないけど元々ここに長くいるつもりはなかったから内宮さんと一緒に外に出た。
もう別れることは確定しているのに未だに敵意むき出しの彼の腕を掴んでから挨拶をして別れた。
「藤長は甘い」
「そう言わないでよ、さ、色々なところに行こうか」
「もういい、そういう気分じゃなくなった、あの家に戻りたい」
「えー」
あ、だけど〇〇と比べて特になにもない的なことを言ったのは自分か。
仕方がない、それなら戻るとしよう。
「ばか、ばか藤長」
「たか、真っすぐに馬鹿って言われて悲しいんだけど」
無駄に敵視して勝手に拗ねるのは勘弁してほしかった。
「やっぱり俺的にもこっちの方がいいわ」
「そうなの? ま、これからよろしく」
「安心しろ、みかんを連れてきてやるからな」
行きたがっているならともかく自分達が一緒にいたいからという理由でならやめてあげてほしかった。
そりゃもちろん一緒にいられた方がいいけど、しもんだって寂しいだろうからね。
「うぅ……むかつくっ」
「お、落ち着いて、暴力はやめよう」
「そんなのしないよっ」
あ、荒れているなぁ。
向こうでお昼ご飯を食べるつもりだったのに食べないで帰ることになったから作ることにした。
でも、それも気にいらなかったのかこちらを強制的に座らせると足に頭を預けてくる山本君、せめてもう少しぐらいは優しくしてほしい。
「少年はなにを気にしているんだ?」
「はあっ!?」
「落ち着け、ここには俺達しかいないだろ」
大人だ、やっぱり自分以外の存在がいてくれるというのは大きい。
「……藤長が自由に言われるところを見たくなかった」
「ま、急に来たくせになんだよとは言いたくなったが、少年の態度があの嬢ちゃんを意固地にさせてしまったんじゃないのか? 本当は今日、過去にしたことを謝るためにあの家に来たのかもしれないだろ?」
「そんなの関係ない、後から謝って終わらせようとするのは卑怯者のすることだよ。どれだけ謝ったってやられた側は忘れられないよ」
そういう経験があるのかもしれない。
ただ、もしそうなのだとしても彼が頑張らなければならないのは自分のことについてで僕のことではないだろう。
「ま、気にしていないからこれで終わりにしよう。ご飯を食べようよ、お腹が空いているから不安定になるんだ」
「藤長のそういうところは嫌い」
「まあまあ、いまから作るからね」
たかを預けて調理を始める。
後ろでぶつぶつと不満を吐かれていて気にならなかったと言えば嘘になるものの、こちらも不安定になったりはせずにご飯作りを終えられた。
「美味いな」
「あげておいて言うのもなんだけど食べて大丈夫なの?」
「ああ」
「なら、美味しいならよかったよ」
不安定のときは温かい物、ということでオムライスとスープを作った。
基本的にお味噌汁しか作らないから僕的にも新鮮でいい、集中して食べてくれているということは彼的にも悪くないはずだ。
「適当に決めたわけじゃないんだぜ、けんだからよかったんだ」
「それは出会ったときのことだよね、でも、不思議な能力を持っていても本当のところは分からなかったでしょ」
「何度も言っているように俺は格が違うからな、分かるもんなんだよ」
「じゃあこの際に言っておくけどさ、たかと出会えてよかったよ」
本当に思っていることだし、恥ずかしいとか考えて黙ったままでいることの方がよっぽどという話だった。
うーんあれか、これを家族的存在達以外にもできていたらまた違ったんだろうな。
「相思相愛だな」
「本当にそうなるのかは分からないけどみかんが来たら終わりの愛だね」
「そんなことはねえ」
「はは、それよりご飯粒がついているよ、じっとしてて」
スプーンを置いた音が聞こえて意識を向けてみると彼がこちらを見てきた。
