渦
「ではついてこい」
「はっ」
第13皇子とビカンの後ろに着いて歩く。
皇子というだけあって威厳はあるが、ビカンとつながっていることが気がかりだ。
城に向かってひたすら歩いた。そして城のすぐ横にひと際豪勢な屋敷があった。
「護衛ご苦労だったなビカン」
「また外出の際はお呼びつけください」
どうやらここが第13皇子の屋敷らしい。
そして中に入る前にビカンは帰された。
「茶でも飲むか」
「いえ、お気になさらず。それよりも私なんかに何用でしょう」
ビカンがこの皇子と繋がっている場合、ここに呼ばれたのは早めの口封じの可能性は高い。皇子が黒幕とは考えたくないが、経験上あり得ないことはない。
「この前、長耳族の奴隷を拾って届けたと聞いた。その時、奴隷商を見なかったか? 些細なことでも教えてほしい」
「奴隷商ですか」
ビカンのことはだれにも話していない。
だが、ビカンがこの皇子と繋がっていれば、この質問はないだろう。
それにこの感じは純真だ。真摯な心の訴えに思える。
「そうだ。ある勢力の尻尾を探している。奴隷商がその光明かもしれないのだ!」
「巷で噂の盗賊団ではないのですか?」
「それはない、それはないのだ」
「盗賊団の長は我である」
っ、さすがに虚を突かれた。
声には出さないが、表情に少し出てしまったかもしれない。
「やっと揺らぎを見せたか。中々見ぬ傑物であるようだな」
「皇子様、冗談にしては悪手だと思われます。皇子が国賊など笑えません」
喰えぬ人物だ。
仮にも戦乱の世を生きる大国の皇族か。
「冗談ではない。兄上にバレれば死刑、国賊だ」
「……本気ですか?」
「ならば、冗談みたいな話をしてやろう。異種族の奴隷はこの世においても戦争の火種になるため、硬く禁じられている。だが、禁じている皇族がそれを行っているのだ。笑えぬであろう?」
「……笑っても?」
「ふっ、余裕があるではないか。だが、その皇族の手足が何本あるかも分からぬ。我も監視を付けられ身動きができない。そこでお前に質問をしているのだ」
訳せば、城主が大罪を犯しており、監視としてビカンを付けられている。
「なるほど。私からも質問してもよろしいでしょうか」
「許す」
「第13皇子様」
「グランでよい」
「ではグラン様。兄上である城主様を殺し、この都市を支配する覚悟がおありか」
僕がこの話に乗るかどうかはグラン様の覚悟次第だ。
自らが手を汚し、国賊ともなる覚悟があるのかどうか。
この都市の民がグラン様を認めても本国は今の城主をメイカの支配者にしており、反乱を起こしたグラン様は処刑されても文句は言えない。
「当たり前だ!! 我を試すとはいい度胸だが、お前こそ覚悟はあるのだろうな」
即答。
良い目だ。言葉にも確固たる意志と心を揺らがす熱量がある。
「もちろんです。微力ながら協力させていただきます」
これが、皇帝の風格か。
そう納得できるほどの威厳があった。
見た目から年はそう変わらないように見える。
僕とは違う戦場で戦ってきたのだろう。
この若さでこの覇気か。なるほど、帝国とは強大な国である所以の一つを見た気がする。
だが、強者の雰囲気も持っている。その腰に差している剣も存在感が半端ではない。
「では話せ」
「はっ」
あの日のことをできるだけ詳細に話した。
ビカンが手引きしていること、近衛騎士団の騎士を軽く屠る従者が二人いること。それは商売関係で金の繋がりであること。城壁外の屋敷に地下牢があることなどだ。
「やはり取り仕切っているのはビカンであるか。……お前はビカンに勝てるか?」
「難しいでしょう。訳あって魔法に対する戦闘の経験が乏しい。武力Sを当てにしているのでしたら期待には応えられないでしょう」
