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10/28書籍発売◆【web版】猫と仲良くお喋りしていたら、王子様に気に入られてしまった件  作者: 希代 海
第二章

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17 新たな学園生活

前回更新からかなり日が空いてしまい申し訳ありません…!

なお、以降の更新については活動報告に記述しております。よろしくお願いいたします。

 春。色とりどりの花々が咲き誇り、風が小鳥たちの囀りとともに出会いの予感を運んでくる季節。


 目を輝かせた新入生たちが、そわそわと落ち着かない様子で門扉をくぐる様子がよく見える、学園の三階、職員室の真上に位置する生徒会室にて。


 私、レベッカ・セルヴァンは今、目の前の状況に大変困惑していた。


「本ッ当に、申し訳ございませんでした……!」


 絞り出すような声でそう言いながら、床に額がめり込みそうな勢いで見事な土下座を決めているのは、このたび新生徒会長に就任したばかりのクロード・カレンベルク公爵令息さま。


 次期生徒会長には前任のレオン殿下が強く推薦したらしいが、それがなくとも学年内では類を見ない秀才として一目置かれていたそうで、人当たりの良い性格も相まって、一般投票ではぶっちぎりの票数を得ていた。


 加えて帰国した当初からギルバート殿下の側近だったらしく、思い返せば卒業パーティーでギルに文書を渡していた黒子のような生徒がいたような気がしなくもない。


 そんな彼が何故、今こうして私に対し見事なまでの土下座をしているのか。

 正直に言おう。私にもわからない。


 今年度、私は書記として正式に生徒会メンバーに任命された。今日は初の顔合わせだったのだが、緊張のあまり震える手を叱咤して何とか生徒会室の扉を開け、まず最初に彼と目が合った。


 と思った次の瞬間には、全く無駄のない俊敏な動きで、完璧な謝罪の体勢に入っていたのだった。

 もちろん、私はクロードさまとは初対面だ。


「えぇと……私、謝られるようなことは何も……」

「いえ!それはもう大ッ変な無礼をはたらきました!死んでも詫び切れないほどの!ただ僕はこのような能無しでも一応跡取りでありますので死ぬことは出来ないのですけれども!重ね重ね申し訳ございません!」

「えぇっと……」


 かれこれ十分はこのやりとりをしているのだけど、一向に会話のループから抜け出せない。


 どうしたものかと助けを求めて視線を室内に巡らせるも、この部屋にいるのは私とクロードさま、それと気配をすっかり消してソファでくつろぐキルシュだけ。他の新生徒会メンバーは、私を見た途端に面倒事の気配を察知したらしく、既にこの場から退散してしまっている。


 顔合わせとは……?としばらく遠い目をしていたが、助けを求める先がない以上、自分でどうにかするしかない。私は一呼吸置いて、「カレンベルクさま」と呼び掛けた。

 それに対し、物凄い勢いで顔を上げたクロードさまに若干の恐怖を覚えつつ、再び怒涛の謝罪が始まってしまう前にと言葉を続ける。


「本日は生徒会役員の顔合わせと伺っております。改めてにはなりますが、自己紹介をさせていただいても構いませんでしょうか?……と言っても、私とカレンベレクさまの二人しかいないのですけれど」


 そう言ってガランとした室内を見渡し、思わず苦笑を零した私を見て、クロードさまはようやく我に返ったらしかった。

 彼は一度だけ唇を結び、何かを堪えるような仕草を見せたが、次に顔を上げた時には、静かで落ち着いた眼差しを携えていた。なるほど、こちらが普段の彼なのだろう。


「……そうでした。顔合わせ、でしたね。申し訳ありません、少々取り乱しました」

「いえ、大丈夫ですわ」


 ぶっちゃけ少々どころではなかったと思うけれど……なんて、野暮なツッコミはもちろん胸の内に秘めておきますよ、ええ。


 などと考えていると、こほんと咳払いをしたクロードさまは一切無駄のない動きで再び床に座り直した……待って、床?


