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あなたの番になりたかった  作者: 片山絢森
3.芽生え
17/32

17.壁


    ***



「まぁ、それは大変だったわね」


 午後、シェーラの元を訪れたアイナは、先ほどの出来事を話していた。


「あの方はわたくしも面識があるけれど……なんというか、強烈な……いいえ、情熱的な方ね」

「……そうですね」

 多分、ファナなら違う言葉を口にしている。


「何度か言葉を交わしていただいたけれど、あの方は竜人に誇りを持っているのでしょう。もっと言えば、王族という血筋に」


 そういえば、彼女は王家の血を引いているのだ。

 遠縁とはいえ、血縁には違いない。だとすればあの態度も頷ける。


 見下している人間が、よりにもよって第一王子に声をかけられたのだ。おまけに、名前を呼ばれた。彼女にとっては許しがたい出来事だろう。


 けれど、アイナに八つ当たりされるのは困ってしまう。

 ため息をつくと、「もしかして」とシェーラが首をかしげた。


「あの方は、アイナさんに嫉妬したのかもしれないわ」

「嫉妬……ですか?」

「あの方がギルフェルド様の番になりたいというのは、有名な話だもの。今はどちらも番がいないけれど、ギルフェルド様に特別な方ができたら、あの方はただではおかないと思うの」

「こ、怖い話ですね」

「あら、アイナさんにも関係のある話なのよ?」


 シェーラに苦笑され、アイナは「?」と首をかしげた。


「ギルフェルド様が一番大切にしていらっしゃるのは、どう見てもアイナさんだわ。わたくし、今の話を聞いて驚いたもの」

「そうですか?」

「あの方は、どんな特別も作らない。その例外があなたよ、アイナさん」

「そんなことは……」


 ギルフェルドがアイナの世話を焼くのは、彼が助けてくれたからだ。

 名を呼ぶ許可を与えられ、アイナも呼んでほしいと言った。けれど、それだけだ。

 彼の特別ではありえないし、番というわけでもない。


 だって。


(私は、ガルゼルさまの……)

 そう思ったところで、シェーラは番が替わったのだと思い出した。


「……番って、何なんでしょう?」

 この間と同じような疑問を口にすると、シェーラはちらりと目を向けた。


「そうね。うまく説明できないけれど、本能のようなものだと思うわ」

「本能……」


「前にも言ったけれど、それが一番近いと思うの。そうね……人間の、一目惚れのようなもの。それがとても強く、強く、心の奥に訴えかける。この相手を離してはいけないと、本能が強烈に渇望する。そんな感じかしら」


 それは少し意外だったが、同時に想像しやすかった。

 運命ではなく、本能。

 ロマンチックな言葉で飾られるよりもよほど信じられるし、納得できる。


 そういえば、以前にファナも似たような事を言っていたか。彼らにも共通の認識なのかもしれない。


「……でも、今は運命みたいじゃありませんか?」

 アイナの問いに、シェーラの頬が赤く染まる。


「ええ……そうね。そうかもしれない。ジェイドに連れ出された時、おとぎ話のお姫様のようだと思ったもの」


 シェーラの口から可愛らしい単語が出てきたので、アイナは目を丸くした。


「本当に嬉しかったの。悲しかったけれど、嬉しかった。ジェイドに会えてよかったと思うわ」

「じゃあ、それも本能ですか?」


「どうかしら……。惹かれたのは本能でも、今のわたくしたちは違う。きっと今、わたくしがジェイドの番でなくなってしまっても、あの人との絆は消えないと思う。唯一でなくなっても、特別でいられる。そんな気がするわ」

「特別……」

「もう、恥ずかしいことを聞かないでちょうだい」


 シェーラが頬に手を当てて恥じらったので、この姿をジェイドが見たら身もだえるんだろうなと思った。


「でもね、楽しいことばかりでもないわ」

 ひとしきり恥じらうと、シェーラは小さく咳払いした。


「竜人と人間が結ばれるには、いくつかの壁があるの」

「壁……ですか?」

「まずは、国の違いね。アイナさんも感じたと思うけれど、ここは人間の国とは違う。戸惑うこともあるでしょう」

「確かに……」

「それから、種族の違い。当然だけれど、人間同士よりも問題が出てくるわ。でもこれは、狼の国に嫁ぐつもりだったわたくしには問題なかった」


 狼と竜人の違いはあるが、種族が違う点は同じだ。心構えがあれば、ある程度は乗り越えられる。


「次に、身分の差。竜人というのは位が高いわ。わたくしは貴族だったけれど、それは人間の国での話。ここではそれほど関係ないの」


 見下されるわけではないが、少し緊張したと述べた。


「それから――一番気になったのが、寿命の差ね」

「寿命?」

「竜人は寿命が長いのよ。大体三百年以上は生きる。番になれば、そちらに寿命が引っ張られるから、相手を置いていくことはない。……けれど、人間の知り合いはいなくなる」


「あ……」

「わたくしは狼の国に嫁ぐ時、二度と帰らない覚悟で向かった。だからあまり気にしてないわ。いつか家族と会えなくなる日が来ても、それを覚悟しているし、仕方がないと受け止められる。……けれど、そうでないと辛いでしょうね」


(そうか……)


 国が違うだけなら、努力すればなんとかなる。

 けれど、寿命が違うなら。


 ――ズキン。


 あれ、とアイナは胸を押さえた。

 どうしてだろう、胸が痛い。


「そういった違いは、思ったよりも気になるものよ。王族の場合、背負うべき荷物の重みもある。……でもね、アイナさん。これだけは忘れないで」


 シェーラはやさしくアイナを見ていた。


「それでもいいと思えたなら、その手をどうか離さないで」


 人間でも獣人でも構わない。その瞬間、手を取りたいと思ったのなら。


「シェーラさん……?」


 彼女がなぜそんな表情をするのか分からなかった。

 それでもアイナは、はいと頷いたのだった。




    ***

    ***




 ――その数日後の事だった。

 アイナを人間の国に帰す日が決まった、と告げられたのは。

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