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10/28書籍発売◆【web版】猫と仲良くお喋りしていたら、王子様に気に入られてしまった件  作者: 希代 海
第一章

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10 幸せということ

 その後、アメリアさまは、レオンハルト殿下とともに舞台の方へ向かわれた。

 これからレオンハルト殿下による卒業生代表の挨拶があり、その後、国王さまより直々に殿下の立太子及び結婚について発表がある。レオンハルト殿下は卒業とともに王太子となり、アメリアさまは王太子妃となるのだ。


 できればその話題で私たちのことは忘れ去ってほしいのだが、そんなことはまず間違いなく無理だろう。


「こんなに目立つのはもう懲り懲りだわ……」

「残念ながら、それは諦めてくれとしか言えない。これだけ盛大にやったからな、しばらくは有名人だろう」

「嘘でしょう……」


 ギルと二人でバルコニーに出て、ようやく一息つくことができた。

 この場には私たち以外誰もいないので、遠慮無しに淑女の仮面を外して文句を垂れていると、ギルはそんな私を笑いながら、私の髪を梳くようにして優しく撫でる。最近気づいたことだが、彼は私の髪が好きらしく、想いを通わせてからはよくこうやって触れてくるようになった。


「俺は嬉しいけどな、ようやく堂々とレベッカを婚約者だと言える」

「……別にわざわざ吹聴するようなことでもないでしょう」

「ま、それはそうだな。俺が言わなくても勝手に広まるだろうし」

「そういうことじゃ……まぁいいわ」


 気を抜けばすぐ赤くなりそうな頬を片手でパタパタと仰ぐ。あの日以降ギルの甘さが日に日に増している気がしてならないのだが、それをアメリアさまに恥ずかしながらも相談したところ、生温かい視線だけ返された。言わんとしていることは何となくわかるが、近頃は本当になんというか、すごいのだ。どうか伝わってほしい、この気持ち。


『でも、とりあえずこれで一件落着だよねぇ』

『そうだな。あとはセルヴァンのおっさんに挨拶して引越しするくらいか?』

「そうだった……まずは伯父さまにちゃんと御礼を言わないとだわ……」


 バルコニーの手摺りに並んで座ったキルシュとゼーゲンの言葉にハッと我に返り、思わず頭を抱える。


 ギルの言っていた準備、それこそが、セルヴァン伯爵家への養子縁組の打診だった。


 セルヴァン伯爵家は私の母の生家だが、私は直接関わりを持ったことは一度もなかった。というのも、私が物心つく頃には既に、伯父さまたちはご子息の療養のために他国へと旅立っていたのだ。


 レオンハルト殿下のおかげで伯父さまたちが帰国するという知らせをいち早く入手でき、父よりも先に伯父さまと会うことができた。後から聞いた話だが、やはり父も伯父さまにアポイントを取ろうとしていたらしく、殿下には本当に頭が上がらない。


 そうして初めてお会いした伯父さま、伯母さま、そして私の従兄弟にあたるエイデンさまは、とても良い人たちだった。特に母の兄にあたる伯父さまは、私のことがずっと気がかりだったらしい。経緯についてはレオンハルト殿下とギルからあらかじめ聞いていたそうで、屋敷に到着して早々に土下座する勢いで謝られ、大変肝が冷えた。


「是非、私たちの娘になって欲しい。罪滅ぼしというわけではない。私たちが、君を大切にしたいんだ」

「ずっと娘が欲しかったの。レベッカさんがいいなら、今日からでも我が家に来て欲しいくらいだわ」


 そう言って微笑みながら手を差し伸べてくれた伯父さまと伯母さまには何とかお礼を言えたけれど、涙を堪えるのに必死で、笑顔が保てていたかはわからない。膝の上で微かに両手を震わせていると、隣に座っていたギルがそっとその手を握ってくれて、とても安心したのを覚えている。


 その後、療養中であるエイデンさまのところへもご挨拶に伺った。エイデンさまは私より二つ年上で、穏やかでどこか儚げな雰囲気の好青年、といった印象だったが、何故かギルとの間には終始火花が散っていた。レオンハルト殿下によると二人は元々面識があるらしく、留学中に仲良くなったんじゃない?と意味深な笑みを浮かべていらっしゃったので、それ以上踏み込むのはやめた。また今度、ギルの機嫌がいい時に詳しく聞こうと思っている。



 そんな感じで、ギルとの正式な婚約の手続き、母の生家への引越し、その他にもやることは山積みだ。

 ただその中で少なくとも一度は父や継母と相対することになるだろうと気が重かったのだが、それに関しては、ギルいわく会いたくなければ会わなくても大丈夫らしい。どういった方法で遭遇を回避するのかはわからないが、勿論会わないに越したことはないので、そこはお言葉に甘えることにした。


