空を往く舟
「お姉さまあれを見て。舟が空を進んでいるわ」
「それは飛行船というのではなくて? 昔、模型を触ったことがあるわ」
「いいえ。渡り人たちの遺伝子に深く刻まれた形をしてる。陸に焦がれて、呪われてしまったのかしら」
「お姉さまの言い回しは時として毒を孕んでいるわね。でも耳を澄ますと確かに聞こえてくるわ。舟乗りの悲しい叫びが」
「お姉さまには悲しい声が聞こえているのね。私には彼の人が喜んでいるように見えるわ」
「どうして、お姉さま。理論的に考えれば、悲しんでいるはずよ」
「理論は意味しか持ちえないの。ああ、素晴らしい。今まで私が見たことないような喜びを、彼の人は体いっぱいに表現しているわ。このままいつまでもいつまでも空をこぎ続けて、そして死んでいくの。なんて素敵な未来なのかしら」
「不思議なものね。お姉さまの言葉を聞くと、悲しみの裏に喜びを感じるわ」
「ええお姉さま。希い、夢にまで見たんですもの。その過程はどこまでも慈しまれるもので、結果はその足元にも及びませんもの」
「本当。櫂が空を切る音も、船がきしむ音も、逆流する風の音も、すべてがすべて、夢のような時間を共有しているわ」
「ほら、もう見えなくなるくらい遠くへと行ってしまったわ」
「彼の人の夢が永久であればいいのに。でもそれは幸せではない。だったらいっそのこと、すぐに覚めてしまえばいいのに」
「そうねお姉さま」
「さあ、私たちも帰りましょ、お姉さま」
「ええ、お姉さま。二人だけの家へ」