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祭りのあと

 お誕生会の帰り道、始めのうちは三人とも静かだった。持ち物は行きと同じなんだけど、ただお姉ちゃんは自分でちゃんと三味線のケースを担いでいた。あのこの家を出るとき、お姉ちゃんはごくさり気なくこのケースを手にしたし、お兄ちゃんも当たり前のように尺八と楽譜の入ったトートバッグだけを肩にかけた。僕は行き帰り同じ荷物を背負っている。そうして三人とも黙々と歩いていた。

 暫くはそうしていたけれど、お喋りのお兄ちゃんがそういつまでも黙っていられるわけがない。お姉ちゃんに「今日はありがとうな、助かったわ」と話しかけた。「ううん、こちらこそ」お姉ちゃんは少しうつむき加減に歩きながらこたえた。ぶっきらぼうという風ではない。「まあ、お前がこんなに一生懸命やってくれるとは、ちょっと意外だったでな。慣れとらん太棹の扱い辛さも五線譜の楽譜も意に介さんで、ほんとにようやってくれた。ちびも喜んどるわ、のん、ちびよ」僕は、そうだ、お姉ちゃんのおかげで十分すぎるほどの及第点をとることが出来た、感謝している、とお姉ちゃんの顔をにこにこしながら見て言った。「あたしの方こそ」お姉ちゃんは少し顔を赤らめてそう言った。やっぱり面倒くさそうにという風では決してなかった。「ほうだわ、あの娘のちびに対する評価は満点だったに違いないて。演奏が終わった途端お前、ものの見事に抱擁されとったがね、あんな反則まがいのエロいシーン見せつけよって、ええ加減にしとかなかん、うらやましい限りだわ、このドン・ファンが」お兄ちゃんは僕の頭をぐりぐりなでながらちょっかいをかけてくる。間違いない、お兄ちゃんはあの時の僕のちんこのことを知っているに違いない。でもこれはお姉ちゃんのことを思って言っているということはよく分かる。それに直接的に言っているわけでもない、十分許容範囲だ。だから僕も、常日頃から言っているように、自分は家の外では可愛い坊ちゃんで通っている、それに背だって学校では小さい方ではない、逆に大きい方だ、きっと世間ではお兄ちゃんよりも断然もてていると思う、と言ってやった。お兄ちゃんはこれを聞くと、大きな笑い声を立ててますます僕の頭をぐりぐりとやった。「おい聞いたか、ちびも立派な男になったぞ。いやいや、もう“ちび”なんて言っとったらかんわ。しかしなあ、そうなったのにはお前も立派に一役買っとるんだでな、おいちびよ、姉ちゃんに感謝しなかんぞ」言っとったらかん?言ってるじゃないか。でも、まだちびでいいや。僕は開き直ってお兄ちゃんに合わせ、おかげで男になれました、どうもありがとねと、まだうつむき加減のお姉ちゃんの顔を見ながら笑顔で言った。お姉ちゃんはいつの間にかくすくす笑っていた。まだ僕はお姉ちゃんを見上げる形にはなっていたんだけど、この時のお姉ちゃんはとても可愛く見えた。ひょっとすると僕は本当に男とやらになれたのかも知れない―――でもまあ、男になるなんてことは録でもないことなんだろうけどね。


      *    *    *    *    *    *    *    *


 「あんたら、お姉ちゃんにえらい親切にしてくれたげなねえ」たまたま家に二人だけのとき、お母ちゃんが話しかけてきた。「例のお誕生日会の演奏でお兄ちゃんとあんたが無茶苦茶助けてくれたって、あの子号泣しとったに」我が家ではお母ちゃんとお姉ちゃんが案外仲がいい。少なくともお姉ちゃんは僕ら男連中よりもお母ちゃんと仲良くやっている。普段のお喋り、買い物、外食はもとより共通の趣味で寄席、歌舞伎鑑賞と様々だ。当然相談事とかもお母ちゃんに持ち掛けたりするだろう。だからこの間のこともお母ちゃんには話していたに違いない。

 「ほんでも驚いたわ。今月の中旬、これから夜三人で合奏の練習するとか言い出して、いきなりじゃかじゃかやり始めるんだで。あんたのピアノとかお兄ちゃんの尺八はいいに、あたしらも知っとったもんだぃ。けどがあの子が三味線なんぞ持ち込んで、その上えらい達者に弾くじゃんか。何事だん、となるわさ。あの子も上機嫌で、ちびちゃんのためにあたしは恋のキューピットになるとか言っとって、キューピットなんて男の子じゃんねえ、それはいいけどがまあ調子こいとったわ。ほんでも三人ともえらい上手だったで、お父さんと魂消とった。特にあの子の三味線が―――後で聞いたらお兄ちゃんのクラブに入れてもらって練習しとったげなね。それも同じ学校に好きな子がおって、その子が邦楽をやっとるらしいからって言うじゃん。ようやるわ」お母ちゃんは楽しそうに話してくれる。

 「ほいであの子はともかく、あんたまで惚れた腫れたで今度の音楽のプレゼントってなんだん?いつの間にやらあんたも大きくなったってことかん?はいはい、お世話様。ほだけどその本番の日、あの子の、その好きな子がおったげなね。あの子、えらいびっくりしてもう頭の中が真っ白になっちゃったらしいわ。可哀想に。あんたはその男の子、知っとったんだらぁ。この夏に偶然会ったらしいじゃん。お兄ちゃんは知らんかったはずだけどが、直ぐ察知してくれたげな。理由をつけてあの子を部屋から連れ出して、あの子を落ち着かせようとしてくれたって、あの子言っとった。そのやり方が、あのフランケンらしいわ。あの子の顔を両手で挟んで正面から自分の顔を近づけてね、お前には俺たちが付いている、ちびも察しているはずだから二人してお前を全力でサポートする、全然心配はいらない、練習通りにやれ、それから次の会食のとき、腹いっぱい食べろ、お前は寝坊して朝ご飯は食べてないだろう、腹が減っていたら妙なことばかり考えるようになる、だからたっぷり食べろ、ケーキもついでにな―――こんなようなこと言いながら、ほっぺたをぐりぐりしたんだげな。荒っぽいけどが、あの子うれしくて涙が止まらんかったって言っとったよ。ほいでそのあとは兄ちゃんが言った通りにして、本番になった。ほしたら、あんたの演奏も自分をサポートしてくれてるのがよう分かったんだげな。まあこの辺のこと話しとるときに、あの子、泣けて泣けてねえ、ほんとに大号泣だったんだに―――ほうやって考えると、あんたもやっぱり大きくなってきとるんだわねえ」お母ちゃんは少ししんみりした口調になった。

 「ところであんたの方はどうなんだん?あの子は始めあんたの恋のキュ―ピットになるとか言っとったけどが、いつの間にやら逆にあんたがキューピット役になっちゃっとるみたいじゃん。大体、事の起こりはそもそもあんたなんだでねえ。あんたの恋路はどうなっただん、あの子はあんたのために矢を射ってくれたんだかん?あの子の話を聞いてもよく分からんのだわ、ちびちゃんは初めから好かれてたに違いないから、とか言っとるし」これにこたえるのはなかなか難しい。そこで僕はやっぱり開き直ることにした。そんなことなら心配いらない、お姉ちゃんの言う通り、僕は前から惚れられていたんだ、あのお誕生日会は単なる指きりげんまんだったんだ、って。お母ちゃんはこれを聞くと、ちょっとうるんだ目で微笑んでいきなり僕を抱きしめた。あのこに抱きしめられた時は本当に嬉しかったけど、今回のこれも、決して悪くはない。

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