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10/28書籍発売◆【web版】猫と仲良くお喋りしていたら、王子様に気に入られてしまった件  作者: 希代 海
第二章

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14 一難去って

 一方その頃、とあるご立派なお屋敷の、もはや王宮の庭園に匹敵するのではないかと疑うほど広く、美しい庭先にて。

 私レベッカ・セルヴァンは、大切な友人であるアメリアさまを前に、ここ最近で一番緊張していた。


「ほっ……本日はお招きいただき、あ、ありがとうございます、アメリアさま」

「堅苦しい挨拶はいらなくってよ、レベッカ。来てくれて嬉しいわ。キルシュもいらっしゃい」

『こんにちはぁ、アメリアさま』


 背筋をピシッと伸ばし、言葉をつっかえながらも何とか挨拶を終えた私を見て、アメリアさまは可笑しそうに肩を震わせる。それから視線を足元に移し、地べたにちょこんと座り込んでいた黒猫・キルシュにも、優雅に微笑んでみせた。

 お茶会のホストとはいえど、この余裕の違い、流石は淑女の鑑と名高い王太子妃さまである。


「それで、経過は順調?」


 側から見れば脈略のない問い掛けに、最初こそきょとんとしてしまったが、アメリアさまの視線が私の耳元に注がれていることに気がつき、すぐにその意図を汲み取る。同時に、嬉しい、楽しいといった明るい気持ちが、緊張を上回る勢いで胸の内に広がるのがわかった。


「はい、おかげさまで順調です。先生には週に一、二回ほどお屋敷にお招きして、魔力操作について教えていただいております。まだようやく慣れてきた程度ですけれど……」


 話しながら少し照れ臭くなってきて、尻すぼみになってしまう。そんな私をどう思ったのか、アメリアさまは眩しそうに少しだけ目を細めて、「それなら良かったわ」と小さく呟きを落とした。


 あの卒業パーティーの後、春期の休業期間に入ってから、私は本格的に魔力操作について学び始めた。

 学ぼうと決めたきっかけ自体は、至極単純である。正式にギルの婚約者となり、流石に「落ちこぼれ」というレッテルを貼られたままではマズいのでは、と思い至ったからだ。


 そのことをアメリアさまに相談したところ、知り合いの伝手を辿り、魔力操作を仕事に活かしているというとある針子の方を紹介してくださった。彼女の紹介ならば安心してお願いできる、そう考えて二つ返事で了承すると、その翌日に顔合わせ、翌々日からレッスン開始という驚異の速さで事が進んだのであった。そういうわけで、現在私は修行中の身なのである。


 ちなみにアメリアさまが気にしていたのは、私の両耳で揺れる青色のイヤリング。一見するとただのアクセサリーだが、実はこれには、微量ではあるが回復魔法が掛かっていたりする。

 とはいえ、魔力譲渡の練習の一環で私が魔力を込めたものなので、効果自体は本当に大したことはない。何となくいつもより身体が軽いような気がするなぁ、程度の効力である。


 そんな微かな魔力も見抜いてしまうとは、流石はアメリアさま……と感心していたのだが、後から「青ガラスに銀の装飾というのがあからさますぎて、よくやるわね……と思って眺めていたら気づいただけ」と言われ、穴があったら入りたくなった。


「彼女、少し細かすぎるきらいがあるけれど、それを除けばとても良い先生だと思うわ。頑張ってね」

「はい!」

『ふふ、レベッカ嬉しそうだねぇ』


 友人からの激励に満面の笑みで返せば、機嫌の良さそうな、しかし相変わらず呑気な鳴き声が足元から聞こえた。

 ちらりと下を見れば、まろいさくらんぼの瞳が優しく弧を描いてこちらを見上げていたが、その口の端にはクッキーの食べかすが無数にくっついているものだから台無しである。あなた、いつの間におやつなんてもらったの。


 満足気に目を細める黒猫に呆れを滲ませた視線だけお見舞いしたところで、改めてこの状況について考えてみた。


 晴れ空の下、心地良いそよ風を感じつつ、広大な庭園で優雅なティータイムを楽しむ。つい半年前までは想像すらできなかった光景である。

 隣には、いつも側にいてくれたお人好しな黒猫。そして目の前に座っているのは、とても頼りになる、かけがえのない友人。


「……ふふ」

「あら、随分と嬉しそうね?何か良いことでもあったのかしら」


 気がつけば自然と笑いが溢れていて、今度はアメリアさまが意外そうに目を瞬かせた。


「す、すみません。その……こうして、学園の外でもアメリアさまとお会いできるのが嬉しくて」

「……」

「お恥ずかしながら私、お友達の家にお邪魔するなんて初めてで……昨夜からずっと浮かれていて。おかげで侍女にも笑われてしまいました」


 慌てて説明をしながらも、顔が火照ってしまうのを感じる。改めて昨夜の様子を思い返すと、まるでお出掛け前日の子どものような落ち着きのなさである。


 居た堪れなくなって縮こまっていると、妙に長い沈黙の後、アメリアさまは何故かものすんごく長いため息を吐いてから私の名を呼んだ。


「………………レベッカ」

「はい?」

「……わたくしはこれから本格的に王妃教育が始まるけれど、実際のところもうほとんど課程は終えているの。王妃さまのご厚意で、随分と前から始めていたから」


 これは初耳だった。が、正直に言えば、実はそれほど驚くような話でもない。現王妃さまがアメリアさまを大層気に入っており、事あるごとに王宮へ呼んでは、レオンハルト殿下が苦言を呈すほどアメリアさまを離さないという話をギルに聞いたことがある。

