15 いざ神殿へ
本日2話更新しております。(元々1話分の予定でしたが、少し長くなったので2話に分けました。)
アメリアさまとのお茶会の翌週。
私はギルとともに馬車に揺られながら、緊張と不安で一人ソワソワと視線を彷徨わせていた。
現在私たちが向かっているのは、この国の神殿。
そう、私の「動物と話せる」という能力について、とうとう正式に"祝福"かどうか鑑定してもらえることになったのだ。
(しかも、大神官さま直々に、って……レオン殿下、まさか職権濫用してませんよね……?)
清々しいほどの笑顔で私とギルを送り出してくれた腹黒王太子がふと頭に浮かび、遠い目をしてしまったのは仕方がないと思う。
鑑定のスペシャリストである神官さま、そんな彼らを束ねる大神官さまは神殿の最高責任者であり、この国で唯一王族と同等の権力を持つお方である。祭祀を司ることは勿論、神託を授かれば国王に直接進言することもあるという、私のような一貴族からすれば雲の上の存在だ。
また、神殿に出入りするには王家の許可が必要となる。私がこれまで正式な鑑定を受けたくとも受けられなかった一番の理由がこれだ。万が一"祝福"だと鑑定された場合、王家に伝わると同時に一発で父にもバレてしまい、良いように使われることが目に見えていたからである。
そういうわけで、現在私の隣で若干不機嫌そうに窓の外を眺めている婚約者と、加えて友である猫二匹とともに神殿に赴くことになった。
(神殿に行くよう勧めてくださったのはレオン殿下だと、ギルは言っていた。……第二王子の婚約者になったのだもの、持っている武器は一つでも多い方が良いということよね)
隣を窺いつつ、頭の中で物事を整理しながらきゅっと拳に力を込める。
レオン殿下やギルは、私の能力はほぼ間違いなく"祝福"だと言い切っていたが、やはり実際に鑑定してもらうとなると緊張するものだ。
『レベッカ、緊張してる?』
「へっ!?い、いえ、そんなことないわ」
不意に向かいに座っているキルシュから声を掛けられ、びくりと肩を跳ねさせてしまった。
そこでようやく私の様子に気づいたらしく、ギルも隣から顔を覗き込んでくる。
「どうした、不安か?今日はこのまま引き返してもいいぞ」
「へ、平気よ。……というかギル、あなたは神殿に行きたくないだけでしょう」
「……レベッカを心配して言っているのは本当だ」
「もう……」
私の問い掛けに対し、微妙に視線を逸らしながら答えたギルに小さくため息をつくと、今度はキルシュの隣で大きな欠伸をしていたゼーゲンがぼそりと余計な呟きを落とした。
『ギルが出発直前に王女の留学話について弁明しまくったせいで、余計不安になってんじゃねーの』
「!?そ、そうなのか……!?」
「違うわよ!ちょっとゼーゲン!変なこと言わないで!」
慌てて否定するも、愛猫の言葉にサーッと音が聞こえてきそうなほど一気に顔色が悪くなるギル。まったく、打たれ強いのか弱いのかよくわからない人である。
ゼーゲンが言ったギルの弁明とは、クリュセード王国の第二王女さまの留学に関して、私への説明が遅れたことについて、馬車に乗る前に小一時間ほど謝罪と釈明を延々と聞かされたことを指す。
正直その件に関しても不安が無いと言えば嘘になるのだが、あれだけ真っ青になりながら必死に訴えられると、流石に疑う気も無くなるというものだ。まあ、キルシュには『惚れた弱みだねぇ』と呆れ半分な視線をいただいてしまったけれど。
仕方ないじゃない、後半なんて「俺が愛しているのはレベッカだ」とか「俺にはレベッカだけだ」とかばっかりで……恥ずかしくてそれどころじゃ無かったんだもの。
そんなこんなで落ち込んだギルを何とか宥めているうちに、有能な王家の馬車はほぼ定刻通りに神殿へと到着したのであった。
一言で言うと、神殿はめちゃくちゃでかかった。私の想像よりも遥かに大きな建物だった。
荘厳な建物を呆然と見上げつつ、何とか足を動かして案内役の神官さまの後を進んで行く。
しばらくすると、ぎょっとするほど広々とした空間に案内され、その真ん中にぽつんと佇んでいる老齢の男性が目に入った。
「おや、これはまた珍しいお客さんじゃな?」
「……お久しぶりです、ツェフ大神官どの」
私たちに気がついた男性はゆったりとした動きでこちらへ向き直り、ギルの姿を見て面白そうに目を細めた。それから案内役の神官さまに下がるよう目配せをし、今度はしっかりと私の方へ視線を向ける。
大神官さまを前にし、自然と背筋が伸びる。が、そんな私を他所に、大神官さまは「ほほう」と顎をさすりながらニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「もしやそちらが、どんな美女にも一切靡かず浮いた話の一つもない冷酷堅物王子を一瞬で落としたという、噂の敏腕薄幸美人令嬢かの?」
「大体合ってはいるが素直に頷きづらい説明をやめろ」
予想外の言葉が飛び出し思わず目を丸くするも、その後に続いたギルの返答があまりにも砕けた物言いだったので、流石に無礼ではないのかと不安に駆られてしまう。
しかし大神官さまは特に気に触る様子もなく、むしろこの状況を楽しんでいるようにも見受けられて、私は再び目を見張ることとなった。
