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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

竜化世界の冒険者〜天使と悪魔と死霊を添えて〜

作者: 天眼鏡

どうも、天眼鏡あまめみらです!


初! 短編挑戦です!


一作目、二作目に続いて百合です!

百合しか書けないんです!!


どうぞ、よろしくお願いします!

 ──……ここは、どこでもない世界。


 善なる者の魂のみが足を踏み入れる事を許されるという、神々の住まう〝天界〟でも。


 悪しき者の魂が尋常ならざる恐怖や苦痛とともに堕つという、死霊蠢く〝冥界〟でも。


 悪魔と契りを結んだ者の魂が引き摺り込まれるという、欲望渦巻く〝魔界〟でもなく。


 ましてや、それら3つの世界を総称して呼ばれる〝三界〟が存在して初めて成立する人間たちの住まう世界、〝地上界〟でもない。


 ただ白く、どこまでも白しかない世界。


 その中心には、1つの真っ白な円卓と。


 白・黒・赤の3色の椅子が3つあるだけ。


 この何もない真っ白な世界へ介入できるのは、先述した三界の支配者たちのみである。


 数億年前、天界の支配者が創造したというこの世界で今日も、それぞれの世界の支配者たちは様々な議題を持ち寄って、合議する。


 今日、最初に提言された議題──……というより、もう500年近くも()()()()()()()()についての合議を延々とし続けていた三界の支配者たちの中で、最初に発言したのは。


『──だから!! ()()()は俺様に寄越せっつってんだろうが!! 俺様の魔界によォ!!』


『……』


『はぁ……』


 育ちも行儀も悪いとしか言えない態度で以って、その細い両足を円卓の上に乗せたまま椅子に座って叫ぶ少年の姿に、そんな少年以外の支配者たちは呆れ返った様子を見せる。


 少年──とは言うが、その容姿は決して普通の人間のそれとは異なり、まるで山羊のようにねじ曲がった一対の真紅の角、禍々しさを嫌でも感じさせる一対の赤黒いの羽、貴族が如き高貴さこそあれどボロボロな燕尾服。


 他の2つの椅子に座す支配者たちが高齢に見える為、浮いているように感じなくもないが──……何を隠そう、この美少年こそが。



     ──【悪魔皇帝グランカイザー】──


     ──〝レフィクル〟──



 欲深き悪魔の巣窟、魔界を創世記から統治し続けている絶対的な支配者であり、その少外見も『不老であれど不死ではあらず』という悪魔の性質によって輪廻転生を繰り返してきた結果、今は少年の姿だというだけ──。


 人間換算ならば、それこそ数億歳なのだ。


『……もうちっと声量を抑えられんのか? お前さんの声はただでさえ耳障りなのじゃぞ』


『あぁ!? んだと髑髏婆どくろばばぁ!!』


わしが髑髏婆ならお前さんは蝙蝠小僧こうもりこぞうじゃ』


『ガキ扱いしてんじゃねぇぞコラァ!!』


 そんな魔界の支配者を相手に臆する様子もなければ渋面を隠す様子もなく、『ふぅ』と煙管を片手に紫煙を燻らせる美形の老婆は少年の怒号にも真顔で更なる煽りで返すだけ。


 老婆にしてはシワの少ないその顔の右半分を、レフィクルが口にした蔑称が示す通りの髑髏の仮面で隠し、まるで魔女か何かのような黒い外套を羽織る、その老婆の名は──。



      ── 【不死王ノーライフキング】──


     ──〝ペルセポナ〟──



 四六時中、怨嗟の声が響き続ける冥界における唯一無二の支配者であり、『不死ではあれど不老ではあらず』という悪魔とは正反対の性質により老いこそすれど、その力は決して衰える事なく今もなお成長し続けている。


 彼女が君臨している以上、悪しき者の魂しか集まらぬ筈の冥界に反乱など起き得ない。


()()使()の新参者なのじゃから小僧呼ばわりが妥当じゃろう? そも、お前さんになんぞ()()()は任せられんし儂が預かってやるわい』


『ふざけんな!! アイツは()()()()()()()()俺様の側近にするんだよ! ばばあんとこに預けたら死霊か何かにされちまうじゃねぇか!!』


『そうじゃとも。 それの何が悪い? お前さんに預けるより遥かにマシじゃと思うがのう』


 そんな真逆の性質を持つ2柱の支配者たちは、どうやら性格や考え方すらも真逆であるらしく、レフィクルは『アイツ』とやらを悪魔に、ペルセポナは『あの娘』とやらを死霊に変えて傍に置きたいと考えているようだ。


