19.望まぬ再会
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連れて行かれた部屋は、埃っぽくて薄暗かった。
広さだけはあるけれど、どことなく息苦しい。床には厚手の絨毯が敷かれており、アイナはその上に投げ出された。
「痛っ……」
打ちつけた肩が痛んだが、レフリレイアは鼻を鳴らしただけだった。
「下等な生き物は、近くで見てもやっぱり下等ね。叫ぶ声まで品がないわ」
「私を、どうする気ですか……?」
「髪も目も黒くて、獣のようだわ。本当にみすぼらしい小娘だこと。こんな小娘がギルフェルド様になど……そんなおぞましい話、あっていいことではないわ」
レフリレイアは自分の艶やかな髪に触れ、満足そうに撫でた。そのまま、きっとアイナをにらみつける。
「お前のせいで、わたくしがあの方のご不興を買ったのよ。それどころか、お前に手出しをするななんて……。お前のどこにそれだけの価値があるというの?」
「私は、何も……」
「お黙り!」
その瞬間、レフリレイアから怒気が放たれた。
刺し貫かれるような衝撃に、アイナは思わず息を呑んだ。
体が震える。息ができない。今すぐ目の前の相手に這いつくばりたくなるような恐怖と重圧。すさまじい冷気を浴びて、アイナは喉を喘がせた。
「竜気を味わうのは初めてかしら? 心配しなくとも、たっぷり味わわせてあげる。屈辱と絶望にまみれた中で、十分に思い知るといいわ」
「私に、何を……」
「お前、狼の番がいるのでしょう?」
いきなり指摘され、アイナは驚いた。
「狼の国で暮らしていたけれど、番に疎まれて奴隷になった。そこから逃げ出して、この城へ来たのね。違うかしら?」
「どうして、それ……」
「それくらい、調べれば分かるわ。呆れたこと。番から逃げ出して、自由に生きようだなんて。これだから人間は駄目なのよ。番というものを分かっていない」
あの忌々しい銀髪の娘もそうね、とレフリレイアは唇を歪めた。
「獣人とは違い、人間には番が分からない。それならば番に従い、番のために生きるのが当然ではなくて? それをただ一度の勘違いで疑われ、奴隷に落とされたからといって、番を捨てて逃げ出すなど、本来は許されないことなのよ」
「そんな……」
「まして、お前たちは人間でしょう。新たに竜人の番に選ばれるなどありえないわ」
汚らわしい、と吐き捨てる。
「一度番を得たなら、死ぬまで尽くすのが当然でしょう。そこに人間ごときの意思は関係ないわ。お前も、あの銀髪の娘も」
「そんな……だって」
「妙な先例ができたから、誰もかれもが期待するのよ。お前がギルフェルド様の番だなど、あっていいはずがないのに……」
ギリ、と唇を噛みしめる。
「お前が狼の番なのは間違いないわ。だとすれば、ギルフェルド様の番ではない。少なくとも、狼の番でいるうちはありえない」
そうよね、と美しく微笑む。アイナは答えられず固まった。
「……確かに、私はガルゼルさまの番でした。でも……今、そうかどうかは……」
「いいえ、そうに決まっているわ。でなければ、そこの男が竜の国に入り込んでいるはずがない」
「え……?」
「始めなさい」
レフリレイアの合図と同時に、アイナは絨毯に押し倒された。
手足を押さえられ、うつぶせに押さえ込まれる。反射的に暴れたが、まったく歯が立たなかった。逆に力を込められて、強い痛みに息が詰まる。
「喜びなさい。お前に償いの機会をあげる」
レフリレイアが唇を持ち上げた。
「やり直しをさせてあげるわ。今度こそ、己の立場をわきまえなさい」
「何、言って……」
「上を向かせて」
レフリレイアの命令に合わせ、強引に体を返される。仰向けにされると、後ろにいた男の顔が明らかになった。
アイナの腰にまたがり、膝で体を押さえつけている男。アイナを見とめ、小さく息を呑む気配がした。
銀色の髪、柘榴石の瞳。
前王によく似た精悍な顔立ちと、日に焼けた浅黒い肌。
「ああ……」
感極まった声に、アイナの目が見開かれる。
(どうして)
どうして――ここに。
「アイナ……!」
歓喜と熱情に満ちた声。それは。
「……ガルゼルさま……?」
狼の国にいるはずのガルゼルが、満面の笑みを浮かべていた。