10.疑問
***
「アイナ様、どうされました?」
その日の夜。
じっと考え込むアイナに、ファナが不思議そうな顔になった。
「今日はあまり食欲もなかったようですし、何か心配事でもございますか?」
「いえ、そうじゃないんですけど……」
ファナに聞いてみたかったが、口止めされていた事を思い出す。王子殿下方にもという事は、彼らにも相談できないだろう。
あの人影を見かけたのはたった一度。
人目につかないようにしていたけれど、幽閉されていたわけでも、拘束されていたわけでもない。だとすれば、ある程度城の中を自由に動ける人間だ。
アイナに口止めをし、詮索を禁じた。その理由は。
(やっぱり、私に知られて困る相手ってことだよね……)
でも、この城に知り合いなんていない。
ファナやジェイドはともかく、他に知っているのはギルフェルドくらいだ。顔見知りになった侍女や女官もいるけれど、そう数は多くない。そもそも、名前すら知らない相手だ。
心当たりなんてないのに、会うのを禁じられている。
それどころか、存在を隠されている。
そこに隠されているものはなんだろう?
(それに)
なんとなく、引っかかるものがあるのだ。
それが何かは分からない。けれど、もやもやとして落ち着かない。
「どうした」
「わっ……!?」
ふいに耳元で囁かれ、アイナは飛び上がるほど驚いた。
「ぎ、ぎ、ギルさま……っ?」
「考え事をしているようだったので、声をかけなかったが。何かあったのか」
見ると、ギルフェルドが部屋に入っていた。
いつ来たのか、ノックの音には気づかなかった。相変わらず神出鬼没だ。夜だというのに、正装のようにかっちりとした服装をしている。ファナは部屋を出たらしく、細く扉が開いていた。
「すみません、ぼうっとしていて……」
「構わない。それよりも、どうした」
真顔で問われ、アイナが言葉を詰まらせる。
「いえ別に、何も……」
「前に言わなかったか。私はお前のいる場所が分かるが、考えていることもよく分かる」
言ってません。
反射的に思ったが、それ以上にどきりとする。
昼間見ても美しい瞳は、夜に見ても格別だった。
淡い陰影が刻まれて、一段と深さが増している。その中に散らばる黄金は、夜空を埋め尽くす星々のように鮮やかだった。
思わず見とれると、「どうした」と再度聞かれる。アイナは慌てて首を振った。
「すみません、つい。見とれて」
「見とれる」
「ええと、その……瞳が綺麗だな、と」
「瞳が、綺麗」
「夜空みたいで、星がキラキラしているように見えて、素敵だな……と」
「素敵」
なんでこの人はいちいち復唱してくるのか。
おまけに、本人は無自覚なのがタチが悪い。今も無表情のまま、言われた言葉を繰り返している。さすがにいたたまれなくなって、アイナは顔を赤くした。
「……もういいです。私の口がすべっただけです……」
「待て」
背中を向けると、静かな声で呼び止められた。
「お前に褒められるのは、嫌ではない」
「……え」
「よく分からないが、心が浮き立つ。私はどうやら、お前に褒められるのが嬉しいらしい」
「……は」
何を言っているんだこの人、と思った。
だが、ギルフェルドは真面目な顔をしている。どうやら冗談を言っているわけではないらしい。こちらがたじろぐほどの美貌に見つめられ、アイナはあいまいに頷いた。
「それはまぁ……褒められたら嬉しいです、よ、ね?」
「他の者に褒められても、このような気持ちになったことがない。私は、お前に褒められるのが嬉しいらしい」
彼は同じセリフを繰り返した。相変わらず、真顔だった。
対するアイナは戸惑っていた。いや、全力で困惑していた。
彼が何を言っているのか分からない。いや、理解はできるのだが、なぜそんな事を言うのか分からない。もっと褒めろという事だろうか。それとも単なる感想だろうか? 褒めてほしいという事なら、ねだられている? 褒めるのを? この人に?――まさか、ありえない。
ひたすら困惑するアイナをよそに、「心地よかった」と彼は真顔で言った。
「お前は私の客人だ。何か願いがあれば言うといい。できる限りは叶えよう」
「いえ……もう十分すぎるほどしていただいているので」
「お前は無欲だが、もう少し自分の意見を持っていい。そちらの方が、皆喜ぶ。特に、ファナは」
「ファナさんが?」
「力の優劣は関係ない。お前の願いを聞くことが嬉しくて、お前のために動きたくてたまらないそうだ。好んだ相手に尽くしたがるのは竜人の性だ。できれば構ってやってほしい」
「それは、もちろん……」
「ファナはお前の世話をすることを楽しんでいる。ジェイドもお前を気に入っていた。――それから、私も」
「え」
目を上げると、ギルフェルドはアイナを見つめていた。
どうしてだろう、その瞳が先ほどよりも輝いて見える。
「お前を連れてきたのは私だ。お前がしたいことは叶えるし、できる限り希望も聞く。その上で聞こう。アイナ、お前は今、何がしたい?」
「私の、したいこと……」
――あの銀髪の人の正体が知りたい。
どうして秘密にしておくのか、そこに隠された理由を知りたい。
それはギルフェルドのような勘だろうか、それとも。
「ギルさま、ひとつお願いがあります」
アイナの声に、ギルフェルドが目を向ける。
すう、と息を吸い、アイナは口を開いた。
「実は――」