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あなたの番になりたかった  作者: 片山絢森
1.竜の城で
6/32

6.回復


    ***



 それから数日、アイナは与えられた部屋の中で、心と体を十分に休めた。

 昼間には庭に出て、花を眺める事も許してもらった。


 庭には大きな池があり、たくさんの魚が泳いでいた。水は驚くほど透き通り、手を入れるとひんやりと冷たかった。そこから小川が生まれ、庭園のあちこちをめぐっている。ずいぶん精巧な造りだと思ったら、驚く事に、天然の泉だという話だった。道理で、水が豊富なわけだ。


 この庭園の花々も、泉の水によって潤っているらしい。


 ここは正式な庭園と思いきや、限られた者しか入れない奥庭だそうだ。なぜそんな場所に自分がと思ったが、あまり人目に触れない方がいいのは確かだ。もしかすると、隠されているのかもしれない。


(それはやっぱり……私が厄介な存在だから……?)


 池の水面を見ながら、アイナはそっと息をついた。


 狼の国から連れられてきて、今日で十日目。

 体はすっかり回復して、あの城でつけられた傷もほとんど消えた。痕に残るものもあったはずだが、なぜか綺麗に治っていた。これも竜人の力だろうか。


 肌や爪も磨かれて、どこもかしこもつやつやしている。

 髪だけは短く切られたままだが、毛先を整えてもらい、いい香りのする油を塗られた後は、艶を帯びて輝いた。

 ファナがやさしく()いてくれ、「なんて綺麗な髪なんでしょう」と褒めてくれた。

 狼の国では、汚泥のようだと蔑まれていたものだ。


 ギルフェルドも日に一度は部屋を訪れ、不足はないかと聞いてくれる。ファナ曰く、これはとんでもなく珍しい事なのだそうだ。


「アイナ様。アイナ様はもしかして……第一王子殿下の番なのでは?」

「まさか」

 意を決して聞いた様子のファナに、アイナは破顔した。


「違います。私は番じゃないですよ」

「ですが、こんなことは初めてなのです。あの誰にも興味を示さなかった第一王子殿下が、アイナ様にだけは特別で……。我々使用人一同、これはもしやと思っているのですが」

「いいえ、違います」


 アイナは自信をもって否定した。……そこに自信を持っていいのかという疑問はあったが。


「私は番じゃないんです。それだけは断言できます」

「ですが、アイナ様」

「ギルさまは私を助けてくださっただけです。その過程で、番じゃないことは分かっています。ギルさまから直接お聞きしました」


 証拠もありますと告げると、ファナは見るからに悄然とした。


「そうですよね……。いえ、あの、分かってはいるんです。もし本物の番なら、片時も離れないはずだと。分かってはいるんですが……どうしても、夢を見てしまって」

「ギルさまの番は、まだ見つからないんですか?」


 頷くファナは、しょんぼりと肩を落としていた。

 ギルフェルドは竜王の血を汲む王家の中でも、ひときわ強い力を持っているという。


 竜王の一族は代々竜気と呼ばれる竜の力を宿すのだが、ギルフェルドの竜気はすさまじく、初代の王に迫る勢いだそうだ。もしも番を得られた場合、その力はさらに増すという。王としての素質には申し分なく、将来を嘱望されているらしい。


「本当ならもうとっくに、番が現れていてもおかしくないんです。実際、第七王子殿下にも番が見つかりましたし。別の国にいた番を見つけ出されて、そのまま連れ帰られたんですよ」

「あ、前に聞きました」


 ジェイドの番は人間で、毎日幸せに暮らしていると。


 あの話しぶりでは、相当愛されているようだ。幸せなのも当然だろう。顔も知らない彼の番に、幸せでよかったと心から思う。自分のような目に遭う人など、この世のどこにもいてほしくない。


 だが、ギルフェルドの番は現れなかった。


 番が現れない時、三つの可能性が考えられる。


 ひとつめは、まだ番と出会っていない場合。

 ふたつめは、出会っていても分からない場合。

 みっつめは、番が存在していない場合。


 どれも獣人にとっては可能性のある話だ。

 他種族には誤解されがちだが、「番」は獣人全員が手に入れられるものではない。番と出会えない場合もあるし、いても結ばれない事もある。番に拒絶される事も、そもそもいない事もある。物語のように、誰もが運命的に相手と出会い、祝福されて結ばれるわけではないのだ。


