ギフテッド 暁の皇帝
「私は今、近衛隊を先頭にした長ーい隊列の真っ只中におります。沿道には10数年ぶりの賓客を一目見ようと多くの民衆がつめかけ、帝国の国家を歌っております…………あ、賓客が民衆に向かって手を振りました! それに応えんとばかりに民衆もどよめきますっ!」
「おい、シオリ。お前何やってんだ……ブツブツと」
「え、何ですか? カナタ様聞こえませんよ」
シオリはナレーションをしていた。帝国は共和国や王国とのパイプが皆無なので、国賓などは滅多に訪れないと母さんから聞いた事がある。12年くらい前に勇者様一行が帝都へ来たときの熱狂も凄かったらしい……フザケてナレーションしていても気付かないくらい、集まった民衆は騒ぎ立てている。
その後も凱旋パレードのようなお祭り騒ぎは馬車が城内に入るまで続いた…………。
城内に入ったシオリ達は馬車を降りると偉そうな人の挨拶を受ける。そして……城のとある部屋に通された。
「あーあ、疲れました。カナタ様、私達これからどうなるんですか?」
「そうだな……2人とも聞いてくれ。恐らく皇帝に謁見しないとならん。それと歓迎の晩餐会は……行われるだろうな。その為のドレスは帝国が用意するだろうから、それを着て参加すればいい。滞在は最低でも1週間、長くても1ヶ月くらいでランドベルグを出たいところだが…………」
「カナタ様、私は従者ですから謁見とか晩餐会とかは出なくていいですよね? まあ……ランドベルクでは色々とありまして……」
「残念だが……従者のお前も晩餐会には出てもらう。皇帝への謁見はここで待機しておっても構わぬが……そしてシオリ、あなたは私と行動を共にせよ、よいな」
皇帝との謁見に歓迎の晩餐会……シオリは一気に気が重くなった。
「カナタ様、シオリ様、皇帝陛下がお待ちです。こちらへ…………」
到着したその日の午後であった。黒いタキシードを着た執事風の老人が部屋にやってきた。
「分かった。シオリ、行くぞ」
「カナタ様……こんな格好で行くのですか?」
「準備する間も与えずに呼び出されたのだ。仕方なかろ…………うん、変な臭いはせぬな(笑)」
カナタ様はボロのマントの臭いを嗅ぎながら笑った。魔法が使える女性は自身や身に付けているものに浄化魔法をかける。シオリも神父さまから教わっているので、よく使っているが……カナタ様が身に付けているものはとにかくボロボロで、臭ってきそうである。
「シオリは心配することはない。謁見は堂々としていれば侮られる事などあるまい。それに皇帝は……私より弱い(笑)」
どこまでも豪快な方である。カナタとシオリは待機していた部屋を出て謁見の間に向かった。
「カナタ様、皇帝陛下に謁見の際の礼儀などはどうすれば良いのでしょうか……教会みたいに跪けばいいですか?」
人の背の3倍の高さはあろうかという大回廊を通りながらシオリはカナタ様に質問した。綺羅びやかな柱が立ち並び、その柱と柱の間の窓は大きくガラスはミルックスの教会に似たステンドグラスは張り巡らされている。
「そうだな、一応の礼をすれば良い。父や母におやすみなさい言う時みたいに……」
極めて適当な回答……カナタ様と話せば話す程、不安が増大するばかりである……皇帝の噂はミルックの市場でも色々聞いたことがある、若く英邁で決断力に優れていて、民には笑顔で接し、帝国に仇なす者には容赦がない……民衆からの支持は高い。
カナタ様との話で不安は増すばかりたが、突き当たりに大きな扉が見える。きっと扉の向こうが謁見の間になっているのだろう……とうとう到着してしまったのである。
「ではこちらでございます。扉を開けよ!」
