合軍
「失礼する! ここに将波強はいるか?」
ついに来た。
主帝騎士団がメイカに到着したのだ。
僕は今日、この街を発つ。
「僕が将波強です」
奇妙なことにこの世界に生まれ変わってから一週間が経った。
実際の時間よりも長く生きた気がする。それだけいろいろな出会いがあった。
僕は運がよかった。
「ほう、まだ倅の年頃ではないか。だが……その若さでよくこの国のために立ち上がってくれた!」
国のため、か。
この帝国という国がどれほどの規模なのか、どのような戦いの中にあるのか、なにも知らない。
だが、運良くグラン様という皇族を知ることができた。あの方は善人だった。
「主帝騎士団は完全な実力至上主義の軍隊だ。その力を示せばお前のような小童でも将になることもできるのだ!」
将になるつもりはない。
立場ある地位は行動の枷になる。
見知らぬ土地で何の力もないから在籍するだけであって、この国のために戦うつもりはない。
歩むべき道をただ進むだけだ。
主帝騎士団はいくつもの部隊に分かれ、帝国領の各地に遠征を行っている。
各都市で有望な兵力を集めながら国境付近の戦いに明け暮れている。
今、この大都市メイカに訪れている部隊は五百人規模のものだ。主帝騎士団の部隊の中では中規模だ。
部隊長と副長がいるが、将と呼ばれる位の騎士はいない。
大きな戦となれば複数の部隊が招集され、将がそれらをまとめ上げ戦うらしい。
近衛騎士団の駐屯所の騎士に別れを告げ、主帝騎士団に合流した。
ジョウさんは今日は郊外まで見回りに出ている。
ジョウさんには、もう別れを告げてある。いつでも気兼ねなく発てるように、言い残すことはない。
近衛騎士団では武力Sというだけで注目されたが、主帝騎士団では何も触れられない。
部隊の中では僕が最年少のようだった。それを物珍しげにからかってくる騎士はいた。
支給された鎧と剣を装備し、動きやすさを確かめる。
質は近衛騎士団のものと変わらないようだ。
「お前が将波強か、話は聞いている。俺がこの部隊の長であるゴウ・スノクだ。かなりの実力者だそうだな、期待しているぞ」
「よろしくお願いします」
隊長の男はかなり体格の良い。顔や腕に派手な傷跡があり、歴戦の騎士であることが見てわかる。
ビカンとも引けを取らない強者の空気をまとっている。
グラン様に報告を終え、部隊に合流したゴウは部隊の騎士を隊列させメイカを後にした。
ここから部隊は国の西方に向かって進軍し、国境を目的地とするらしい。その国境には王国との間に他種族の国があり、定期的に侵攻が繰り返されているようだ。
長旅になりそうだ。
◇
帝国の西端、帝国と王国に挟まれる形で存在している中立地域があった。
どちらの国にも他種族、それも知能を持っている種族は少なく、多くは知能の低い魔獣と呼ばれる者たちで構成されている国だと考えられていた。
度々数体の指揮官と、彼らが率いる魔獣が国境を越えてくることから、中立地域であるという立地を利用した侵略国と認識されている。
多くの中立国はその立地から接した国々から支援を得、交流の場または謀略の場となっている。
だが、この国の姿勢は違った。
幾度となく侵攻を繰り返し、帝国からの侵入も許さなかった。
そのことから帝国は王国の息のかかった国ではないかと考え、王国も同様に考えていた。よってどちらも攻めあぐねていたのだ。
しかし、その絶妙な均衡を崩そうとするものが、帝国の中にいた。
「ひゃーすんごい大自然だな!」
魔法と人の力によって多くが平地となった帝国領では見られない規模の大自然が国境に沿って広がっていた。
千ずつに分けた一万の軍がその自然に沿って配置されていた。
「確かに、これは攻めにくそうだけど……王国ってわけじゃなさそうだぞ?」
本陣で腕を組み、首をかしげる男は勘でそう言った。
中年に差し掛かる手前、手入れされていない青髭、金髪青眼、肌は褐色であった。
彼は数年で一般兵から数万の大軍を率いる将にまでなりあがった。
元々勉学にも明るかったかれは身体が虚弱だった。だが、この世界では自由に動けた。自分の思い通りに体が動いたのだ。
【自由の象徴となる者】レオス・セレグランド。
「五席将様! 進軍されますか?」
「ん~、騎士は待機。魔法部隊は火系統の魔法を準備だ、できるだけ火力が高いやつな!」
「かしこまりました。敵兵に向けて放つのですね」
「いや、その奥だ。見てみたいだろ? お城」
帝国から本格的にその中立国に侵攻が始まった。
「あの方は国盗りを知らんのか?」
だが、部下たちは自分たちの領土となる森林を焼き払ったらもったいないだろうと疑問を浮かべていた。
帝国にとって木材は有限であり、大森林を国土にするということはとても大きな価値があるのだ。
しかしレオスだけは勘で気づいていた。
これがそんなに悠長なことを言ってられない戦いになることを。
だが、レオスは自分が何を感じているのか理解していないかった。実にどこか残念な男である。
◇
「また来たのか」
とうの昔に廃城となった場所にたった一人、悲しそうに外を眺めていた。
深緑の端から炎が侵食してきている。
その前線ではまたの者たちが戦っているのだろう。身勝手に神とあがめ、私を守る者たち。
それは彼ら自身のために全くならないが、そもそも世界自体が彼らにとって優しくないのだ。だからこそ彼らは私をあがめ、崇拝する。
だけど、それは基本的に無駄な献身だ。
私を殺せる者が来たら彼らでは勝負にならないだろう。彼ら自身、彼らが基本的に戦う相手も私を殺すことは絶対にできない。そういうルールなのだ。
「今回は違うようだな」
だが、今襲ってきている兵の中に例外がいる。
私を殺すことができる者が混ざっている。
そいつの練度にもよるが、無駄な死が増えるだろう。
例外が侵攻してくるのは何年ぶりだろうか、私という存在を正しく認識して侵攻してきているのだろうか。
彼女はこの戦いで自分自身を崇拝するものたちが多く死ぬことを知っている。
だが、動かない。
もう、彼女にはそんなことで動くほどの気力は残されていなかった。