異世界
空間に扉が現れ、強制的にそこから外に出される。
外ではブランが待っていた。
暗いところから明るいところに出たときに感じる特有のめまいは不思議と感じなかった。
「お待ちしておりました強様。無事に済んだようで何よりです」
「今のは何だったんですか? それとどのくらい時間が経ちましたか?」
体内時間にはそれなりに正確な自信があったのだが、あの空間では働かなかった。
「強様があの方と対面されていた時間は三分ほどです。そしてあれはあの方が面白い人間と出会うために設けられた場所です。そうですね、遥か上位に位置する存在とでもお考えください」
遥か上位に位置する存在。
長耳族のような人間と同列の種族ではないのは感じられた。
これが異世界か。上には上がいるのだろう。
「いい武器を得られたようで何よりです」
相変わらず俺の片手には短剣が握られている。
あの空間では見れなかったが、今は黒い金属の色と、黒い持ち手が普通に見えている。
この黒い金属は今まででも見たことない色だったが……暗殺には最適だ。
暗闇ではこの刃は見えないだろう。暗殺にとって、この光を反射しない黒さは大きなメリットになる。
「では行きましょう。ジョウ様がお待ちです」
ジョウさんはいろいろな武器を持っては置いて持っては置いてを繰り返していた。
「お待たせジョウさん」
「おう。納得できるものだったか?」
「うん、とても!」
経験含め、短剣の性能含め、すべて新鮮で得難いものだったと思う。
「では強様、短剣をこちらへ。最後に鑑定させていただきます」
「鑑定ですか?」
「短剣のステータスを見るのです。自分が扱う武器の性能を十分に発揮するためにも必要な事です。当店ではサービスで行わせていただいております」
紫の布の上に短剣を置く。
すぐに紫の布に文字が書きだされ始めた。
□□□
常夜ノ暗器
強度:S(固定:劣化しない)
特力:【付与・闇】【悪道】
※【付与・闇】:光と魔力を吸収し、金属の強度を高める。
※【悪道】:魔法を受け付けない。
□□□
特力が二つもついている。しかも特力の効力まで見えている。
この紫の布は相当高価な魔道具なのだろう。
そして、【付与・闇】も【悪道】もかなり優秀だ。魔法を防ぐ盾となり、守りの魔法を裂く刃となる。
そして、強度が劣化しないというのは刃こぼれすることもないということだろう。
ジョウさんからの最高のプレゼントだ。
「じゃあ行くか」
「ありがとうございました! ……またお待ちしております」
「ああ、機会があればな」
そのまま店を出た。支払いのことも気になったがあえて聞く必要もないので聞かなかった。
「じゃあ飲みに行くか!」
「まだ昼だぞ」
「それがいいんだよ」
再び周りが声に包まれる。
ちなみに短剣は癖で服の内側に入れている。
「邪魔するぜ」
「おおジョウさんじゃねえか! 騎士様が昼から酒場にいていいのかよ」
「うっせぇ! 俺だって人間なんだよ」
ここでもジョウさんの知り合いがいるようだ。それも一人や二人ではない。
店内の客がみんなジョウさんを歓迎している。
みんなでワイワイ騒ぐなかにジョウさんも入っていく。
「お前も来いよ!」
その輪の中に俺も歓迎される。
「坊主! 何歳だ!」
「お前さんも騎士か? 見えねえな!!」
ジョウさんへの質問と同じだけの質問が飛んでくる。
みんなフレンドリーで気さくな人達だ。この豪快な集団は元の世界でも味わったことがある。みな数日後には死んでいたが。
「親父! 生二つ!!」
目の前に置かれたグラスが二回なくなるくらいまではそのにぎやかさに包まれ、それなりの盛り上がりを見せた。
そして、三杯目の注文はカウンターでジョウさんと同じものをたのんだ。
「みんないいやつだろ?」
「そうだな」
ジョウさんの顔は赤みを帯びている。
「酔ってる?」
「酔ってねえよ! お前は酒強えんだな」
アルコールの耐性は付いている。というか、つけないと仕事にならなかった。
ジョウさんは少しだけ酔いが回り、楽しそうだ。
ジョウさんが頼んだ酒はウイスキーのような色をしていた。
「将波、もう少しでお前はここを出るだろ? どうだこの街は悪くなかったか?」
「うん、それはもう」
過ごしやすかった。
そう言おうとしたが、グラン様が言っていたことを思い出す。
この都市の大きさに隠れた異種族の奴隷取引。
下の民は気づかず、陽気に過ごしているように思う。けれど、その陽気さは無知であり、僕は見て見ぬふりはできない。
「けどな綺麗じゃねぇ。今は停戦中だから平和だが、それはいつか崩れる。そうなった時、腐った城主ではこの都市は回らなくなる」
「……いいのかそんなこと言って」
「いいんだよここの連中もそのことは分かってる。最近は商人を襲う盗賊団も活性化していて完全に平和ってわけじゃないけどな」
まぁその盗賊団も奴隷商をあぶりだすためのグラン様の策だから平和だ。
「みんな分かってるんだよ、つかの間の平和だってことはな。戦争は必ず起きる。城主は腐ってやがる。だが、それは俺たちにどうにかできるものじゃねぇってことは分かってる。だから今を見て生きるんだ!」
どうやら城主が腐っているのは周知の事実らしい。
この状況は何度も元の世界で見た。圧政に苦しむ人々が大勢の命と引き換えに愚者を裁くところを。
そして、僕はその惨劇を起こさないための道具としての道を進んでいる。
「……お前のことはたった数日だが倅のように思ってる。お前は俺たちのような生き方はできないんだろう。過去に何があったかも聞かない。だが、迷ったら帰って来い。少し疲れたらでもいいんだ。とにかく、気長に生きろよ」
帰る場所はここにある。
主帝騎士団は戦争のために各地を回る。おそらく平和からは遠く外れた生活になるのだろう。
ジョウさんはそれを心配して、帰ってきていい場所だと言ってくれているのだ。
今、この場所で僕だけ違う感情を持っていることも見抜かれている。
「昔……お前みたいなやつがいた。今も遠くで生き延びているらしいが、ここを帰る場所にしてやれなかった。もう一生会うことはないだろう。だが、お前は、かえってこれ」
ジョウさんはそのまま気持ちよさそうに机に突っ伏して寝てしまった。
「あなたの眼はどこかこの人の息子に似ている。どうか死なないでやってくれ」
心配される。帰る場所ができる。
それは僕の道に関係ないことだ。
だが、少し……やる気が出た。