大きな扉の前には衛兵がいて、扉を開ける。謁見の間は広い空間であった。カナタ様はボロボロの襟を正して中に入る。その空間の奥は少し高くなっていて、大きな椅子が置いてある……恐らくあの椅子は皇帝専用の椅子なのであろう。入り口から皇帝の椅子までの空間に、たくさんの人々が左右に控えていて、ちょうど道のようになっている。偉そうな方ばかりが並んでいる……きっと貴族や大臣などの特権階級の人々なのであろう……シオリは流石に尻込みをした。
「シオリ、何をしている、入るぞ」
「……はい」
シオリはカナタ様に声をかけられ正気に戻った。そして少しずつ歩を進める。
謁見の間に入ると……周囲からヒソヒソと声が聞こえる。いや、ヒソヒソではない、ワザと聞こえるように話しているようである。
「ナニ、あの小汚いオンナ、それにあの子、奴隷(笑) 貧相ねぇ」
「まさにここまで臭ってきそうだな(笑) しかし陛下の気まぐれも……誰か諌めてほしいものじゃ(笑)」
シオリは恥ずかしくなった。逃げ出したい気分……ふとカナタ様をみた。
「!!!」
カナタ様は批判の声も気にせず堂々としている。凄い風格、そして威厳……圧倒的なこの存在感、分からず野次を飛ばしている事がシオリは逆に滑稽に感じた。
皇帝陛下が来るまでの間も跪いている2人に心無い野次が飛ぶ。だが、カナタ様はお構いない。少しすると大きな声が聞こえた。
「静まれ! 皇帝陛下のご出座である。頭を垂れよ」
野次を飛ばしていた者も静かになった。そして……皇帝陛下が謁見の間に入ってのであろう……周囲のお偉いさんが跪く音が聞こえた。少しすると……
「皆のもの面をあげよ」
シオリはそっと皇帝陛下をみた……例の玉座に鎮座している。そして、何故かカナタ様は皇帝陛下を見るとビクッと反応をしていた〜珍しく、動揺しているようで、その動揺は隣に居るだけでもヒシヒシと感じられる。
「よくぞ参られた。カイゼルから話は聞いておる、まずは非礼を詫びよう、こちらの落ち度である、許して欲しい」
「いえ、仕方のない事で御座いますので……それより本日は謁見の誉れに與り誠に光栄で御座います」
「いや…………あの…………カナタ様、お久しぶりですね」
やはり……カナタ様の知り合いであったのか。先ほどからカナタ様の落ち着かない様子がうかがえる。
「ご無沙汰しておりました、陛下。謁見も済んだことですし、私はこれで……」
カナタ様はそう言うと立ち上がりその場を去ろうとした、が…………
「貴様! 何を無礼なことを!」「ふざけるな!」
周囲の偉そうな人々から罵声が浴びせられた。
「静まれ! 私の大切な客人である。暴言は許さん……カナタ様、退出される前に隣のご令嬢をご紹介していただけないでしょうか?」
シオリは笑ってしまった……自分がご令嬢? 至ってシンプルな割烹着なのに? 皇帝陛下はなかなかジョークがお好きなようだ。
「この子はシオリ・フォン・イリーエと申します。カイゼルからの報告もあったと思いますが、ノールダム女学園に入学させる為に護衛をしております」
「そうか、ではカナタ様の弟子 ということだな」
「は? とんでもない! 私はシオリの護衛であります。シオリが成人すれば私の主となることでしょう」
カナタ様が変なことを口走っている。私が主? カナタ様はシオリを隠れ蓑にしようとしているのであろう……カナタ様らしい。
「そうか」
皇帝陛下は玉座から降りてカナタ様とシオリの前に来てしゃがみこんだ。
「シオリ嬢……左手を見せてくれぬか(笑)」
その時マジマジと皇帝陛下を見た。金髪が靡いて優しい目をしている。話す言葉が甘く……トコトンイケメンで眩しい。
シオリはそっと手を差し出した。その手に皇帝陛下の手が重なる……初めてシオリは異性を意識した。
「…………なるほど…………カナタ様、数日後に歓迎の晩餐を開催したいのですが……お2人にピッタリのドレスを贈るのでどうか出席してほしいが如何でしょう?」
「分かりました」
こうして皇帝陛下との謁見は終わった、が、晩餐会に参加することになってしまった。シオリは相変わらず不安で一杯にっていた。