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潜火

 ジョウさんを駐屯所に送り届ける。


 駐屯所に待機している騎士たちは笑顔でジョウさんを部屋まで送っていった。


「お待ちしておりました。将波強」

「使者か」

「はい」


 明かりをつけていない部屋から声がした。

 気配は限りなく消されている。


「状況が変わりました。主帝騎士団の進行が早まっています。決行は今夜、急ですがよろしくお願いします」

「わかった。グラン様は今夜?」

「はい、同時に行う予定です。グラン様のことは気に掛ける必要はありません。夜、グラン様の屋敷にビカンを呼び出します。そこで暗殺をお願いします。グラン様は盗賊団を率いて城に向かいます」

「了解です」


 気配が消える。


 主帝騎士団がこの都市に到着すればこの作戦はまず成功しない。

 主帝騎士団の腰の重さ次第だが、盗賊団はすぐに討伐されてしまうだろう。


 それに、皇族自ら違法な取引をしていると露見すれば、国外に対して揺らぎを見せることになる。

 戦争がかなり頻繁に起こっているであろうこの世界でそれは大きなデメリットだ。

 対外的にこのメイカという都市は守備の要であり、その城主は名君である必要があるのだ。


「さっさとすり替えるか」


 グラン様がそんなことを理解していないわけがない。

 すぐにそれを治める自信があるからの作戦なのだろう。


 それに民も心のそこではそれを望んでいる。



 ◇



 日が暮れた。


 すでに屋敷の中に潜入している。


 ……こういうことか。



 屋敷にはかの皇子と姿がそっくりの偽物がいた。

 存在感がちがうのだ。これを見分けるのは難易度が高い。僕は経験から見分けられるが、バレることはないだろう。


 すでにグラン様はビカンの監視の目をかいくぐって城に向かっているのだろう。


 部屋は暗く、窓の外を眺めるようにグラン様の影武者は立っている。

 この部屋に入ってくる光は窓から差し込む街明かりだけだ。


「グラン様、私に用とは何でしょう?」




 始めるぞ



 短剣を抜き、張り付いた天井を蹴る。

 直線、右手に持った刃を命を繋ぐ首筋に向けて振りぬく。


 ここまで物音は一つも起こしていない。

 ビカンは甲冑を着ているが、この短剣なら砕いて、奥の肉を裂くことができるだろう。


 漆黒の刃は音なく空気を切り裂き、金属にスルッと入る。


 軽いっ


 抵抗なく刃は首筋どころか頸椎まで切り裂いた。

 吹き出る血を視界に捉えながら地面に着地する。


 ビカンは声も出せず、眼を見開き、驚愕と恨みの表情のまま目の光を失った。

 今まで何度も見たモノだ。


 完璧な状況と、完璧な武器があったことで仕事がずいぶん簡単になった。


「ぐふっ、お前は将波っ!」


 生きている。

 光が身体を包んだ直後、首の傷は感知し、眼に輝きを取り戻した。


 ビカンが腰の剣に手をかけようと動く。


 再び短剣を振りぬく。

 ビカンの右手は剣に届く前に力を失った。


 激痛を感じる神経も剣を振るうための腱も切った。


 だが、これで終わりではない。


「くそっがぁ!!」


 身体全体から暴風が、殺人風が吹き荒れる。



 これが本気の魔法か



 前の戦闘の時の威力と規模をかけ離れている。

 だが、僕には届かない。

 短剣でその風を切り裂き、ビカンへの道を開く。



 部屋の壁が風に切り裂かれボロボロになる前にもう一度首を右手で持った短剣で斬り、瞬時に持ち替えた左手の短剣で完全に首を飛ばした。


 宙に飛んだ首を蹴り、四散させる。

 宙に浮いた首はすでに肉片になった。


 いつもより蹴りに威力が出た気がする。


「あんな魔法もあるのか」


 少しだが油断していた。

 まさか人をよみがえらせるほどの魔法があるとは思わなかった。

 十中八九魔道具の使用によるものだろうが、一応ビカンが発動した可能性もあったから考えられないようにした。脳を潰せば魔法は発動できないだろう。


 短剣も自分で想定していたより数倍上の切れ味を発揮してくれた。



 こっちはかなり早めに終わった。

 今から城に向かっても遅くないだろう。


 まだ、街は何も気づいていない。


 ◇


「ここを守れ。できるだけ騎士を殺すな」

「はっ。ご武運を」


 盗賊団は信頼できる元騎士の傭兵に編成させた集団だ。実力と忠誠心はお墨付きだ。


「リヨ。解放を始めろ」

「はっ」


 城に入るのはいつぶりだろうか、などと悠長に考えている暇はない。

 リヨは皇族として与えられた従者だ。彼女には兄の従者の足止めと、奴隷の解放を担当してもらう。


