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5 友人のために

「……それで、ギルとはどこまでいったの?」

「ぶっ……ごふっゲホッ」

「あらやだ、はしたないわよレベッカ」


 放課後、生徒会室の隣にある準備室にて。週に一、二回ほどアメリアさまにここへ呼び出され、女子会という名の簡易的なお茶会をするようになってから、はや二ヶ月。この状況に完全に慣れきってしまっている自分の適応能力の高さにはやや引いていた。


 今日もいつも通り優雅にお茶を嗜みつつ、雑談に花を咲かせていたところに、先ほどの質問である。突然の爆弾発言に紅茶を誤嚥しかけて咽せていると、向かいに座るアメリアさまに澄まし顔で注意されてしまった。

 あなたのせいですが!?と涙目で訴えながら何とか息を整え、こほんと咳払いをしてから口を開く。


「どこまで、と言われましても……友人として、親交を深めさせていただいております」

「友人、ねぇ……ギルはそう思っていないと思うけれど」

「……何のことでしょう」

「……あなたも相変わらず嘘が下手ね」


 くすくすと笑うアメリアさまだが、その瞳はひどく凪いでいる。

 恐らく、何もかも見透かされているのだろう。

 私がギルの気持ちに気づいていることも、私自身の気持ちも、全て。


 出会ってから今までの間、ギルは本当に沢山の話をしてくれた。


 実は他国の王女との婚約目的で留学に赴いたのだが、その王女に最後まで無表情が怖いと怯えられて、結局追い返されたこと。

 レオンハルト殿下と不仲を装っているのは、レオンハルト殿下に対抗する派閥を作ろうと目論む貴族たちを釣り上げるためで、本当は王位には全く興味がないということ。

 つい最近まで、学園の令嬢が全員同じ顔に見えていたため、髪と瞳の色で判断していたということ。

人見知りなだけで、本当はとてもお喋りで、笑い上戸なこと。

 彼の一人称が、本当は「私」ではなく「俺」であること。


 ギルと話すたび、彼の新たな一面を知るたび、私の中の気持ちはどんどん大きくなっていく。もう誤魔化せないところまで来ているのはわかっていた。

 それでも、私は認めるわけにはいかないのだ。


「……私には婚約者がおります」

「ええ、知っているわ。シャーマン侯爵の息子でしょう。相変わらずあなたの妹と仲良くやっているようだけれど」

「それでも、書類上は私の婚約者です。ですから……今は、何も申し上げることはできません。愚かな婚約者と、同じことをするわけにはいきません」


 きっぱりと言い切ると、アメリアさまは眩しそうに目を細めて「……そう」と小さく呟いた。しばらくその場には沈黙が落ちたが、かちゃりとティーカップを置く音がした後、アメリアさまの口から零れたのはため息だった。


 普段の洗練されたアメリアさまからは考えられないほどか細いそれに、きょとんと目を丸くしていると、そんな私の様子に気づいたらしいアメリアさまは力無く微笑んだ。それもまた、初めて見る表情だった。


「ごめんなさいね、あまり人前で見せるべき態度ではないのだけど。あなたならいいか、って思っちゃって」

「アメリアさま……」

「……外野が一人で勝手に盛り上がって、自分が情けないのよ。あなたもギルも、本当に不器用で……本当に真面目なんだから。参っちゃうわ」

「それは……すみません?」

「ふふ、謝らないでいいの。悪いのはわたくしよ」


 ふっと視線を窓の方へやり、どこか憂いを帯びた表情のまま、アメリアさまはそう言った。

 何と答えていいのかわからず、口をつぐんで続きを待つ。数秒か、数分か、短くも長くも感じられた不思議な間の後、アメリアさまはゆっくりと私へ向き直った。


「わたくしができることは少ないけれど、絶対に何とかしてみせるわ。ギルと、レベッカ。わたくしの大切な幼馴染と……大切な、友人のために」


 だから、諦めないで。信じて。

 小さく付け加えられたその言葉に、何か熱いものが胸に込み上げてくるのを感じた。

 ぐっと唇を噛みしめて涙を堪え、何とか絞り出せた「はい」という返事は、情けないくらいに震えていた。




 準備室から出ると、廊下の大きな窓枠に器用に座っていたキルシュがするりと近寄ってきた。

 私の足元に甘えるように何度か身体を擦り付けると、ふと、さくらんぼ色の瞳がこちらを見上げる。


『良い人だねぇ、アメリアさま』

「……ええ、本当に」


 すでにぼやけ始めている視界に気づかないふりをして、寮へ戻るために踵を返す。どうしても足早になってしまうが、キルシュは何も言わずに歩くペースを合わせてくれた。


 後から気づいたことだが、キルシュはこの頃にはもう、他人に見つからないよう気配を完全に消して私に寄り添えるようになっていたのだと思う。



====================



「……強いね、レベッカ嬢は」

「……盗み聞きとは人が悪いですわよ、殿下」


 レベッカが退出した後、後方から静かな声が落ちる。嘆息しつつ視線だけで振り向けば、生徒会室と繋がる扉が開かれ、そこに凭れ掛かるようにしてこちらを窺う人影があった。


「いつから聞いていらしたんです?」

「うーんそうだね……ギルとどこまでいったの、辺りからかな」

「後半ほぼ全部ですわね……」


 これだからこの人は油断ならない、と呆れ半分に息を吐けば、「悪かったよ」と微塵も反省の色が見られない声で軽い謝罪が返ってくる。ここで変に突っかかっても最終的には上手く丸め込まれるだけなので、早々に諦めて肩の力を抜いた。


