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あなたの番になりたかった  作者: 片山絢森
2.銀の髪、スミレの瞳
11/32

11.銀の姫君


    ***



 夜の庭は、昼間とは違う気配に満ちていた。


 白い花が闇に浮かび、灯りのようにぼんやり見える。

 それとは逆に赤い花は、暗がりに沈んで目立たない。

 さらさらと水の流れる音が、静寂の落ちた庭に響いている。


 その中に立ち、アイナは胸元を握りしめた。


(……よし)


 ギルフェルドに頼んだのは、「夜の庭を見たい」というものだった。

 こっそり調べ回るのも、誰かに聞くのも難しい。それくらいなら、正々堂々と確かめたい。


 あっさり了承したギルフェルドが、灯りを用意しようと言ったのは全力で断った。

 その先に光があるのは困る。できれば暗い方がいい。

 ギルフェルドはそれを聞き、それならばと引き下がった。予想に反し、理由を聞かれる事もなかった。

「どこでも好きに見て回っていい」というのは、今思えば破格の許可だ。


 それからできれば他言無用で、静かに散策させてほしいとお願いした。

 奥庭は最初から誰も立ち入らない。庭に入ってさえしまえば、いるのはアイナひとりだった。

 空には月が浮かんでいて、静かな光を放っている。


(綺麗……)


 そういえば、こうして夜空を見上げるのは久々だった。

 澄んだ紺色の空が頭上に広がり、星が一面に散らばっている。ギルフェルドの瞳の色に似ていると思い、思わずその輝きに見入ってしまった。


 彼の瞳は、言葉よりも雄弁に感情を語る。

 喜怒哀楽の浮かばない表情の中、唯一動きが見えるものだ。

 ……問題は、何を考えているのかは分からない、という事だけで。


(それじゃ、駄目だよね……)


 がっくりと肩を落とすと、頭上でひとつの星が流れた。

 物音がしたのはそんな時だった。



 サラリ。



 かすかな音が、夜のしじまを縫って聞こえた。


 サラリ、シャラリ、サラリ。


 上等な布地が擦れる音だ。それと同時に、ごく柔らかな靴音もする。


(来た)


 その人物は静かに庭へとやってきた。

 手元の灯りが揺れて、わずかに姿を照らし出す。


 長いマントで全身を覆った、風変わりな人影だ。極限まで明るさを絞ったランプを手に持ち、ゆっくりと庭を歩いている。時折足を止め、何かを探しているようだ。なんだろうと思ったところで、人影が足を止めた。


「――……」


 何か呟いたようだが、よく聞こえない。マントで覆っているせいだろうか。少し距離があるせいか、性別さえも分からない。

 息を殺し、アイナは暗がりに身をひそめた。


 月の光があるとはいえ、庭園は広く、あちこちに濃い影が落ちている。アイナの姿を見咎められる事はないだろう。

 マントの人物は相変わらず、何かを探すように動いている。ここからではよく見えないが、その様子は真剣だ。膝をつき、あるいは背伸びして辺りを探る。


(何を探してるんだろう……)


 いつの間にか月は雲の影に隠れ、庭は闇を濃くしていた。

 集中していたせいで、足元がおろそかになった。

 カサリという音に、人影ははっと振り向いた。


「あっ……」


 声を上げたのと、マントの人物が身をひるがえしたのは同時だった。慌ててアイナは追いすがった。


「ま、待って……っ」

「っ!」


 マントの端をつかんだと思ったとたん、ずるりとそれが脱げ落ちる。布が引っ張られるのに合わせ、ランプが草の上に転がった。


 点っていた灯が消える。

 その瞬間、月光が頭上に降り注いだ。




 ――目の前に、妖精がいた。




 長い銀髪がこぼれ落ち、ほっそりとした背中を覆う。

 瞳は美しいスミレ色。

 白いドレスに身を包み、足元は柔らかな布の靴。月光が形を取って現れたような美しい女性だ。少女といってもいいかもしれない。


 妖精にしか見えない美貌だが、おそらく人間なのだろう。

 なめらかな肌には染みひとつなく、胸元に美しく輝く宝石がひとつ。あまりに驚いているせいか、瞬きさえも忘れているようだ。


 長いまつげが震え、美しい唇がかすかに動く。


「あなたは――……」


 その時だった。


「――おい! そこで何をしている?」


 遠くで見張りをしていたらしい竜人がやってくる。はっとして、相手はアイナの手を取った。


「――こちらへ」

「え、あの……っ?」

「大丈夫。わたくしに任せて」


 そう言うと、銀髪の娘は建物の中へと足を進めた。

 そこはアイナのいた部屋とは別の棟だった。

 何が何だか分からないまま、アイナは彼女に手を引かれていた。

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