「やめろ、と言われてものう。わしは噂を聞いただけじゃし……それに大筋が合っているなら問題ないじゃろ。嘘は言っておらんぞ」
「まあ……それは、そうだが」
言い淀んだギルを勝ち誇ったような表情で見据えた後、ふっとその視線が私の方へ向く。
完全に置いてけぼりになっていたが、何とか我に返り、小さく息を整えてから淑女の挨拶の形を取った。
「お初にお目に掛かります、レベッカ・セルヴァンと申します」
「おお、これはご丁寧に。大神官のウィンダム・ツェフじゃ」
朗らかな笑顔を浮かべてぺこりと軽く頭を下げた大神官さまは、そのまま私たちの足元にいたキルシュとゼーゲンにも「よく来たのう」と声を掛けた。猫たちも一切警戒することなく、返事の代わりにニャアと一声鳴き、その場にぺたりと座り込む。その様子を見て、緊張が少しほぐれた。
大丈夫、この人はきっととても良い人だ。
「それにしても、あの神殿嫌いの第二王子がわざわざ足を運ぶとは、一体どういう風の吹き回しじゃ?ママに怒られでもしたか?」
「やかましい。用があるのは俺ではなくレベッカの方だ」
「ほお?」
「あ、えと、鑑定をお願いしたくて……」
それから事の経緯を簡単に話し、鑑定をしてもらえないかとお願いすると、二つ返事で了承してもらえた。
驚いたのはそれだけでなく、私はてっきりどこか決まった場所で儀式のようなものを行うのだと思っていたのだが、大神官さまは「あ、ここで大丈夫じゃ」と言ってその場であっさりと鑑定をしてくださった。
あまりに淡々と事が進み、予想外の展開に私はただ目を白黒させるばかりだった。
足元に展開された淡い光を放つ魔法陣を、猫たちが興味深そうに眺めているのが視界の隅に映る。
目の前に浮かび上がった、見たことのない文字の羅列のようなものをじっと見つめたあと、大神官さまは徐に口を開いた。
「……ふーむ、まぁほぼ間違いないじゃろうな」
「やけに曖昧な言い回しをするな。確実ではないのか?」
告げられた言葉に対し、ギルは不信感を露わにして眉を顰める。
大神官さまは魔法陣を消し、ふう、と息をついてからその問い掛けに答えた。
「確実じゃと言えば嘘になる。が、"祝福"であるという以外に説明がつかぬのも事実。鑑定しようにも前例が少なすぎるのじゃ、なにせ国内で確認された"祝福"持ちは百年ほど前が最後じゃったからのう」
「ひゃ、百年……」
途方も無い年数を告げられ、思わず声が漏れた。確かにそのような状況では、確実な鑑定というのは難しそうだ。
などと一人で感心していると、大神官さまはご自分の肩を揉みながらのんびりとした口調で話を続けた。
「まあしかし、それ以前の鑑定の記録とも照らし合わせたが結果はほぼ一致。これはもう"祝福"でいいじゃろ。ハイ決定、本国において五人目の"祝福"保持者じゃな、いやぁめでたいのう」
「軽……本当に大丈夫なのか、それで」
「大丈夫大丈夫、わしが決めたからオールオッケーじゃ」
そう言いながらどこかで見たことのある綺麗なグッドサインを決めた大神官さまに、ギルはがっくりと肩を落としていた。
何となく、ギルが神殿を苦手とする理由の一つがわかったような気がした。
『面白い人だねぇ、大神官さま。あとなんか、どことな〜くレオン殿下に似てる気がする』
「……そうね。でもその点はあまりつっこまない方がいい気がするわ……」
足元からキルシュに話し掛けられた内容がまさに今考えていたことだったため、半笑いになりながら返事をすれば、けらけらと楽しそうな笑い声が返ってきた。
そこでふと、大神官さまの視線がキルシュに向けられていることに気がつく。
「……ふむ、黒猫」
ぽつりと落とされた呟きに、足元で黒い耳がぴくりと反応したのが見えた。
「あの、この子がどうかしましたか……?」
「いやなに、四人目……百年前の"祝福"持ちのご令嬢も、いつも黒猫を側に連れていたという記述があっての」
「えっ?」
ここでまた予想外の話が耳に飛び込み、思わず大きな声を上げてしまった。慌てて口元を両手で押さえるも、驚きで目をぱちぱちとさせてしまう。
驚いたのはギルも同じだったようで、少し上擦った声で大神官さまに聞き返していた。
「それ以前の"祝福"持ちも皆そうだったのか?」
「いいや、四人目のご令嬢以外はそのような記述はない。それにそのご令嬢の"祝福"は「未来予知」じゃし……うぅむ、単なる偶然かのう」
「偶然……にしては、なんとなく引っかかる話だな」
「そうね……キルシュ、あなたは何か……って、あら?キルシュ?」
気がつけば、ほんの数刻前まで足元にいた黒猫が忽然と消えており、きょろきょろと辺りを見回すも姿は見えない。と、ギルの足元で未だだらりと寝そべっていた三毛猫が『ああ』と面倒くさそうに声を上げた。
『アイツなら今さっき、暇だから庭を散策してくるっつって出て行ったぜ』
「えぇ!?もう、また勝手に……」
『仕方ないから様子見て来てやるよ。オレも暇だし』
「それは助かるけど、あなたも一言余計よゼーゲン……」
のろのろと立ち上がり、億劫そうに歩き始めたゼーゲンの後ろ姿を呆れ半分で見送る。ふと、同様に半目でその様子を眺めていたギルと目が合い、互いに苦笑を漏らしつつ肩を竦めた。




