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あなたの番になりたかった  作者: 片山絢森
1.竜の城で
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2.ザクロとパルの実


「で、でも」

「しないでいい。二度とだ」


 させる気もない、と断言される。

 心なしか、眉間にしわが寄っている。無表情なので気づきにくいが、どうやら彼の機嫌を損ねてしまったようだ。狼の城から連れ出される時にも感じたピリピリとした気配が、また彼から漏れている。


 ――でも、どうして?


「聞こえたか。する必要はないし、させた者は私が直々に対処する。お前は休め。命令だ」

「は、……はい」


「対処する」の内容が気になったが、口を挟んではいけない空気があった。


 アイナが頷いたのを見て、彼が小さく顎を引く。ピリピリする感じは大分おさまっていたが、それでも多少は肌をうずかせた。

 もっとも、少しも怖くはなかったけれど。


「しばらく休め。部屋の外に人を置く。何かあったら呼ぶといい」

 そう言うと、今度こそ部屋を出ていってしまう。部屋に取り残されて、アイナはぽかんとした。


(どうしたんだろう……)


 何か変な事を言ってしまっただろうか。


 鞭で叩かれると痛いのは本当だし、犬に襲われるのも怖かった。蛇にいたっては、気絶してしまったせいで覚えていないが、思い出すのもぞっとする。


 水責めもなかなか辛かったし、他にも色々苦手はある。

 しないでいいと言われてほっとしたのは事実だが、怒らせてしまうとは思わなかった。

 どうしようと悩んでいると、「失礼いたします」という声がした。


「果物をお持ちしました」


 現れたのは長い青髪をひとつに束ねた女性だった。彼女も竜人らしく、涼やかな衣装に身を包んでいる。

 高い位置で結った髪を揺らし、女性は人なつっこく微笑んだ。


「お好みが分からなかったので、一通り持って参りました。どうぞ、お好きなものを召し上がってくださいね」

「あ、ありがとうございます……」


 彼女が持っていたのは、一抱えほどもある大皿だった。

 ずっしりとしたガラスの器に、所狭しと果物が盛りつけられている。


 瑞々しい果実はつやつやして、果汁をたっぷり含んでいる。

 ザクロやブドウ、スモモに加え、イチジク、杏、リンゴ、梨、それから色鮮やかな柑橘類。名前を知らない果物もかなりある。


 硬い皮に包まれた白い果実に、南国のものと思われる黄色い果実。数種類のベリーに加え、見た事さえない不思議な果実。その他にも山ほどあった。

 あまりの豪華さに、アイナはくらくらしてしまった。


「どれでもお好きなものをお選びください。召し上がってみて、合わないなと思ったら、残されても構わないんですよ」

「いえ、それは……もったいないので」


 ザクロを手に取ると、ひんやりとした感触が心地よかった。

 先に皮を剥いてくれていたらしく、「こちらを」と差し出される。アイナは礼を言って受け取った。


「……いただきます」


 赤い粒を口に含むと、シャリッとした食感がはじけた。それと同時に、爽やかな甘酸っぱさが広がった。


 これは獣人の国に行ってから、ガルゼルに教えられた果物だった。

 初めて食べた時、あまりのおいしさに感動したものだ。

 目を丸くするアイナに、ガルゼルは愛おしげな笑みを見せ、「では毎日食べさせよう」と約束してくれた。

 あれはもう、ずいぶん昔の事に感じられる。


「どうなさいましたか? あ……失礼しました。私はファナと申します」

「アイナです」

「まあ、少し名前が似てますね」


 ふふっと笑った顔がやさしくて、アイナの口元にも笑みがこぼれた。


「では、アイナ様。ザクロはお口に合いませんでしたか」

「い、いえ、違います」

「遠慮なさらずとも、残してくださって構わないんですよ。どれもお気に召さなければ、別のものをご用意いたします」

「いえ、そうじゃなくて……。大好きなんです。でも、その、ちょっと昔のことを思い出して」


 食べたくないわけではないのだと首を振ると、ファナは思案気な表情になった。


「……そうですか。では、私がお取りしてもいいですか?」

「お願いします」

 ほっとして頼んだアイナに、ファナも笑顔で頷いた。


「お任せください。これでも、果物にはなかなかうるさいんですよ」


 そう言うと、手早くいくつかの果物を選び、彩りよく盛りつける。「どうぞ」と差し出された小皿には、ザクロの他に、見た事のない果物が載っていた。


 真っ赤な実、オレンジ色の丸い果実、透き通った緑の果肉。

 その中でもひときわ鮮やかな薄黄色の果実に、アイナは目を惹かれた。


「よかったら、ザクロと一緒にお召し上がりください。種がありますので、こちらに出してくださいね」

 どうぞ、と小壺も渡される。


「いただきます……」

 言われた通り、ザクロと果物を同時に含む。と、アイナは大きく目を見張った。


「……おいしい……!」

「そうでしょうとも。私のおすすめの食べ方です」

 ファナが得意そうに胸を張る。


「ファナ……さん。この果物ってなんですか?」

「どうぞ、ファナとお呼びください。それはパルと呼ばれる、竜の国で採れる果実です。単体で食べてもおいしいですが、ザクロの味わいと最強に合うので、別名『ザクロ殺し』と呼ばれています」

「ぶ、物騒ですね」

「それがあれば、ザクロを根絶やしにしかねないという意味で使われています。それほどおいしい果実なのですよ、アイナ様……!」


 ファナがぐっと拳を握る。どうやら果物に詳しいのは本当らしい。

 アイナが気に入った事が嬉しかったのか、水色の目が喜びに輝いている。

 残りの果物もすべておいしく、食べた事のない味だった。


「あ、あの、私もアイナ様じゃなくて、呼び捨てにしてほしいです」


 アイナは昨日まで奴隷扱いを受けていた身だし、獣人のような特殊能力もない。本当に、ただの人間だ。

 彼女は竜人であり、お城に仕える身分がある。どう見ても、彼女の方が立場は上だろう。

 だが、ファナはとんでもないと首を振った。


「アイナ様は第一王子殿下のお客様ですもの。(ひん)客扱いでいいんです」

「ひ、賓客?」

「竜の城に住まう者一同、同じ気持ちですよ」


 いたずらっぽく微笑まれ、アイナはあわあわとうろたえた。


 賓客なんてとんでもない。自分は彼に救い出されただけで、相手はアイナの恩人だ。使用人として働くならともかく、客分扱いは話が違う。

 懸命にそう訴えたが、ファナは聞く耳を持たず、うふふと笑って流してしまう。駄目だ、話が通じない。


 こうなったら、第一王子に直接説明してもらった方がいいだろうか。

 でも、これ以上あの人の手を煩わせるのは避けたい。

 きっと忙しいだろうし、余計な手間をかけたくない。


 でもこのままだと、本当にお客様扱いになってしまう。

 どうしようと困り果てた時だった。


「――ねえ、あの子が目を覚ましたって聞いたんだけど、本当かい?」

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