「武力Sまで上り詰めた者とは思えない謙虚さだな。だが、やってもらわねばならん! 我が第6皇子を処すまで時間稼ぎをしてもらう。もちろん殺してしまっても構わん」
グラン様は本気だ。
処す。自らの手で兄にあたる城主を討とうとしている。
「お前はそちらの方がやりやすいのではないか? 殺戮者というその特力、内容までは分からぬが物騒な道を歩んできたようだな」
「っ、殺戮者ですか? それに特力とは」
「特力も知らぬのか。ステータスを見る魔法でも見ることができず、そもそも持つ者もかなり少数だ。だが、皇族はすべてを見通す目を持つ。それでも我の目では見れるのは名称だけだがな」
武力、魔力、特力。一番詳細不明なのが特力か。
それにしても殺戮者とは、業はまだ付きまとうか。
自分が過去に犯した罪が力となっている。
「グラン様、私は元暗殺者です。時間稼ぎや正面からの戦いは不得手です。事を起こす前夜、命令であれば遂行します」
「ふははは!! 謙虚さなど微塵も持ち合わせていない傲慢な傑物であったか! いいだろう。我の手札も一枚や二枚ではない。お前は我の暗器となれ、近衛騎士団長ビカンの首を取り正義を示して見せよ!!」
「はっ、謹んでその命承ります」
始めは二人とも僕が一人で戦わなければならなかったかもしれない相手だ。そこにグラン様という皇族の助っ人ができたのは大きい。
グラン様の眼には威厳と自信が満ち溢れており、元の世界の貴族とは似つかない。
その体も鍛えられていることが分かり、すでに強者の雰囲気をまとい始めている。この人の自信と野心を鑑みれば、ビカンとは格が違うようにも思える。
主帝騎士団の騎士団長は皇帝であり、その子孫がこのグランという男なのだ。弱者なわけがない。
「では決行の前夜に使いの者を送る。いつでも出撃できるように準備を怠るな」
「はっ!」
前世と言えばいいのだろうか。元の世界での経験が役立っている。身分さのある相手からの暗殺依頼や潜入依頼など多くの経験をこなしてきた。跡目争いも初めてではない。
だが、この規模の都市の城主は初めてだ。元の世界が争いが少ない時代だったのも含め、今世の方が激しい人生になりそうだ。
「殺戮者か」
今日改めて知った自分自身の業の深さ。
まだまだ償いは足らないようだ。
「先生、見ていてください」
この世界でも歩む道は決まっている。
夜道、改めて新しい人生を歩み始めたことを実感しながら近衛騎士団の駐屯所へと戻った。
◇
次の日、ジョウさんと一緒に街に出ていた。
「ほんとに欲しいものなんでもいいの?」
「ああもちろんだ! 将波に事情があるのは分かってるが、俺にも……入団祝いくらいさせてくれよ!」
「ありがとう、うれしいよ」
本心からの言葉だ。
元の世界でも心から信頼を寄せられる親しい人物は片手で数えられるほどしかいなかった。
この世界で初めて関わった人がこの人で本当に良かった。
今日はなんでも買ってくれるというので市場に向かっている。
この後、主帝騎士団に合流し、この都市を出ることになるが、その時に支給される武器以外にも持っていたいものがある。
それは、暗殺用の短剣だ。
前の世界で主に使っていた武器の一つだ。
もちろん銃の使用も多かったが、音が鳴ることや粗悪な銃の横行などデメリットも多く、短剣を優先していた。
その分、暗殺のハードルが上がることもあったが、それを成功させるだけの身体能力は身についていた。
ジョウさんに短剣がほしいと伝えたら将波らしいと言ってくれた。戦闘狂か何かだと思っているっぽいが敢えて否定するほど間違いではないのかもしれない。
「ここが騎士団や傭兵などが愛用する武器屋の通りだ。まぁ治安はあまり良くないな」