「改めまして、クロード・カレンベルクと申します。どうぞクロードとお呼びください。そしてまず、これまでの非礼……根拠のない噂に踊らされ、誤った認識をしておりましたこと、心よりお詫び申し上げます。また、姉より「何があっても絶対に守るように、余計なことをしたら社会的に殺す」と厳命を受けております、必ずお守りしますので、僕のことは下僕だと思って存分に!ご自由にお使いください!」

「ちょっと待って。いろいろと待って。明らかに何かがおかしいわ、とりあえず立ってください」


 無駄にキラキラとした眼差しで見上げてくるクロードさまに、まるで飼い主に懐いた犬のような……などと既視感を覚えつつ、何とか元の姿勢に戻ってもらう。

 渋々上体を起こしたクロードさまだったが、気を抜けばすぐさま額を床につけようとするので、その後もしばらく謎の攻防は続いた。


 ちなみに、流石にもうお気づきとは思うが、彼はアメリアさまの実弟である。


「えぇと……改めまして、レベッカ・セルヴァンと申します。生徒会役員に選出いただけましたこと、大変光栄に思います。とはいえ私は落ちこぼれですので、力及ばずな部分も多いとは思いますが、精一杯……」

「落ちこぼれではないし力不足なんてとんでもありません」

「えっ?」


 これから一年間、行動を共にすることが増える相手。周知の事実とはいえ、ほぼ無いに等しい程度の魔力量しかない無能であることはあらかじめ言っておかねば、と情けなく笑いながら付け足したところに食い気味に反論をいただき、面食らった私は続くはずだった言葉をすっかり失った。


 突然真顔になったクロードさまは、静かな、しかし隠しきれない怒気を滲ませて言葉を続ける。若干早口で。


「どこのどいつですか?そんなふざけた認識をしている馬鹿は……はっ、まさか学園内に未だそのようなことを言う輩がいるのですか!?」

「あ、いえ、そういうわけでは……」

「僕としたことが……教師を含む学園内の人間全て、解呪は滞りなく完了したつもりでいたのですが、見逃しがあったとは……!迂闊でした、大変申し訳ございません!」

「……解呪?」


 悔しげに呟かれた中に、聞き馴染みのない不穏な単語を拾い、眉を顰めた。

 ざわりと胸が騒ぐ。


 私の視線を受けたクロードさまは、警戒するように辺りの気配を探り、誰もいないことを確かめてから静かに口を開いた。


「正しくは解呪ではなく、闇魔法の中和。もしくは無効化と言うべきでしょうか」

「!」

「あなたの異母妹が所持していた装飾品から、微量ながら闇魔法の残滓が発見されたそうです。魅了魔法の類で、本国にはあまり流通していない特殊な術式のものだとか」

「魅了、魔法……」


 クロードさまの言葉を反芻し、正確に意味を理解したところで、背筋を冷たいものが駆け上った。


 ほんの気持ち程度だが、相手からの好感度を上げたり、商談や取引の場で事を有利に進めたりするために用いる魔法なら知っていた。それは誰でも知っている基礎に近い魔法で、どちらかと言えば願掛けに近い。


 しかしクロードさまの言う魅了魔法は、恐らくそれとは全くの別物。ましてや闇魔法の一種だと断定されている時点で、その効能が倫理に反するものだと容易く想像できる。


 そんな恐ろしい魔法が、フローラの持つ装飾品にかけられていた……?