「美味しか――」
「ここに住みたい」
なんで急にそういうことになるのか。
あと、いまの彼のままだと毎時間、馬鹿馬鹿馬鹿と言われてしまいそうで避けたいところだった。
「ちゃんと許可を貰ってから連れてきたぞ、みかんとしもんだ」
「え、もう……」
「いやいや、『一緒に連れて行ってあげて』って言ってくれたんだよ」
だけどこれなら僕が学校に行っている間にゆっくり休むことができるか、しもん、みかん、僕、みんなが嬉しくなれる流れではある。
ただ、申し訳ない気持ちはあったからちゃんと電話で謝罪をしておいた。
「それで少年はどうするんだ?」
「うーん……」
「ん? 『けんの側にこの子がいてくれた方がいい』か」
「そりゃ僕としてもそうだけど説得するのは難しいよ、だから放課後に遊ぶぐらいでいいんじゃないかな」
答えないままでいたら拗ねて寝てしまっていた。
お姉さんが結婚をして出て行っていなければ相談を持ち掛けやすかったものの、そうじゃないから益々難しくなる。
「あ、電話だ、山本君起きて」
「……お姉ちゃんからだから藤長が出て」
「いいけど、ちゃんと起きておいてよ」
応答ボタンを押してから耳に当てると「こう、あんたどこにいるの?」と。
そりゃそうだよねと内で頷きつつ僕の家にいることを説明すると、
「こうが迷惑をかけてごめん、いまから行くね」
「はい、分かりました」
多分、連れ帰ってくれることになった。
でも、聞こえていたのかすぐに察したのかうつ伏せになって「帰らない」と彼言ってきてはぁとため息をつく。
別に二度とこの家に上がらせないなどとぶつけられたわけじゃないのだから分かってほしいところだけど……。
「ごめん藤長君、家の場所が分からないから近くまで来てくれない?」
「分かりました、家で待っていてください」
「ありがとう、よろしくね」
動く気がないみたいだったから暇そうにしていたたかを連れて行くことにした。
今日は犬になってもらって夜道を歩いて行く。
「あ、こんばんは、来てくれてありがとう」
「いえ、行きま――な、なんですか?」
外で待ってくれていて助かった、が、腕を掴まれて結局心臓が暴れ始めた。
ちなみに腕を掴んできた理由は「こんなことは初めてなんだ、だから本当に藤長君が運命の相手かもしれないんだよ」とぶつけたかったからみたいだけどちょっとね、腕的にも危ないから声をかけて止めてほしかった。
「あの、お兄さんは……」
「こうが高校生になる前に病気でね、だからもういないんだよ」
「そうだったんですね」
お姉さんに対する気持ちがどれぐらいなのかも分からないけどお姉さんは出て行っていて、大好きなお兄さんはもうこの世にいない、きょうだいがいてくれてもこれじゃあああ言いたくなる気持ちも――いや、経験したことがないからあれだけどさ。
「藤長君のところに動物が連れて行ってくれたって言っていたよね、それってもしかしてこの子かな?」
「はい」
僕はただ友達のお姉さんと二人きりになったときに落ち着かなくなるから連れてきただけだけど……連れてきておいてよかった。
「お母さんから『遅くまで帰ってこない』という連絡が何度もきていてね。だけどこっちも結構余裕がなくてさ、やっと最近になってこうして来られたんだけど驚いたよ、だってすぐに帰ってこないはずのあの子が君を家に上げていたんだからさ」
「出会ってからは僕の家に遅くまでいたので半分以上は僕のせいになりますね」
「それはともかくとして、あの子があいつ以外に懐いているのもね」
あ、あいつ……いやいや、裏を考えようとしてはいけない。
仲がいいからこそだ、僕にはいなかったから引っかかってしまうだけだろう。
「いま開けますね」
「うん」