 特に竜人の場合は力が強く、大抵の獣人はそれにひれ伏す。そのため、あまりにも力の強い竜人には釣り合う相手が存在せず、番がいないのではないかとも囁かれていた。


「……いい人なのに」

 ぽつりと呟いたアイナに、ファナもうんうんと頷いた。


「本当に素晴らしいお方なのですよ、第一王子殿下は。番が見つからないこと以外、すべてに恵まれたお方です」

「番が見つからないと、どうなるんですか?」


 アイナにとって、番とは呪いのようなものだった。

 理由も分からず求められ、理由も分からず拒まれた。自分ではどうにもできない部分で喜ばれ、愛されて、疎まれて、憎まれて、踏みつけにされた。


 愛されるのと憎まれるのと、違いはどこにあったのだろう。

 それが「番」というものならば、どうしてそんなものがあるのだろう?


 アイナにとって、番は決して喜ばしいものではない。

 けれど、それをあの人が望むなら、見つかってほしいと思った。


 きっとあの人は自分の番を間違えたとしても、ガルゼルのようにはしないだろう。

 狼の城にいた哀れな少女を――ガルゼルの番だった自分を助けてくれた彼ならば、番を大切にするだろう。たとえそれが偽物でも、相手を虐げたりしないだろう。


(どうか、神様)


 ――あのやさしい人に番が見つかって、ずっと幸せに暮らせますように。


 できるならそれは本物の番で、みんなが幸せになりますように。


 番という制度によって苦しめられた自分が願うのはおかしいかもしれない。

 それでも彼の番なら、きっと幸福になれると思った。


 だから、どうか。


 真剣な顔で祈っていたアイナは、ファナの言葉に我に返った。


「番が見つからない場合、獣人は自分で番を選びます」

「自分で……番を、選ぶ?」

「もちろん、全員ではありませんが。色々と制約はありますが、おおむねそれでまとまります」


 そう言うと、ファナはちょっと苦笑した。


「とはいえ、本物の番が見つかるに越したことはありません。ですからこれは次善の策です。ですが、そういった獣人は意外と多いのですよ、アイナ様」


(知らなかった……)


 番というのは決まっていて、絶対に替えられないものだと思っていた。

 運命のようなもので、最初から定められた未来なのだと。

 選ばれるならともかく、選ぶ。自分で?

 そんな事が許されるのか。いや、そもそもあり得るのか。


「信じられない……」

 思わず呟いたアイナに、ファナはさもありなんと頷いた。


「確かにそれは事実です。私たち獣人は――竜人でさえ、番に対する執着が強い。衝動、もしくは本能で追い求めるといった方が正しいのかもしれません。それは王族でも同じです」


 だからこそ、アイナに対して一定の距離を置いているギルフェルドが番であるとは考えられない。

 もしも彼が番なら、アイナを腕の中に閉じ込めて離さないだろう。

 朝昼晩とそばにいて、寝言でも愛を囁くだろう。それは決して大げさではない。


 彼はアイナの番でなく、アイナも彼の番ではない。

 それでも、彼が気にかけた存在はアイナが初めてなのだ。だから少し期待してしまった。

 そう語ったファナに、アイナは苦笑してしまった。


「私は番じゃありません。前にも言った通り、それははっきりしているんです。でも……ギルさまに番が現れるといいなと思います」

「アイナ様……」

「早く見つかるといいですね、ギルさまの番の方」


 にこっと笑ったアイナに、ファナは何やら感動していた。


「いい子……いい子だわ……」

「ファナさん?」

「なんていい子なの……。これはもう、絶対にあのクソどもに近づけるわけにはいかないわ……」


 小声でぶつぶつ呟く姿は、何かの決意を宿している。


「ク……なんですか?」

「ああすみません、ついうっかり。お気になさらず、アイナ様」


 うふふと笑ってごまかす顔に、アイナは「?」となりつつも頷いた。

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