 我が兄を打倒するまでの時間稼ぎをみなが行う。


 兄がいる寝室まで駆け抜ける。

 城に在住しているはずの護衛の兵も少なすぎる。おそらく兄の命で城の外で守備に就いているのだろう。

 彼らが盗賊団に気づき、戦闘になるまでそう時間はかからない。


 戦闘になれば血が流れる。

 彼らも我の大事な国民となる者たちだ。


「兄、いや第6皇子ミゴン・ジルミニスタ! 貴様を国賊とし、裁く!!」


 扉を開くと、寝具しかない部屋に異種族の女を抱いた皇族とは思えない男がいた。


「グラン、やっとその気になったか。やっとお前を殺す機会がきたようだなぁ! グラン・ジルミニスタ、お前を国家反逆罪で殺す!!」


 ミゴンが女を突き飛ばし、ベッドから意気揚々と向かってくる。


 ここまで警備が薄かったのにはわけがある。

 それはこの男が愚鈍であることと、圧倒的な力を持つからだ。


 ミゴン・ジルミニスタ。

 この男の半生は輝きに満ちていた。


 皇族相伝の特力【王】を持って生まれ、本妻の子として貴族に囲まれた。


【王】:欲の強さに比例して武力と魔力が上昇する。


 小さいころから貴族に触れた彼は皇帝に憧れず、それに媚を売る貴族にも何も感じなかった。

 だが、彼の破滅願望はことさら皇族の中でも強い欲だった。


 この世で最も高い地位に生まれ、高い破滅願望を持つ彼は皇位争いから早々に離れ、当時前線であった城壁都市ミスタの城主を望んだ。

 自ら戦場に出て戦い、都市を守った彼は一時英雄としてたたえられた。


 だが、彼は当時の戦争の相手であった王国に親書と死体を送り付け、戦いを煽り、民の不振を買った。


 その時彼は、イマイチだな、と一言言っただけだった。


 彼はその時、戦場に破滅願望をかなえる何かを見つけることを諦めたのだ。


「ミゴン。お前は破滅の相手に我を選んだか」

「俺のことよ~く分かってんじゃねえかぁ! そうだ、俺の願いをかなえるなら大望を抱く皇族が相応しい!!」



 我に特力の【王】はない。

 側室の子として生まれたから仕方がない。母も父に愛されている。


 その代わり、【刻歴者】という特力を持って生まれた。


【刻歴者】:歴史に名を刻まんとせん大志に呼応する力。その心が折れない限り成長は止まらない。


 俺は生まれたとき、ミゴンとは違い誰からも期待されなかった。父を除いて。

 その父である皇帝に憧れ、その上を目指し始めた。

 その頃より、身体の成長とともに武力と魔力が大きく上昇し始めた。


 そしてやっと、時は来た。


「覚悟!」

「やってみろ!」


 視界を覆う炎が一瞬で現れる。それを宝剣の一振りで消し飛ばす。


 我は魔力を高めても魔法の才はなかった。魔力が高ければ、魔法に対する耐性が高くなるが、魔法を使うことは才能がいる。


 そのため、ひたすら剣を振った。


 そして今は与えられた宝剣ジルスタの力も相まって、ミゴンの魔法も切ることができている。


 斬り払った炎の先には大きな氷の棘が何本も待ち構えていた。


「ほらよ!」


 十数本の氷の棘が襲い掛かってくる。

 範囲は広くないが、数が多い。


 剣を振りぬかず、横に飛び避ける。


「うらぁ!」


 そして、その先にはミゴンの拳が待っていた。

 鳩尾を狙った拳を剣の腹で防ぐ。


「おいおい、こんなもんじゃねぇだろうなぁ!」

「そんなわけがないだろう!!」


 蹴り返し、距離を取る。


「グラン・ジルミニスタの名を持って解放する。宝剣ジルスタ限定開放ー-克龍閃!!」

「おりゃあぁぁ!!」


 宝剣ジルスタにありったけの魔力を込める。

 宝剣ジルスタには宝剣と称されるだけの特力が刻まれている。

 今の魔力量では限定的な力しか解放できないが、俺が唯一ミゴンを上回る火力を出せる攻撃手段だ。


 光輝く太刀筋を巨大な炎の剣が迎え撃った。


 巨大な炎の剣はミゴンという強欲の化身のような男が放った全力の魔法だ。

 炎を特定の形に留め、これほど濃縮するなど天才の何者でもない。


 だが、こいつは何も努力していない。いや破滅願望も相まって努力する必要がなかったのだ。

 破滅願望を持った時から、この結末は避けられなかったのだ。


「さようなら」

「はっはっはぁ!!」



 かつて、貴族に囲まれた中から隅に立つ子供を見つめる子供がいた。

 なぜか憐みの眼を向けてくるそいつを見下したことを思い出す。



「ふっ……立派になったなぁ」



 光が炎を消し飛ばし、そのまま男の身体を切り裂いた。


 満足そうな笑顔で、男は床に倒れた。

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