ああ、依然としてうつ伏せのままでいるからしもんの椅子になってしまっている、みかんもまた彼の近くですやすやと寝ているようだった。
「こらこうっ」
「……うるさい」
「うるさいとはなんだっ、このままここにいたら迷惑をかけることになるでしょっ」
お姉さんと彼は似ていないような似ているような……という感じだ。
それとは関係ないけど自由とはいえいつか出て行ってしまう、家に帰ってこなくなってしまうかもしれないなら一人っ子の方がいいと思った。
仮に逆の考え方をしていても両親はもう子作りをするつもりはないだろうから変わったりはしないだろうけども。
「家はつまらない」
「はぁ、じゃあもしもの話だけど私が戻ったらどうなるの?」
「離婚したわけじゃないならそんなことはできない、お姉ちゃんはそもそもそんなことにはしない」
「よ、よく分かっているじゃん」
「だからここに長くいたくなる、藤長だけじゃなくてた――みかんやしもんがいるから癒される」
そのたかは未だに犬の見た目のまま黙っているけどなにを考えているんだろう。
とりあえずまだまだ時間がかかりそうだからたかの頭でも撫でて時間をつぶしていようか、お世話になっているからこの件が終わった後になにか買おうと思う。
結局、まだ一度もそういうことができていなかったから丁度よかった。
「でも、藤長君の家に住むというのも無理だからね?」
「……お姉ちゃんは昔から意地が悪い」
「事実を言っているだけでしょうが。よし、話も終わったところで帰るよ」
「あー助けて藤長ー」
「ごめん、流石にそれはね」
とはいえ、決めていた通り一緒に外に出た。
途中で二人と別れてスーパーに寄る、リュックに入ってもらっているから周りの人も気にならないだろう。
「ならマグロが食べたい」
「お、たまにはいいね、自分用にも買って行こうかな」
「いや、分けてやるよ」
「いやいや、たまにはね」
お会計を済ませて外へ。
久しぶりにお刺身を食べられるということでテンションが上がっている自分がいた。
もちろん、しもんとみかんにも美味しいご飯を買うことは忘れなかった。
「あ、山本君おは――あれ?」
振り返ってくれたのはいいものの、さっと電信柱の後ろに隠れてしまった。
でも、ちゃんと登校してきてくれているということが嬉しいからショックを受けた、なんてことはない。
「お姉ちゃんも藤長も意地悪だから」
「だけどこのままでいいですよなんて言える雰囲気じゃなかったからね」
罵倒をされて喜ぶような人間じゃないからあれが僕的にベストだった。
「たかもみかんもしもんも独り占め、藤長はおかしい」
「遊びに来てはいけないとは言っていないでしょ」
「じゃあ今日も行くからね? あと、帰りは送ってもらうから」
「えぇ、山本君は男の子なんだから一人で帰ることができるでしょ」
「嫌だ、言うことを聞いてくれないならお姉ちゃんに言うから」
なにを? え、別に吐かれたところで影響のあることなんてないけど……。
休み時間や授業中なんかを使って考えていた、が、答えは出なかった。
実際に僕がしたことのない嘘をつこうとしているのなら彼が責められるだけだし、より安心して離れられなくなるのだからやめた方がいい。
「来たよ、藤長はもう逃げられない」
「落ち着きなよ、腕なんか掴まなくても逃げたりはしないよ」
「これは藤長の真似だよ」
逃げるつもりはなかったのと逃げられなかったのでスーパーに連れて行った。
彼が来ることで食材を多く消費することになるわけだから仕方がない、でも、食べてもらえると嬉しいから不満もない。
何故か荷物を持ってくれようとしたから任せておいた、こういうときに素直に甘えるのが可愛げのある人間なのではないだろうか?
