不機嫌な鳩
「お姉さまあれを見て。不機嫌な鳩が豆鉄砲を構えているわ」
「ふふっ。お姉さまったら、おかしなことを言うのね。鳩は豆鉄砲を食らう側だとお姉さまが教えてくれたのよ」
「ええ、お姉さま。きっと彼も彼自身に銃口を向けているのよ」
「それは素晴らしいわ。鳩という存在は常に豆鉄砲の銃弾の軌跡の上にいる存在だもの」
「そうね、お姉さま。けれど彼はその事実に不満を抱えているのかもしれないわ。完全な世界で息絶える蛙みたいに。運命に翻弄される必要なんてないのに」
「きっと気づいてないだけなのよ。きっと気づいてないだけなのよ。気付けばきっと彼も幸せになれるはずよ。ねえ、お姉さま」
「ええ。けれど、厳めしい顔で豆鉄砲を構え続けている彼は、その事実に気付かないわ。そしていつの間にか、彼は鳩ではなくなってしまって、残るのは不機嫌な心と豆鉄砲と鳩ではない何か」
「哀れな存在ね。でも、そんな哀れな存在こそが愛おしいわ」
「私もよ、お姉さま。時計は左に回れない。だからこそ、この世は美しいの」
「きっと彼も右回りの時計を見ればそれが理解できるはずね」
「ええ、お姉さま。見られればの話だけれど」
「そうね。私も目が見えないものだから、すっかり忘れていたわ」
「ふふっ。さあ、私たちも帰りましょ、お姉さま」
「ええ、お姉さま。二人だけの家へ」