 ……アイツだの娘だの呼ばれている人間だろう何某かには、とんだとばっちりである。


 そして、こんなやりとりをもう500年近くも繰り返している2柱の行き着く結論は。


『チッ、やっぱ埒が明かねぇな……!!』


死合しあうか? それも一興じゃが──』


 結局のところ己が力で意志を通す事だけであり、レフィクルが6つの銃口を持つ禍々しい拳銃を携え、ペルセポナが巨大な〝竜〟の骸骨を出現させた──……まさに、その時。


『──そこまでだ』


『『!』』


 そんな2柱を一声かけるだけで押し留めてみせたのは、ここまでの流れで一言も発していなかった高貴な立ち居振る舞いの老紳士。


 彼の声が届いたその瞬間、2柱がそれぞれ出現させていた筈の〝武器〟は掻き消える。


 いかにも厳格な表情を浮かべ、いかにも上に立つ者としての覇気を感じさせるその老爺はこの中で最も長い刻を生きる存在だった。



     ──【唯一至上神スプリームゴッド】──


     ──〝サウザード〟──



 言うまでもなく天界における唯一至上の支配者であり、そもそも三界や地上界を創造してみせたのも、かつては天使であったレフィクルや、かつては一介の死霊であったペルセポナを支配者として据えたのも、この老爺。


 彼がいなければ、何も始まらなかった。


『──なぁ、やっぱ決着ケリつかねぇよ。 もう500年も同じ議題で話し合ったり殺し合ったりしてんだぞ? いい加減、飽きたぜ俺はよ』


『それもそうじゃの。 して、どうする?』


『……ふむ。 では──』


 しかし、そんな至上神が相手でも2柱は全く態度を変えず、それどころか文句までつけ出す始末であり、そろそろ500年に亘る合議に終止符を打つべきだと曰う2柱に──。


『──……〝代理戦争〟、はどうだ?』


『『!』』


 天界の創造から始まり、冥界や魔界が創造されて早数億年、今までにも行われた事のある代理戦争という言葉を用いて問いかけた事で、それがあったかと2柱は顔を見合わせ。


『それぞれが治める世界のNo.2を連れて来い。 その3柱を地上界を舞台に競わせる』


『へぇ? 面白そうじゃねぇかよ』


『勝った者が属する世界が、あの娘の所有権を得るという事じゃな? まぁ悪くはないの』


 互いに頷き合う隙すら与えず、サウザードは自分たちの支配下にあるNo.2──つまりは、それぞれの世界において自分たちを除く最も優れた存在同士に戦わせると告げる。


 これまでの代理戦争は概ね互いが抱える兵力の全てを用いる大規模なものだったが、それも地上界が舞台となっては流石に狭すぎる為、天使・悪魔・死霊の3柱だけで競ってもらうというのは2柱にとっても妙案だった。


『では、ここに──代理戦争の開幕を宣言する。 舞台は地上界、期限はなし。 よいな』


『おぉよ! 愉しくなってきやがったぜ!』


『さて、素直に応じてくれればよいが……』


 そして反対意見がない事を確認したサウザードの開戦を告げる言葉を皮切りに、レフィクルもペルセポナもそれぞれの世界へ帰還。


 それぞれのNo.2に知らせる為に──。











 ちなみに、この支配者たちによる合議は。


 実に、100年も前に行われたもの。


 この物語の主人公にして一介の人間でしかない──〝ユーリシア〟が産まれてくる前。


 全ての生命についての情報が記録されるという、〝原初目録アカシックレコード〟に『100年後に誕生する』という情報のみ記されている状態の話。


 ……何故、単なる一介の人間風情の所有権に三界の支配者たちが絡んでくるのだろう。


 ……何故、代理とはいえ世界間での戦争を起こしてまで『あの娘』を欲するのだろう。


 その答えを、ユーリシアが知るのは──。


 今より、115年後の事である。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ──ここは〝地上界〟。


 またの名を──〝竜化世界〟。


 この世界で〝魔力〟による文明を築いている〝人間〟以外の全ての生物に、〝竜〟の身体的特徴──角・牙・鱗・爪・翼・尻尾といった部位が、派生元となる本来の生物の特徴を押し退けて、当然のように発現する世界。