「ただいま」
「お邪魔します」
「少年はまた来たのか……」
「そんなの当たり前だよ」
課題はあるけどそれも会話も後回しにして調理を始める……って、彼がいるときはこうしてばかりだな。
一層のことご飯を作ることが好きになってしまえば彼に振舞えるから悪くない。
「けん、少年に分からせてくるから待っていてくれ」
「藤長、今日こそどっちが上かを分からせてくるね」
「ないと思うけど怪我をしないようにね」
ご飯を作り終えて眠そうだったしもんをお腹の上に乗っけて待っていたときのことだった、
「け……ん」
たかにやられたときみたいになったのは。
でも、今日は寝ぼけているだけとかそういうこともないし、部屋をじろじろと見てみても本物のみかんが! なんてことにもならなかったからこれは現実だ。
「……たか君にやり方を教えてもらった、一日に一回しかできないけどこれでけん君とお話しすることができる」
「結局、みかんとたかはどれぐらいの仲なの?」
イケメンに幼馴染や好きな子を取られた後のやり取りにしか見えないよ?
たかという名前も悪い、それと前にも言ったようにどこからきたのだろうか。
「友達……的な感じかな」
「みんな最初はそう言うんだよね」
「だけど私は――にゃっ? にゃ!」
「ああ、うん、これぐらいでいいよね」
やはり相手が誰だろうと知らないままの方がいいということもあるのだ。
あのまま喋り続けることができていたら「だけど私はたかくんのことが……」となっていた、そうしたらこの家から逃げたくなっていただろうからこれでいいのだ。
「にゃー」
「みかんのことをよろしくね、しもん」
さて、今日は送らなければならないから探しに行こうか、そうしたところで帰ってきてくれてよかった。
たかの方がやたらと汚れていて少し気になったものの、初対面のときも似たようなものだったからいちいち口にしたりはしなかった。
時間もそう経過していなかったから温めなおす必要がなかったのも楽でよかった、今日も「美味しい」と言ってもらえて上機嫌の僕だ。
そういえばいつの間にか騙している気分になるからとか洗脳しているような気分になるとか考えなくなったなと内で呟く。
急に消えたりもせずに来てくれているわけだし、いまではこちらの方から求めてしまっているから昔とは違う。
「けん」
「たか、今日は一緒にお風呂に入ろうか」
不思議な能力を持っているのに奇麗にできないのは不便だな、と。
だけど家族として動物を迎えているのなら一緒にお風呂に入るのが普通だと思うから悪くはない、お風呂のときなら本当のところを吐いてくれるだろうと期待している自分もいる。
「寝ぼけているの? 僕だよ、山本こう」
「あれ……? いま名前で呼んできていなかった?」
相変わらず不思議なところもある男の子だ、彼と比べたら僕は分かりやすい人間だということになる。
でも、分かりやすければいいというわけじゃないことは僕のこれまでで分かり切っているわけで、普通にやれる人間とやれない人間の違いはどこにあるのだろうかと考えてしまう。
「そろそろいいかなって、あと、誘ってくれたから一緒にお風呂に入る」
「まあ待とう、たかと入ってあげてくれないかな?」
「こうなった原因は僕にもあるからそうする」
ほ、助かった。
身長や顔に似合わない筋肉質の体をまたじっと見るようなことがあったら嫌だから避けたかったのだ。
僕は同性が好きというわけじゃない、両想いなら一緒にお風呂に入ろうと問題はないどころかそこから盛り上がるだろうけどそうじゃないから違う選択をするのだ。
「にゃ」
「え、みかんはまだ早いでしょ?」
「にゃ……」
「ま、まあ、毎日というわけじゃないから大丈夫か、一緒に入ろう」
しもんは興味がないのか、それとも、先輩猫として見ておくだけにしようと考えているのか、それなりに近いところで毛繕いをしているだけだった。
名前を呼ぶとゆっくりした動作で近づいてきてくれるから嫌われているわけじゃないことは分かる――と言うのも願望かもしれないけど事実、嫌われていたらこうして来てはくれないだろうから安心してもいいと思う。
「ただいま、見て、たかも奇麗になった」
「うん、よく拭けていていいね、だけど服を着てね」
「けんのやつを借りる」
「うん、それでいいから早く着てね」
はぁ、心臓に悪い。
ただ、鍛えたそれを見せたいという考えがあるのかもしれなくてそういうところは可愛いのかもしれなかった。