「はぁ……しばらく慌ただしくなりそうね……」


 今後に思いを馳せて唸っていると、しばらくして髪を梳いていた手が遊び始めたので、やんわりと制止しつつギルを見上げる。


「……どうかした?」

「いや、今くらいは現実逃避してもいいんじゃないかと思ってな」

「そうね……確かに、そうかも」

「だろう。せっかく二人になれたんだしな」


 満面の笑みで頷き、何かを期待するようにソワソワとしているギルに、少しだけイタズラ心が芽生えた。

 にこりと微笑み、「それで?」と首を傾げて促してみれば、途端にギルは言葉に詰まり、サッと視線を逸らす。「う」とか「あ」とか、意味のない言葉を発しながら次の言葉を探す様子は、とても年上とは思えない。

 その目尻がほんのり赤く染まっていることを確認して、私は無意識に笑みを深くした。


「……ふふ、ごめんなさい」

「……あまり年上を揶揄うなと言っただろう」

「年上って言っても、一つしか変わらないじゃない。それにもし年下だったら揶揄ってもよかったの?」

「……年下でも、同い年でもダメだ」

「でしょうね。ふふ」


 困ったように頬をかくギルを見て、「本当に可愛らしい人ね」と、ついポロリと溢してしまう。

 あ、と思ったときにはもう、ギルの目は完全に据わっていた。


「……あの、ギル、ごめんなさい。ちょっと調子に乗りすぎた、というか……」

「……そうだな。レベッカが楽しそうで何よりだ」

「そ、そう……私もギルが楽しそうで、何よりよ……」


 そう言ってにっこりと笑顔を湛えながらこちらに近づくギルの目は微塵も笑っていない。むしろ笑顔なのが怖い。揶揄いすぎると大体途中で拗ねるのだが、このパターンは初めてだった。

 対応の仕方がわからず視線を彷徨わせるも、いつの間にかキルシュ達の姿もない。


(に、逃げたわね、あの子達……!)

「ところで、俺の恋人は何度言っても、自分がどれほど愛されているのか自覚してくれなくてな。いっそ徹底的に教え込んだほうがいいかもしれないと思い至ったんだが、どう思う?」

「ど、どうって……えっと……」

「まあ、ものは試しだ。幸運なことに邪魔者はもういないし、随分と長い間「待て」をくらっていたからな。そろそろ俺も限界だ」

「や、ギル、本当、悪かったわ……待って、あの、ここ外……っ」


 ジリジリと隅に追い詰められ、完全に天敵に捕捉された小動物のような構図になってしまう。


 そうして抵抗も虚しく、結局私の反論はすべて、彼の唇によって物理的に封じられてしまった。


 ファーストキスがまさかこんなムードの欠片もないものになるなんて思わず、一生根に持ってやる、なんて頭の片隅で思ったけれど。

 どんどん深くなる口付けに、そんなことを考えている余裕はすぐに無くなってしまった。


 それからしばらく好き放題され、やっと解放された後、息も絶え絶えに頭上を睨みつければ、全く反省の色が見られない二つのサファイアがとても満足気に揺れていた。



====================



 ――同時刻。

 バルコニーのカーテン裏、そこに仲良く寄り添う小さな影が、二つ。


『……(オレら)って元々あんまり気配ねぇけど、コイツら見てるとたまにめちゃくちゃ存在主張したくなるわ』

『あぁ〜……ちょっとわかるかも。今とかでしょ』

『そう。でも横槍入れるとあとでギルがうるさいからたまにしかしない』

『めんどくさいご主人さまだねぇ……まぁ、今日くらいは見守ってあげようよ』

『仕方ねぇな……ぶっちゃけそろそろ胸焼けしそうだけど』

『あは、アタシもうしてる』


 けらけらと笑い声を上げたキルシュに、ふとゼーゲンは何かを思い出したように口を噤み、すぅ、と目を細める。


『……神の使い、ねぇ』

『んん?……あ、前にギル殿下が言ってたやつ?突然どしたのさ』

『いや……誰かさんは心当たりがありそうだと思ってな』


 ぽつりと零した声を目敏く拾ったキルシュが首を捻ると、ゼーゲンは探るような、それでいて少しばかり呆れたような声で、ため息とともに言葉を吐き出した。


 一瞬、不自然に黙ったキルシュ。しかしそれは気のせいかと思うほどに刹那的な間で、真っ赤な瞳の黒猫はへらりと笑って尻尾を左右に揺らす。


『はて、何のことかな?』

『しっ……らじらしいなぁ、お前……』

『なぁに、ゼーゲンはどうでもいいんじゃなかったの?』

『ああ、どうでもいいね。だから別にこれ以上は詮索しねぇよ。めんどくさそうなニオイがプンプンしやがるしな……』


 半目になりながらぶつぶつと呟くゼーゲンを面白そうに眺めた後、不意にキルシュの赤い赤い瞳がきらりと妖しく煌めいたことに、ゼーゲンは気づかない。


『……ま、ゼーゲンの言う通り、聞こえたところで従う義理はないからねぇ』

『ん、何か言ったか?』


 ゼーゲンの問い掛けに、別にぃ、とだけ返して軽く伸びをしたキルシュは、そのまま視線をバルコニーの方へ戻す。

 そうしてしばらくの間、二匹の猫は幸せそうな主人たちを見守っていたのだった。

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