 それらは〝竜化生物りゅうかせいぶつ〟と呼ばれており。


 他の世界では犬や猫に相当する生物も、この世界では【鳴犬竜めいけんりゅう】や【鈴猫竜れいびょうりゅう】などの二つ名で称され、〝EXP(経験値)〟を取得する事によって上昇する〝Lv(レベル)〟が低く大人しい個体はペットとして飼育される事も少なくない。


 ……が、それでも竜は竜。


 犬や猫とはいっても、Lvレベルが上がれば上がるほど姿は()()()()()である竜に近くなり。


 その爪は人間の柔肌など容易に斬り裂き。


 その角は頑丈な岩や鉄にさえ突き刺さる。


 加えて竜化生物は等しく、〝息吹ブレス〟と呼ばれる線状や球状の魔力を吐き出す事ができ。


 先述したペットには、その爪や角を削ったり、その首に息吹ブレスを封じる首輪を嵌めたりという方法での対処で飼育を可能としている。


 ただ──……これが熊や狼、鮫や蜂などの危険生物となると、ペットにするどころか派生元よりも更に大きな人的被害を及ぼす災害級の危険生物と化す可能性があるのも事実。


 それらの対処は、3年の養成期間を経る事で就職できる〝冒険者〟たちの集う〝冒険者組合(ギルド)〟に〝クエスト〟という形で依頼され。


 依頼の達成度や遂行速度、組合への貢献度や冒険者ごとの実力や人格などなどを考慮して、F〜Sまでのランクで区分されるのだ。


 そして今、〝トータス〟という名の小さな町に設立された冒険者組合(ギルド)の酒場にて──。


「──……パーティを、抜けてほしい?」


「えぇ、そうよ。 〝ユーリ〟」


 とある冒険者パーティに属する4人のうちの1人、銀髪ポニテの中性的な美女、〝ユーリシア〟に向けて放たれたのは突然の──。


 ──……離脱宣告。


 旅人と狩人を足して2で割ったような身軽かつ手入れの行き届いた防具を身につけるとともに、どういうわけか首に巻いた赤いスカーフだけ年季が入っているという歪な装備。


 そして、それらを見事に着こなす何とも美麗で中性的な顔立ちと、ほど良くしなやかな筋肉のつく細身な身体が彼女の特徴である。


 それまでは、いかにも冒険者組合(ギルド)に併設の酒場らしく賑やかだった客たちも、しんと静まり返って4人の話を聞く体勢に移行した。


 ……他のパーティなら、こうはならない。


 その4人が所属するパーティが、この国はおろかこの世界において最も短い期間で冒険者における最高峰であるSランクに到達し。


 おまけに、リーダーであるユーリシアに至っては最も短い期間で()()()()Sランク到達という偉業続きのパーティだったから──。


「……一応このパーティ──〝虹の橋(ビフレスト)〟のリーダーは私なんだけど、理由を聞いても?」


 そんな4人が所属するパーティ、虹の橋(ビフレスト)のリーダーであるユーリシアの許可なく、あろう事か彼女自身を離脱させるという、よく考えなくとも意味不明な申し出に疑問を抱いた彼女が目の前の赤髪ツインテの少女に問う。


 その少女の名は──……〝カレン〟。


 18歳という年齢や性別が女性である事を考えると、かなりの長身を誇るユーリシアに比べると小さな身体でも全く臆する事なく。


「……色々よ、色々。 察しなさいよね」


「えぇ……?」


 そう言って、すでに若干赤らんでいる頬に構う事もなく手元のワイングラスを傾ける。


 そんな彼女の装備は世辞にも〝DEF(物理防御力)〟が高いようには見えず、ユーリシアより更に身軽さを追求したと見える薄手の防具の下に金物の帷子を装備するという形となっていた。


「察しろ、って……君たちも同じ意見って事でいいのかい? 〝クリス〟、〝ソフィー〟」


 おそらく彼女に聞いても平行線なのだろう事を察したユーリシアが、カレン以外の2人のメンバー、クリスと呼ばれた長い金髪の美女と、ソフィーと呼ばれた短い青髪の少女にも、カレンと同意見なのかと問うたところ。


