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あなたの番になりたかった  作者: 片山絢森
3.芽生え
16/32

16.成長/レフリレイア再び


    ***



「り……りゅう、竜人。竜人の……王、子……は、姫君の手をとる、とり、とって……?」

「取って、が正解ね」

「取って、二人は、幸せに……暮らし、ました」

「よくできました」


 シェーラの声に、ほっと胸をなで下ろす。読んでいた本を置き、アイナは小さく息をついた。


「もうこの本が読めるようになったのね。すごいわ、アイナさん」

「シェーラさんのおかげです。ありがとうございます」

 礼を言うと、シェーラは美しく微笑んだ。


 あれからシェーラと交流を重ね、今ではすっかり仲良くなった。文字が読めないと言ったアイナに、シェーラが教師を買って出てくれた。子供向けの教本だが、今のアイナにはぴったりだ。


 ついでにと言われ、行儀作法も習う事になった。そちらは必要ないと言ったのだけれど、覚えて損はないと言われれば、強く抵抗できなかった。ファナが賛成してくれたせいもある。


 ドレスの端をつまんでの挨拶も、お茶を飲む時の作法も、実はちょっと面白い。お茶をしながら話してくれるのはこの国の歴史で、非常に興味深いものだった。


 シェーラは他に、人間の国の話もたくさんしてくれた。

 簡単な計算や異国の言葉も教わったので、故郷に戻ったら重宝しそうだ。


「アイナさんは、本当に呑み込みが良くて素晴らしいわ。頭が混乱していない?」

「全然。とっても楽しいです」


 自分が勉強好きな事を初めて知った。

 ガルゼルと一緒にいた時は、そんな空気にならなかった。緊張していたせいもあるけれど、アイナが文字を読めないと言ったら、目につくすべての本を撤去されてしまった。「お前に恥をかかせる気はない」と言われたけれど、本当は文字を覚えたかった。


 こっそり学ぶにも限度があって、結局はあきらめてしまったのだけれど。

 でもこの城では、アイナのしたいようにさせてくれる。


 午前中の勉強は終わったので、二人で一緒にお茶を飲んだ。お茶を持ってきてくれたのは、シェーラの事を口止めした侍女だった。改めて謝られてしまい、アイナはうろたえるはめになった。


 午後の勉強の約束もして、アイナは早めに部屋を辞した。これから自分の部屋に戻って、予習と復習をしなければ。


 歩き方も教わったので、ぎこちなく淑女の足取りで歩く。

 シェーラは軽々とこなしていたけれど、当分できる気がしない。

 人の少ない廊下を通り、奥庭を抜けた直後だった。


「そこのお前、止まりなさい」

 聞き覚えのある声に、アイナはびくりとした。


「お前、竜人ではないわね? ただの人間ごときがその庭に入っていいと……あら、お前、見覚えがあるわね」


 近づいてきたのはレフリレイアだった。反射的に顔を伏せたが、「顔をお上げ」と命令される。一瞬ためらったが、アイナはそろそろと顔を上げた。


「お前……そう、そうだったわ。ファナにかばわれた人間ね?」

「……お久しぶりでございます」

「挨拶だけは一人前になったのね。ファナは客人と言ったけれど、お前はただの人間でしょう。王族に面識があるなんて、いくらなんでもおこがましいわ」


 レフリレイアは今日も機嫌が悪かった。ギルフェルドに追い返されたのかもしれない。彼女は美しい唇を歪め、「臭うわね」と吐き捨てた。


「人間ごときが、この竜の城にいるなんて。身の程知らずにもほどがあるわ」

「す、すみません」

「ファナにかばわれたからといって、勘違いしないことね。大方、王子殿下と面識があるというのもでたらめでしょう。あの娘は王家のお気に入りだから、特別扱いされているだけ。お前には何の価値もないの」


