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飛火

 地下には趣味丸出しの牢屋が並んでいた。


 鉄格子の中には牢獄とは似つかない裕福らしい内装が広がっていた。

 そこらの平民よりも質の高いカーペットとベッドと机があり、部屋の隅から首に鎖がつながれている。

 歪な光景にめまいがする。

 もちろん奴隷たちの待機所であり、眼は死んでいる。


「出なさい。主君の命です」


 牢の鍵は開けることができないが、破壊することはできる。鎖も同様だ。


 幸い私の魔法でも破壊できる強度でよかった。

 これで無事主君の命を果たせそうだ。


「あら、珍しい顔ね。いたずらはダメよ」


 後ろから久しい声が聞こえる。

 油断していなかったとは言わないがこうも簡単に背後を取られるとは。


「メリッサ姉様。お久しぶりです」

「リヨこそ、大好きなグラン様のそばを離れて何をしているのかしら?」

「メリッサ姉様こそ、ミゴン様のそばを離れてよろしいのですか?」

「構わないわ。あの方はそれを望んでおられないもの」


 メリッサ姉様はミゴンという特殊な皇子についていけるほど変わった人だ。

 昔から何を考えているか分からず、いつもどこか楽しそうにふるまっているように見える。

 だが、実力では同世代の姉妹の中で頭一つ抜けていた。私も対人で一度も勝ったことはない。


 主君の命において一番難易度が高いのがこの人だ。


「ふふ、そう身構えなくてもいいわ。私はどうもしないもの」

「……なぜですか?」


 その言葉から嘘は感じられない。

 だがその薄く笑っている表情は常に変わらないのだ。


「ミゴン・ジルミニスタは面白い人だった。これまでたくさん楽しませてもらったわ。けれど、グラン・ジルミニスタは格が違う」

「どういうことですか」

「ミゴン・ジルミニスタは今日ここで死ぬってことよ。リヨ、あなたは人を見る目はないのだから気を付けなさい。グラン・ジルミニスタは外れくじの一つよ」


 先ほどからメリッサ姉様の言葉の中には皇族への敬意は全く含まれていない。

 だが、昔からこういう人だった。


「私の主君を外れくじ扱いとはメリッサ姉様だとしても許しませんよ」


 けれどこの人の気質を理由に主君への侮辱を許すことはできない。


「ふふ、あの皇子についていくにはこれくらい妄信従順な方がいいのかもしれないわね~」

「っどこへ!」


 メリッサ姉様が私から離れて歩いていく。

 主君の場所に向かうつもりなら足止めしなければならない。


「私は自由に生きるわ。他の姉妹に会ったらよろしく言っといてねぇ」


 彼女に全く戦闘の意思はない。

 だが、このまま主君の場所に行かないとは断言できない。


「待ってください。私もついていきます」

「はぁ、まじめすぎるわよ」


 この人から目を離しちゃだめだ。



 片方は緊張感を持って、片方は気楽に、姉妹交流を再開した。



 ◇



「お前たちそこで何をしている! 何者だ!?」

「来たぞ、中に入れるな!」

「近衛騎士団に招集命令を出せ! 城主様の安否をいち早く確認するのだ!」


 町の宴はまだ始まったばかり、煌々と照らされる街はその右や傘で事態の急変に気づいていなかった。

 だが、城では確実に変革の火種が起きていた。


「騎士団長と連絡が着きません!」

「全く、あの男は何をしておるのだ! こいつらは例の盗賊団だ、生死は問わん!」

「お前たち、命令を忘れるなよ!」


 城下、男たちの怒号ともに戦闘は始まった。

 魔法が飛び交い、流れ弾で城壁が砕ける。それでも恐れず剣を振り、各々が与えられた使命を全うせんと戦っていた。


 始めは戦闘慣れしている盗賊団が優勢だったものの、グラン・ジルミニスタが彼らに与えた不殺の命と、続々と増える増援の騎士たちによって劣勢に立たされてた。


「ジョウ! この前の拾い物はどうした!」

「駐屯所にはいなかった! それに、あいつをこの街の争いに巻き込む気はねぇ。これは俺たちの仕事だ!!」


 近衛騎士団たちも薄々気づいていた。

 目の前の盗賊団がただの盗賊団ではないこと。騎士団長との連絡が着かないということはグラン・ジルミニスタというもう一人の皇子の行方も分からないということだ。

 そして、城の中からも轟音が聞こえる。


「ついにこの時が来たか」


 反乱の可能性は示唆されていた。かなり前から、今の城主ではなくグラン・ジルミニスタという皇子の方がいいのではないかと。

 だが、かつての戦争を経験した者たちはミゴン・ジルミニスタという男の強さを知っていた。

 自ら戦争を後押しし、先頭に立って自他すべてを顧みず戦っていた姿に安心感を覚えた者も少なくない。


 一方グラン・ジルミニスタという男は何の戦歴も持たない若者だと聞く。

 ミゴン・ジルミニスタに刃向かう時に担ぐ神輿としては軽すぎる。

 だからこうなった。


「もういいじゃねぇか! 俺たちは、戦う理由がねぇ!」


 そう叫ぶ男がいた。


 同時に、轟光が城から吹き出し、一人の男が姿を現した。



「両者矛を収めろ!! 戦いは終わった、このグラン・ジルミニスタが責任をもってこのメイカを統治することを宣言する!!」


 勝者であり、新たな主君を前に全員が片膝を着き頭を下げた。


 この時、初めて街は騒動に気が付いたのだった。

 多くの住民は城主が誰かなど、この平和な時に興味はないらしい。


 ◇


 次の日、特に何もなかった。


 騎士たちは何事もなかったかのように駐屯所にいる者、城の補修にあたる者、それぞれが思いを胸に秘め普段通りに過ごした。


 盗賊団は解散され、元騎士だったものは近衛騎士団に戻り、傭兵たちは騒がしい通りで今日も笑っている。


 この未来が残っているのは、皇の子が自ら先頭に立つ勇敢さと自負深さを持ち合わせ、正義を示したからだと理解している。

 帝国の大都市の謀反がこれだけの規模で行われた例を見ない。それほど異常で奇跡的なことであった。


「ご苦労だったな将波強」

「いえ、自分の道でもありますので」

「そうか。今回のことは公にすることはできない。元騎士団長と元城主は我が討ったことにさせてもらった。本来ならば貴様にも多大な褒美をみなの前で与えるところだがそれもできない。よって今の我にできることならば、貴様の要望に応えよう。将波強、何を望む?」


 それを成した皇族は昨日のことなど何も感じさせない覇気をまとっている。

 いや、人間が一つの壁を越え、成長したときに見せる特有の空気をまとっている。


「グラン様に願うのはただ一つ、手の届く範囲で悪行が行われない、全を守る統治です。褒美をもらうようなこともしておりませんので」


 僕が貴族になることはありえないし、裕福になることもありえない。

 ジョウさんにもらった短剣、常夜ノ暗器があれば充分だ。


「……貴様は星の下に、というものを信じるか?」

「それは、何かの星の下に生まれたという迷信ですか?」

「そうだ。我は凶星の下に生まれたらしい。だが、それで自分の道が決まったとは思ったことがない。貴様はどうだ? その道に疑いを持ったことはあるか? その道が誰かによって作られたものなのにも関わらず自分で考え作っていると錯覚してはいないか? 将波強、貴様は人であることをあきらめてはいないか?」



 その日、やけに視界が濁って見えた。

 街と空はまだ明るい。







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