「特にはっきりとした形跡が見られたのは、日常的に使用されていたイヤリングとネックレスです。つまり、セルヴァン嬢が「落ちこぼれ」と言われ、日頃から非人道的な扱いを受けていた主な要因は、その二つの装飾品であると暫定できます」

「え……?」

「おかしいとは思いませんでしたか?あの阿婆擦れ……じゃない、淫乱女……比較的頭の弱い異母妹はまだしも、この学園の教師や逸材揃いのAクラス、ひいては王族であるレオンハルト殿下までもが、議題に上がるまでその噂を気にも留めず、自然に受け入れてしまっていた。冷静に考えれば、不自然極まりない現象です」


 クロードさま、全部言っちゃってます。そしてあまり言い直した意味もないです。

 などとしょうもないツッコミを入れて現実逃避を図ろうとする自分がいたが、残念ながら伝えられた新事実の衝撃を上回ることはできなかった。


 言われてみれば確かにそうだ。外国にいたギルはともかく、あの優秀なレオンハルト殿下やアメリアさまも、直接言葉を交わすまでは私のことを噂通りに受けとめていたようだった。不自然なほどそのまま、すんなりと。


「あの女に闇魔法の才はないことは確認済みです。つまり、誰か別の人物が闇魔法を付与したことになる……身に付けた本人すら、己の発した言葉に洗脳されるような効力を持つ、極めて特殊な(まじな)いを」

「……どういうこと、ですか?」

「……あの女が抱いていたあなたへの憎悪、それすらも、意図的に作られたものである可能性が高いのです」


 その言葉を正しく飲み込んだ時、よく倒れなかったと自分でも思う。

 つまりフローラは利用されただけ。


 そしてその裏にあったのは、紛れもなく、私への純粋な悪意。


「どう、して……誰が……?」


 震える声を抑えることができない。息の仕方が、わからなくなる。


 周囲の音がどんどん遠のいて、ついには自分の心臓の鼓動しか聞こえなくなった。

 心なしか視界も暗く、狭くなっていく。


 ――怖い。


 闇魔法の使い手なんて、知り合いには一人もいない。

 見える悪意より、見えない悪意の方が比べ物にならないほど恐ろしいのだと、私はこの時初めて実感した。


『……大丈夫、大丈夫だよ、レベッカ』


 不意に、柔らかな音とともに、陽だまりのような温かさを足元に感じて、私の世界にぱっと光と色が戻る。


 いつの間に近くに来ていたのか、私の足に身体を擦り寄せながら、キルシュは穏やかな眼差しでこちらを見上げていた。


「……キル、シュ」

『大丈夫。レベッカはもう、独りじゃないよ』

「……っ」


 喉元まで出かかった何かをすんでのところで押し留め、代わりに小さく息を呑んだ。


 クロードさまはそこで初めてキルシュの存在に気がついたようで、目を瞬かせていた。


「……猫、いつの間に。本当に気配が無いのですね」

「あ……も、申し訳ありません。この子は、その」

「ああ、大丈夫ですよ。殿下から聞いています」


 慌てて説明しようとすれば、人当たりの良い笑顔でやんわりと止められた。

 その笑い方がアメリアさまにそっくりで、本当に姉弟なのね、と頭の片隅でぼんやりと考える。


「それよりも、僕の方こそ過剰に怖がらせてしまったようで、申し訳ありません。実のところ、術師のおおよその目星はついているのです」

「えっ、そ、そうなんですか!?」

「はい。伯爵家に出入りしていた他国の人物がいたと、屋敷の商人たちから証言が取れているそうで。その外見の特徴から、隣国クリュセードの高位貴族だと推定。さらには髪色や体格から、ある人物が浮上しました」


 一度話を区切ったクロードさまは、そこで整ったお顔を微かに歪めた。


 私は緊張で体を強張らせたまま、それでもクロードさまの言葉を一言一句逃さぬよう、神経を集中させる。


「しかし少々厄介なことに、確固たる証拠が無い状態で動いてしまえば、最悪国際問題になりかねない相手でして……」

「そんな高位の人、なんですか……?」


 恐る恐る、震える声のまま問い掛けた私を、真っ直ぐな光を宿したペリドットが静かに見据える。


「テオドール・ハヴィランド。現クリュセード国王の実弟……王弟殿下です」


 驚きで言葉を失う私の足元では、キルシュの瞳がひっそりと、僅かに鋭さを増していた。



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