「……少なくとも、私はそうだ。 お前が嫌いなわけではないが、お前とともにいると私は強くなれない──()()()()()()()()()()な」


「……君も充分、強いと思うけどね」


 ユーリシアより僅かに背が高く、おまけに体格も良い金髪で鎧姿の美女──クリスは無表情のまま、ユーリシアの問いに肯定の意を示しつつも、カレンとは違う答えを告げる。


 どうやら彼女の目的は、ただひたすらに強くなる事であるらしく、そんな彼女よりも遥かに冒険者として優秀なユーリシアと同じパーティに属していると、そちらにEXP(経験値)がより多く分配されてしまう兼ね合いで、ユーリシアとは別行動を取りたいのだと口にした。


 ……尤も、クリスだって同じSランクなのだし、クリスが自分で言うほど大きな差はないのでは──とユーリシアは思っていたが。


「わ、私は、その……いつまでも、ユーリに頼ってばかりじゃ駄目だと思ったから……」


 また、そんなクリスの隣で大人しく座っていた1番背が低く線も細く、白と空色が基調の外套と三角帽子を身につけた美少女──ソフィーは、いかにもな囁きボイスで答える。


 いくら〝後衛〟だからといって、いつまでもユーリシアの陰に隠れていては冒険者としても1人の人間としても成長できないから。


 とでも言いたいのだろうとは分かったが。


「パーティなんだから頼っていいんだよ?」


「え、あ……そ、そうかな……?」


「ソフィー!!」


「っ、ご、ごめん……」


 そもそも自分たちは同じパーティのメンバーなのだから、『頼る』というのは何もおかしい事じゃない筈だと優しく告げたものの。


 それで納得しかけたソフィーを、カレンが大きな声で遮った事で謝罪の言葉が優先されてしまい、また振り出しに戻ってしまった。


 ただ、カレンの『察しろ』という荒唐無稽な言い分を除き、クリスとソフィーの言い分自体は割と真っ当なものであると感じた為。


「……まぁ、カレンはともかく2人の言い分は理解したよ。 ただ、これは私たちが()()()()()()()()()()じゃない。 それは分かる?」


「……分かってるわよ、それくらい」


 カレンはともかくという当てつけのような言い回しをしつつ、そもそもSランクパーティからリーダーを離脱させるという実質的な解散宣言なんて、こちらで勝手に判断していい事ではないと正論を投げかけるユーリシアに、カレンは不貞腐れたように鼻を鳴らす。


 事実、Sランク冒険者には──その冒険者が初めて登録をした組合ギルドの〝組合長ギルドマスター〟と、その国に属する全ての組合ギルドを統括する立場にある〝組合総帥グランドマスター〟、そして何より国を治める当代の国王陛下の許可がなければ成り得ない。


 Sランクパーティの場合も右に同じ。


 ましてや彼女たちは500年続く冒険者の歴史上最短でSランクに昇格という偉業を成し遂げており、そう簡単に組合長ギルドマスターや国が許すとは思えないというのがユーリシアの認識。


 カレンもそれは分かっているようだ。


「じゃあ、まずは話し合おうよ。 だって私たち、パーティだし()()()()()()()んだから」


「……か、カレン、やっぱり──ひっ!?」


 分かっているなら、なおさらパーティメンバーとして──……また、同じ〝孤児院〟で育った幼馴染として話し合いたいと本音で語っているように見えるユーリシアに、ソフィーがまたしても絆されかけていた、その時。


 我慢の限界だったのか、『ばんっ』と酒場の端から端まで届く大きな音を立ててテーブルを叩き、立ち上がったカレンが口を開く。


「っ! 何がパーティよ、何が幼馴染よ! あたしたちとあんたじゃ()()()()()()()()()が違いすぎるの! 毎日毎日〝迷宮〟攻略に付き合わされて……っ! もうウンザリなのよ──」


 それが本音かどうかはともかく、カレンの口から語られたのは先述した竜化生物たちの巣窟たる迷宮と呼ばれる場所の、パーティ単位での攻略頻度が高すぎるという主張──。


 確かに、ユーリシアにはユーリシアの()がある為、殆ど毎日のように迷宮へ挑み、そして踏破してきたというのは紛れもない事実。


 迷宮に潜む個体は地上に生きる個体よりも平均Lv(レベル)が高く、それでいて体躯も大きく非常に手強いときており、カレンがうんざりしてしまうというのも頷けない話ではないが。