 そうでなくとも、この時期に王太子妃の候補者にアメリアさま以外のご令嬢の名前が一切上がらないことを考えれば、おおよその見当はつくものだ。


「そうだったのですか。王妃さまも、それだけアメリアさまのことを信頼されているということですね」

「そう、そうね……だから、いきなりとても忙しくなるわけではないわ。例えば……こうしてあなたとお茶をする時間くらいなら、簡単に作れるのよ」

「……!」


 そこまで言われて初めて、アメリアさまの言わんとすることを理解する。それと同時に、喜びと照れ臭さがじわじわと迫り上がってくる。


 完璧そうに見えて、アメリアさまは案外素直になるのが苦手らしい、と以前レオンハルト殿下からこっそり教えていただいたことがあるのだが、最近はそれを実感することが増えてきていた。それほどに親しい間柄になれた、ということだと私は思っている。それはとても誇らしくて、とても嬉しいことだ。


「……そうなのですね。では、またお邪魔してもいいでしょうか?」

「ええ、いつでも歓迎するわ。あと……わたくしも、その、あなたの……」

「嬉しいです!では今度は、私のお家にアメリアさまをお招きしますね!」

「!……ええ、そうね、是非。とても楽しみにしているわ」


 ほんの一瞬だけ安堵の表情を覗かせたアメリアさまだが、瞬きの間にいつもの笑顔に戻っていて、本当に隙のないお方だと思う。けれどその笑顔をよくよく見れば、いつもより少しだけ頬が赤い気がして、心の底から喜んでいらっしゃるようにも見えた。私の思い過ごしでなければ、だけれど。


 と、しみじみと温かな雰囲気に酔いしれていると、急にアメリアさまの纏う空気ががらりと変わった。


「それと、今後誰かに何か嫌なことをされたり陰口を言われたりしたら、真っ先にわたくしに報告なさい。学年クラス出席番号氏名までわかれば、あとはこのわたくしが直々に、綺麗さっぱり片付けて(解決して)あげるわ」

「えっ、あ、ありがとうございます……?」


 何故だろう、安易に頷いてはいけない気がする。

 しかし力になってくれるという意味には変わりない(と思われる)ので、一先ずお礼は言っておくことにする。


 そんな私の反応に満足そうに頷いた後、アメリアさまはふと何かを思い出したように「ああ、そういえば」と呟いた。


「レオン……殿下から聞いたのだけど、レベッカは留学生についてのお話は聞いているのかしら?」

「あ、はい。来月初旬に他国から留学生が来る、ということは先生から伺っております」


 急に話が変わり、目をぱちくりさせながらも返事をすると、途端にアメリアさまの瞳がストンと温度を失くした。


「……ということは、あのヘタレはまだなぁんにも説明していないわけね」

「え?」


 突然のことにギョッとして、何か余計なことを言ってしまったかと一人青褪める。続けてぼそりと落とされた呟きの意味もよくわからず、おろおろと視線を彷徨わせていると、深い深いため息をついたアメリアさまの口から次に飛び出したのは、予想外の言葉だった。


「レベッカ、よく聞きなさい。その留学生はね、クリュセード王国の第二王女よ」

「え……えぇっ!?お、王女殿下!?」


 思わぬ方向からの新情報に大袈裟に驚いてしまい、慌てて口元を押さえて肩を窄める。しかし、いつもなら「はしたないわよ」と軽く諌めてくださるアメリアさまは、こめかみをつまんで悩ましげに息を吐くばかり。私は未だ混乱している脳内を何とか整理しようと、とりあえず頭に浮かんだ疑問を口にした。


「というか、あの、クリュセードって……」

「そう、ギルの留学していた国。そして今回留学生としてやって来る第二王女は、元々ギルの婚約者候補として挙げられていた人物よ」


(やっぱり……)


 国名を聞いた瞬間に何となくそうなのではないかなと思っていたけれど、いざ言われると、なんだか胸の中にモヤモヤとしたものが広がる。

 その不安はしっかりと顔に出ていたらしく、私の表情を見たアメリアさまは微かに眉根を寄せた。それからコホンとわざとらしく咳払いをし、そのまま話を続ける。


「とはいえ、ギルは相当嫌われていたようだから、レベッカが心配することはないはず……と、本来ならわたくしからではなく当人の口から聞くべきなのだけれど。あのヘタレのことよ、どうせ誤解を生まないようにとか、レベッカを傷つけないようにとか、余計なことを考えすぎて言い出せずにいたのでしょうね。本当に情けないわねあのヘタレは」


(アメリアさま、ヘタレって二回言ったわ……)


 いや、最初の発言を含むと三回……などと若干現実逃避気味にそんなことを考えていると、不意にアメリアさまの表情がふっと和らいだ。


「……でも、本当に心配はしなくていいわ。誰が見てもギルはあなたにゾッコンだし」

「ゾ……えと……」

「ゾッコンよ、ゾッコン。もうベタ惚れ。もはやレベッカしか見えてないわよ。ギルのレベッカを見つめる視線のまぁ甘いこと。見てるこっちは糖分過多でもれなく胸焼けしそうだわ。ねぇ、キルシュ?」

『お、リアさまわかってるぅ』


 キルシュの声はアメリアさまには聞こえていないが、アメリアさまに同意したことは伝わったらしい。

 二人(正確には一人と一匹)が顔を見合わせてニヤニヤと笑っているのを視界の隅に捉えつつ、私は明け透けな物言いに真っ赤になってしまい、何も言い返せなかった。


 その後はアメリアさまから、「ギルがいかにレベッカのことが好きか」という小っ恥ずかしいことこの上ない話を延々と聞かされる羽目になり、一瞬抱いた仄かな不安は、あっという間に忘れ去ってしまったのだった。

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