 その通りだったので、アイナは深く頭を下げた。

 ただ、彼女の言葉には間違っているところもある。


 アイナはギルフェルドと面識があるし、彼に連れられてここに来た。そこだけは訂正しておくべきだろうか。


「あ、あの……」


 説明しておこうと思ったが、「誰が口を開いていいと言ったの」とぴしゃりと言われ、思わず首をすくめてしまった。


「人間風情が、わたくしと言葉を交わせると思わないことね。恥を知りなさい」


 汚らわしい、と吐き捨てられる。


 しばらくこんな扱いを受けていなかったせいで、対処の仕方を忘れてしまった。これ以上怒らせず、穏便に目の前から消えなければ。このタイプは怒らせると厄介だ。

 けれど、一度獲物と定められた場合、徹底的に痛めつけられるしか道はない。


(どうしよう……)


 そう思った時、天の救いのような声がした。


「何をしている」


 現れたのはギルフェルドだった。彼はレフリレイアに目もくれず、困った様子のアイナに目を留めた。


「何かあったのか、アイナ」

「いえ、あの、ええと……」

 この状況をどう説明したものか、アイナがやや口ごもる。


「ギルフェルド様! なぜそんな人間にお声をかけられるのですか。貴き竜王の血を受け継ぐあなた様が、そのような貧相な小娘に……っ」


 レフリレイアがヒステリックに叫んだが、ギルフェルドは意に介さなかった。


「アイナは私の知り合いだ。私がこの城に招待した、正式な客人でもある」

「なんですって……!?」

「ファナから聞かなかったのか。何かあれば、私を通せ。この娘に手を出すことは許さない」

「ですが、人間の名を呼ぶなんて!」

「私が誰の名を呼ぼうが、お前には関わりのないことだ」


 それと、と藍と金の瞳が彼女を見据える。


「前々から言っているが、私のことは第一王子と。名を呼ぶ間柄ではないだろう」

「それは、だってっ……」

「アイナに手を出すな。――返事は?」


 ゆらり、と瞳の中の黄金が燃え上がる。レフリレイアは気圧されたように頷いた。


「……分かりましたわ」

「約束だ。――アイナ、こちらへ」

「は、はい」


 ギルフェルドに促され、アイナはほっと息を吐いた。助かった。

 レフリレイアは悔しげな顔をしている。ぎろりとにらみつけられて、思わず体がすくみ上がった。

 あれが竜気というものだろうか。確かに、あの怒りをぶつけられたら相当怖い。


 その時ふとアイナは思った。

 そういえば、アイナはギルフェルドの名前を呼ぶ事を許されている。今まで深く考えた事はなかったけれど、いいのだろうか。


「あの、ギルさま」

「どうした」

「私……ギルさまのお名前を呼ぶの、やめ……」


 言いかけたアイナは固まった。ギルフェルドが顔を近づけたからだった。


「やめなくていい」

「でも、ご迷惑じゃ……」

「お前に名を呼ばれるのは心地いい。うまく言えないが、心が弾む」


 ギルフェルドの瞳は柔らかな色をたたえていた。


「これからも名を呼んでほしい。私もお前の名を呼ぶ。――アイナ」

「は、はい」

「困ったことがあればすぐに言え。何があっても駆けつけよう」


 吐息がかかるほどの距離で、そっと囁く。

 どうしよう、見つめられるとどきどきする。

 これは慣れないせいだろうか、それとも。


「ギルさま」


 名前を呼ぶと、その瞳が甘くにじんだ。

 瞳の中の金色がキラキラ光る。その色が、言いようもなく綺麗だと思った。


「ギルさま……ギルフェルドさま」

「どうした、アイナ」

「ギルさま」

「アイナ」


 名前を呼び合うたびに、何かが胸を満たしていく。

 くすぐったくて、恥ずかしくて、言葉にできない不思議な感じ。

 でも、決して嫌なものじゃない。


「私も、ギルさまのお名前を呼びたいです」


 そして自分の名も呼んでほしい。

 アイナの返事に、ギルフェルドは「そうか」と頷いた。

 無表情だが、どことなく満足気な顔だった。

お読みいただきありがとうございます。


※前回の話(15話と16話)を1話にまとめました。リアクションくださった方、ありがとうございます。嬉しかったです!

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