 それでも、リーダーとして必要な休息はパーティ単位で与えていたし、そもそも自分の一存ではどうにも──と改めて伝えようと。


 した、その時だった──。


「──随分と騒がしいじゃねぇか、えぇ?」


「っ、貴方は──」


 突如、虹の橋(ビフレスト)の会話に割り込んできた低音の男声に勢いよく──ユーリシアとクリスはゆっくりと──振り向いた先に立っていたのは、いかにも頑強かつ筋肉質な背の高い男。


 トータスの町の冒険者組合(ギルド)組合長ギルドマスター


 ユーリシアたちと並ぶSランク冒険者。


 冒険者なら誰もが羨む2つの頂きに到達した、その巨体を隠しもしない壮年の男性は。


「ここは俺の組合ギルドだぜ? いくら虹の橋(お前ら)でも妙な騒ぎを起こすと、ただじゃあおかねぇぞ」



     ──【超肉体言語マッスルランゲージ】──


     ──〝ウォーガン〟──



 接近戦最強と謳われる男のお出ましだ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「「「──……っ」」」


 この組合ギルド組合長ギルドマスターであり、ユーリシアたちと肩を並べる現役のSランク冒険者でもあるウォーガンの登場に、ざわざわしていた酒場は数人の息を呑む音を最後に静寂が訪れる。


 ここにいる誰よりも冒険者歴が長く、それでいて誰よりも近接戦闘の腕で優れる彼の威圧感は、ただ歩いているだけでも凄まじく。


「「……」」


 ユーリシアとクリスには劣るが、それでも次点のAランク冒険者であるカレンとソフィーでさえ緊張のあまり沈黙を貫く中にあり。


「やぁ、ウォーガンさん。 元気そうだね」


「「「……っ!?」」」


 当のユーリシアはといえば、まるで何事もなかったかのように彼に挨拶をしてみせた。


 同じSランクとはいえ、ユーリシアよりも遥かに冒険者歴の長いウォーガンに対して。


 ……敬称こそあれ、タメ口で。


 しかし、より一層の緊迫感に包まれる酒場の雰囲気とは裏腹に、ウォーガンはさも毒気でも抜かれたかの如き溜息をこぼしてから。


「見た目ほど元気でもねぇけどな。 お前らが馬鹿みてぇな話してるせいで──……なぁ」


「な、何よ?」


 いかにも厄介者を見る目でユーリシアを含む虹の橋(ビフレスト)全員を視界に収めつつ、おそらく発端なのだろう赤髪の少女に照準を定めたウォーガンの声に、カレンが返事をしたところ。


「大体の事は受付嬢あいつらから聞いた。 で、お前らは本気でユーリシアの離脱なんざ通ると思ってんのか? こいつがリーダーだってのによ」


「そ、それは……っ」


 何でも、ウォーガンは少し離れた位置にいる組合の受付嬢たちから一連の流れこそ聞きはしたが、そのうえでなお何を言っているのか分からなかったと皮肉めいた科白を吐き。


 本当に何を言っているのかを分からなかったわけではなく、『お前たちが言っているのは餓鬼の我儘以下だ』という嘲りの感情を伴った皮肉だと理解したカレンが俯く一方で。


「ったく、カレンやソフィー(こいつら)はともかく何でクリスまでそんな馬鹿な提案しやがった? お前もユーリシアと同じSランクだろうがよ」


「……だからこそだ」


「何だと?」


 かたや素直さの欠片もなく、かたや引っ込み思案という精神的に未熟な2人はともかくとして、どうして肉体的にも精神的にも大人なクリスまでもが2人に加担したのか──?


 という抱いて当然の疑問を投げかけてきた彼に、クリスは動じる事もなく『そんな自分だからこそだ』と先程も語った理由を話す。


 正確には討伐時点でのLv(レベル)や、それぞれが敵と定めた相手の〝HP(体力)〟に与えたダメージを基にEXP(経験値)は分配される事になるのだが。


 リーダーであり、4人の中で最も優れた冒険者でもあるユーリシアがいる以上、分配されるEXP(経験値)がユーリシアのそれを上回る事がないからだというのは彼にも理解はできた。