 レオンハルト殿下――レオンはそのままソファに歩み寄り、すとんと隣に腰を下ろす。と、流れるような動作で目元を拭われ、思わずぴくりと瞼を揺らしてしまった。


「それと……リアはやっぱり優しいね」

「……何のことでしょう」

「フフ、リアもレベッカ嬢のことを言えないよ」


 嘘が下手だ、と揶揄うように告げながら、透き通るような青色は柔らかく細まる。


 何となく、弱気になりかけていた自分を励まして欲しくて、体重をそのまま殿下の方へ傾けた。

 そこに、他の誰も知らないであろうその表情をもう少し独り占めしたい、という小さな我儘も込めて。


「いつもは上手くやっていますでしょう。……あなたの前だけよ」

「おや、それは婚約者冥利に尽きるな」

「……馬鹿にしているでしょう」


 いつも通りの余裕な態度が気に入らず、小さく悪態をつけば、「まさか」と楽しそうに返される。そういうところよ、と言い返しかけたところで、肩に回された腕に力が入ったのがわかった。


「普段の君は強くて凛々しいご令嬢だけど、本当は不器用でちょっぴり泣き虫なただの女の子だ。しかもそれは他の誰も知らない、私だけが見れる君の一面。これほどに嬉しいことはないよ」

「……それ、わたくしは全然嬉しくないのだけど?」

「こら、揚げ足を取らない」


 くすくすと笑い声が頭上に降ってきて、あまりにも楽しそうなその声に、言い返すのも馬鹿らしくなってきた。やられっぱなしは性に合わないが、彼相手に真正面から挑んで勝てるわけがないことなど、とうの昔から知っているのだ。


「レベッカの言うこともわかるわ。でも……見ていてじれったいのよ。あんなの誰が見ても両想いじゃないの」

「まぁそれはそうなんだけどね。いろいろと難しい立場なんだよ、二人とも」

「……知っていますわ、それくらい」

「――と、いうわけで。私もちょっと動いてみたんだよね。聞いてくれるかい?」

「それを先に言ってくださる!?」


 流石に突っ込んでしまったが、これは仕方がないだろう。この人は本当に、こういうところで性格が捻じ曲がっているなぁとつくづく思う。

 じとりと恨みがましい視線を送りながら先を促すも、当の本人はけろりとして、むしろ何故か嬉しそうに顔を綻ばせて話し始めた。


「まず、レベッカ嬢の亡くなった母君だけど……セルヴァン伯爵家のご息女で、今の当主の実妹にあたるそうだ」

「セルヴァン伯爵……有名な宰相一家ですわね。確か前伯爵夫妻は事故で亡くなられていて、現伯爵夫妻にはご子息が一人いたと記憶しておりますわ」

「そう。実はその息子が難病を患ってね、ここ数年は療養のために一家で国を離れていたんだ。現在宰相の席は、夫人の弟が代理を務めている」

「そうだったのですね……代理を立てている、というのは知っておりましたが、理由までは存じ上げませんでしたわ」

「言いふらすような話でもないし、彼らも敵は少なくないからね。弱味になりそうなことは公表しないようにしているんだよ」


 なるほど、と納得する。レベッカの味方であった母親が亡くなってから、その生家がレベッカに対し何の動きも見せないことには不信感を抱いていたが、恐らくレベッカの境遇を知らない――もっと言えば、それどころではなかったのだろう。


「……そしてここからが本題だ。その息子だけど、他国で難病の治療法が発見されたらしくてね、それがつい去年の話だ。現在は治療の甲斐あって容態が回復してきているそうで、早ければ再来月にはこちらへ戻ってくるらしい」

「……!では、つまり」

「うん、これはチャンスだなぁと思って」


 得意げにそう言った殿下から、思わず笑顔が伝染する。喜びが顔に出てしまっていたらしく、あやすように頭を軽く撫でられ、少し恥ずかしくなった。


 けれど、殿下の言う通りこれはまたとない機会だ。恐らくコリンズ伯爵はこの情報をまだ入手していないはず。現状を打開する大きなチャンス、あちらが動く前に手を打たなければ。


「そうと決まれば作戦会議ですわ!ギルを呼びましょう、レオンさま!」

「一瞬で元気になったね。本音を言うとちょっと惜しいことをした気もするけど……リアが喜んでくれたみたいでよかったよ」


 でもやっぱり、もうちょっと可愛いリアを堪能したかったなぁ、と一人何やら呑気なことを言っている殿下の頭を軽く叩く。それから殿下とともに、ギルを探すべくその場を後にしたのだった。

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