 だったら、お前が離脱して1人で活動すりゃいいだろ──と言いかけた彼に先駆けて。


「私が離脱してもいいが、〝聖騎士パラディン〟の私は単独での活動に不向きだ。 だから、ユーリに離脱してもらいたい──私の理由はそれだ」


「……筋は通ってやがるな」


 クリス自身の〝職業ジョブ〟が、〝聖騎士パラディン〟という〝SPD(敏捷性)〟を捨てる代わりにHP(体力)DEF(物理防御力)に特化した守備的な役割を担う前衛職である以上、場合によっては長距離を走る事もある冒険者稼業を単独ではこなせないと語った。


 そもそも職業ジョブとは全部で22あり、そのうち7つは登録時から就ける〝基本職〟と呼ばれ、後の15は〝合成職〟と呼ばれている。


 聖騎士パラディンは、〝戦士ウォリアー〟と〝僧侶プリースト〟なる基本職のLv(レベル)を決められた数値まで上げる事で初めて解禁される合成職であり、クリスの言う通り単独で活動する類の職業ジョブでないのは事実。


 ……尤も、クリスは紛れもないSランク。


 そして、Lv(レベル)92の聖騎士パラディンでもある。


 正直、単独でもLv(レベル)100──上限に到達した竜化生物と互角以上に渡り合えるくらいの力はある為、問題はない気もするのだが。


「で、お前ら2人がこいつより筋の通った理由を並べられるとは思えねぇし……はあぁ」


 とはいえ理由に筋が通っているようには聞こえるし、クリス以外の2人に理由を聞いたところでクリス以上に筋が通った理由を聞けるとも思えず、ウォーガンは溜息をついて。


「──()()()()()? ユーリシア」


「……うん。 もう、いいんだ」


「「「……?」」」


 おそらく、この2人同士にしか意図の分からない何らかの問答をし、それに対して3人が疑問を抱き眉を顰めるのにも構う事なく。


「……よし、じゃあこうするか。 これから俺が提示する条件を吞めば、お前らの馬鹿げた話を()()許可してやってもいい。 どうだ?」


「……本当でしょうね?」


「あぁ、嘘はつかねぇよ」


 正当性を認めたわけではないが、ここで今から提示する条件さえ呑むのならば他はともかく自分は許可を出してやると告げてきた彼を疑うカレンに、ウォーガンは然りと頷く。


「じゃあ、いいわ。 2人もいいわよね?」


「……あぁ」


「う、うん……」


「よし、そんじゃあ──」


 それなら──と言わんばかりに満足げに了承したカレンが、そのまま残りの2人にも確認を取り、それを見ていたウォーガンは何かを決意したように立ち上がりつつ息を吸い。


 ──そして。


「──よく聞け野郎どもぉ!!」


「「!?」」


「うおっ!?」


「な、何だ何だ!?」


 元々、虹の橋(ビフレスト)の進退に注目しっぱなしだった冒険者たちの目を更に集める旨のウォーガンの叫びに、カレンとソフィーが驚く中で。


「明日の正午! 冒険者組合(ギルド)の修練場で、3対1の〝鏡試合ミラーマッチ〟を行う! 当然、戦うのはここにいる虹の橋(ビフレスト)の4人だ! 観覧は自由! 史上最短でSランクに到達したパーティの最期おわりを今ここにいねぇ同業者やつらにも教えてやれ!!!」


「……は、はぁっ!?」


「「「鏡試合ミラーマッチ……!?」」」


 ウォーガンが酒場に居合わせた全ての者に伝えたのは、ユーリシアをリーダーとした4人組のSランク冒険者パーティ、虹の橋のメンバー全員による3対1の──〝鏡試合ミラーマッチ〟。


 同じ職業ジョブと武器を持ち、さも鏡のように向かい合って戦う事で互いに研鑽を積む目的で行われるその試合を、まさかSランクパーティ崩壊の瞬間を見世物にする為に行うとは思いもよらず、カレンや冒険者たちが驚く中。


「……物好きな事だ」


「うぅ、嫌な予感が的中しちゃったよ……」


「相変わらずだなぁ、ウォーガンさんは」


 他の3人は、これといって大仰な反応を見せる事なく、ただ成り行きを見守っていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ここで1つ、鏡試合ミラーマッチの性質を語ろう──。


 鏡試合ミラーマッチとは先述した通り同じ職業ジョブに就いて同じ武器を持った冒険者同士が、まさしく鏡合わせのように向かい合って戦う修練方法。


 同じ職業ジョブ、同じ武器──……そして。


 ()()()()で戦う事も前提となっている。


 つまり何が言いたいのかというと、そもそも鏡試合ミラーマッチは3対1では成立しないのである。


 何しろ、1人の冒険者が同時に就く事のできる職業ジョブは1つまでだし、また武器に関しても防具である〝(シールド)〟や武器を装備しない事で適用される〝(ゼロ)〟を含めた12の中から、1つの職業につき3つの武器しか登録できず。


 それらを変更する為には、わざわざ冒険者組合(ギルド)の受付に『職業ジョブを変更します』、『武器を再登録します』と届け出てから、1つの町に必ず1つは存在する〝転職の神殿(リワーク・シュライン)〟に身を置く〝神官〟に神への祈りを捧げてもらう。


 そうする事でしか職業も武器も変更はできず、もちろん冒険の最中での変更は不可能。


 ──そう、()()()不可能なのだが。


 このパーティ──虹の橋(ビフレスト)に限って言えば3対1でも鏡試合ミラーマッチが成立してしまうのである。


 もう少し正確に言うのであれば、ユーリシアが『1』側の場合のみ成立するのである。


 それは一体、何故なのか──。


 その答えは、ユーリシアの職業ジョブにあった。












 ──〝転職士リワーカー〟。


 特定の2つを組み合わせる事で15コの合成職が解禁される7つの基本職のうち、ただ1つだけ派生先が存在しない例外中の例外。


 選択できるのも最初の冒険者登録時のみ。


 この職業ジョブに就いた冒険者は、わざわざ組合に届け出る必要も、そして転職の神殿に赴く必要もなく自由に職業ジョブと武器を変更できる。


 実質、冒険の最中でも全ての職業ジョブと武器を自由に扱う事のできる唯一の職業ジョブなのだが。


 転職士リワーカーには、致命的な欠点が存在する。


 それは、あらゆる職業ジョブや武器を神々への祈りもなく扱える事の代償か、どの職業ジョブに就いた場合でも能力値ステータスが半減し、また全ての職業ジョブや武器に5つずつ存在する〝技能スキル〟に関しても効力や範囲が狭まり、その癖〝MP(魔力)〟だけは倍近く要するようになる、という三重苦。


 ある程度、冒険者歴の長い者や養成所を卒業している者ならば誰もがその欠点を知っている為、彼らはSランクとはいえ転職士リワーカーが3対1を強いられる事に驚いていたのである。


「ちょ、ちょっと待ちなさい! 野次馬ありで3対1の鏡試合ミラーマッチなんて、そんな勝手な──」


 そして、そんな外野以外で1番驚いていたと言っても過言ではないカレンは、ウォーガンからのせっかくの提案を納得がいかないと言わんばかりに無碍にしようとしたのだが。


「──あ、ぐっ!?」


 その反論は、ウォーガンの大きな右手による脳天締め(アイアンクロー)を食らった事で紡げなくなった。


 突然の事態からくる驚きと痛みで彼女が苦悶の表情を浮かべる中、当のウォーガンは静かな、それでいて確かな怒りを湛えており。


「……勝手なのは、お前らだろうがよ。 いいか? これでも俺ぁ結構怒ってんだぜ? それでも条件次第で許可してやんのは、お前らが今まで目覚ましい活躍をしてきたからだ……」


「は、離しなさいよぉ……っ!」


「史上最短でのSランク到達、10を超えるSランク迷宮の踏破──……確かに凄ぇよ」


「だ、だったら……!」


「あぁ、だからだよ」


 国が認めたパーティのリーダーを、あろう事か本人の意向を無視して離脱させようとという愚劣極まる行いに、どうやら彼は周りが思っている以上に怒りを覚えていたようで。


 ふわっと床からカレンの両足が離れても込めた力を緩める事なく、されど彼女たちの活躍自体は認めている為、突っぱねるのではなく条件を提示してやっているのだと告げる。


「お前ら3人が勝てばユーリシアの離脱を許可してやる。 ()()()。 で、ユーリシアが勝ったら──そうだな、お前ら3人でユーリシアの頼みを1つ聞いてやれ。 ()()()()()()だ」


「は……!? ど、どういう──くっ!?」


「か、カレン! 大丈夫……?」


 そして、そのまま彼は各々の勝利によって与えられる権利について説明し、それを言い終わるやいなやカレンを床へと放り出した。


 ただ、カレンもAランク──合成職の1つであり、その俊足と多様な技能スキルで敵を翻弄する〝忍者シノビ〟である為、彼の説明に違和感を抱きながらも殆ど無音で床に着地してみせる。


 ……ところまでは、まだよかったのだが。


「よ、よくも……っ、【火遁かとん】──」


「!? それは流石に──」


 残念ながら、カレンはここで大人しく引き下がるような性格はしておらず、ソフィーの制止に構わず忍者シノビ技能スキルたる【五遁ノ術(ゾクセイ)】の中の【火遁かとん】を発動する為の印を結び始め。


 それを悟った〝賢者セージ〟という合成職に就くソフィーが、その手に持った杖を前に掲げて魔術を行使し、カレンを止めようとする中。


 カレンの優秀さと、その優秀さとは比例しない短絡さを知っていた者たちも一様に防御や回避の手を打たんと──した、その瞬間。


「──〝死にてぇか〟?」


「「っ!?」」


「「「……っ!!」」」


 片膝をついた状態のカレンより遥かに高い位置にあるウォーガンの口から放たれた、そのたった一言の脅しによってカレンやソフィーが硬直を余儀なくされ、その他大勢の冒険者たたの一部が気絶さえする事態にあって。


「……〝武闘匠バトルマスター〟の技能スキル、【武神覇気ソウルシバー】か」


「流石は私たちと同じSランクだね」


「これで平然としてるお前らも大概だがな」


 当事者であり最も近くで彼の脅しで受けたうちの1人である筈のユーリシアとクリスはといえば、ウォーガンの発動した武闘匠バトルマスターが誇る技能スキルの1つ、【武神覇気ソウルシバー】の威力や範囲を何なら称賛するくらいの余裕を見せていた。


 本来は、カレンやソフィーのように硬直させたり、その他大勢のように気絶させたりする覇気を纏う〝随時発動型技能アクティブスキル〟なのだが。


 Lv(レベル)95、現役最高峰の武闘匠バトルマスター技能スキルだというのに全く動じない2人に、ウォーガンは溜息を禁じ得ないものの、それはさておき。


「……とにかく、これは組合長ギルドマスターである俺の決定だ。 ユーリシアならともかく、お前ら3人からの異論なんざ認めねぇ。 分かったな?」


「……っ! やればいいんでしょやれば!!」


「あっ、カレン!? ま、待って……!」


 今さら何を喚こうが、もう何も覆りはしないという彼からの最終通告に、カレンが分かりやすく逆上して立ち上がりつつ組合ギルドの出口へと足早に向かい、ソフィーが一度だけユーリシアの方を向きながらも追従した後──。


「じゃあ、私も行くよ。 準備もしたいしね」


 話が一段落ついたと判断したユーリシアも立ち上がり、いつも通りの男性も女性も魅了する微笑みを浮かべて立ち去ろうとしたが。


「──……ユーリ」


「ん?」


 その時、未だに1人だけ席に座ったままだったクリスが、その切れ長の瞳を何やら訝しげに細め、ユーリシアの名を呼んで引き止めようとしてきた為、振り返ったというのに。


「……いや、何でもない」


「そう? それじゃあ、また明日」


「……あぁ」


 何かを言いかけはしたものの、そのままスッと目を逸らすばかりか『何でもない』と口にして勝手に話を終わらせにかかり、それを受けたユーリシアも多少の疑問は抱いたようだが、これといって何かに言及する事もせず冒険者たちからの視線を背に去っていった。











(……今、()()がユーリの背後に……?)


 どうやら、クリスはユーリシアの背後に黒い霞がかかったような何かを見たらしいが。


 結局、彼女には最後まで分からなかった。











『──……ねぇ、3日後に変更しなさいよ』


「あはは、まぁ1日置きに交代だからね。 また次の機会に、って事で勘弁してほしいな」



『全く、〝死霊卿エルダーリッチ〟は役得ね。 私だって貴女の戦いに興味あるのに、こういう時に限って私の番じゃないんだもの──……ずるいわ』



「まぁまぁ、たまには〝悪魔大公アークデューク〟らしく構えてたら? また〝熾天使セラフィム〟に揶揄われるよ」


『……それは嫌。 はぁ、分かったわよ』



『ねぇ、私にも出番くれるのよね?』


「え? 嫌だけど」


『ちょっと!』




「……ふふ、あはは。 冗談だよ冗談」


『もう、どっちが悪魔か分からないわね』


「ごめんごめん、さぁ行こうか──()()()


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