騎士も使うとしてもほとんどがその甲冑を脱ぎ、プライベートととして来ている。ジョウさんも腰に帯剣しているものの防具は付けていない。
ガヤガヤとにぎやかな声がしている。体格の良い者たちが日中からアルコールを片手に武器屋や酒場を中心に人が集まっている。
「よしここだ、オススメの店だ」
通りの中でも酒場から外れ、大きな店が並ぶ場所まで来た。
客の質も少し変わり、やかましさも収まっている。
「高そうな店だけど大丈夫?」
「ははっ、ガキが心配することじゃねぇよ。それにここは顔なじみなんだ」
入るぞと一足先にジョウさんが入っていく。
ジョウさんがそれほど金を持っているとは思えない。だが、あと数日で別れだ。甘えられるだけ甘えておこう。
「お~、これはこれはお久しぶりです!!」
「久しぶりに世話になるぜ」
「何年ぶりですかな? 今日はご自身の武器の新調を?」
店に入れば一人の店員が大きな声を上げ、明るい表情で駆け寄ってきた。顔なじみと言っていたがかなり親しいようだ。
店の壁には大きく豪勢な武器がかけられている。だが、それらはあくまで見世物であり、奥の棚から存在感を放ってくる武器群がある。あれらがこの店の眼玉だろう。
「いや、こいつに一つな。ほれ挨拶しろ」
「はじめまして将波強といいます、ジョウさんにはお世話になっております」
「これはこれは、中々の若者ですな。申し遅れました。私、ここメイカ武器商団代表ブラン・ブランドでございます。ジョウ様とはご子息様とご来店以来ですな。まさか強様も?」
メイカ武器商団代表とはかなりの大物ではないのだろうか。
都市の名を冠する商団とはこの都市で比類ない権力を持つといえる。
それにしてもジョウさんに子供がいたのは初耳だな。
話にも家族の話は出てこなかった。もしかしたら、僕に家族がいないことを察し、あえて触れてこなかったのかもしれない。
「まぁそんなもんだ。短剣を頼む。こいつに選ばせてやってくれ」
「かしこまりました。強様こちらへ」
奥の棚に案内される。
やはり、この棚か。
「……さらに奥か」
棚の前に立った時に、棚のさらにその奥に気配を感じた。
もちろんここに陳列されている武器は店頭に並んでいるものよりも名器なのは間違いないのだが。
「さすがはジョウ様が連れてきた御仁、お目が高いですな。少しこのままお待ちください」
ブランが店の奥に消える。
不思議な気配だ。
前の世界では感じたことがない気配だ。武人とも王などの傑物とも違う、だが、その存在感は彼らよりも強く感じる。
「準備が整いました。こちらにお越しください」
棚の横の壁から隠し扉が現れ、奥に案内される。
「ここからはおひとりで。幸運をお祈りいたします」
壁の奥には空間があり、暗さではなく闇が広がっている。
何もないわけではない、すべて埋め尽くされているが、それらが何かが知覚できないのだ。
これが異世界か。
「失礼します」
その存在が意識を持っているように感じ、挨拶を虚空に向かって行った。
『ほう。この俺の存在を認識しているのか。あいつも久しぶりに面白いやつをよこしたな。名を申せ小僧』
空間に声が響き渡る。声から存在の場所は把握できない。上下左右すべてから声が聞こえるのだ。
「将波強です」
『キョウか。小僧、精霊は初めてか? ……言わんでいい。精霊を知らずに俺を認識するとは面白いやつよ! いいだろう、選定を行ってやる』
どうやらこの精霊という存在に選定を行ってもらうためにこの部屋に入らされたようだ。
『今からする質問に答えろ。貴様に与えるモノを呪いに変えたくなければ正直に答えろ?』
「はい」
闇に光の陣が現れる。
存在を感じられるほど魔法だ。ビカンの攻撃には何も感じなかったことから遥かレベルが違うのだろう。
『小僧は武力、知力、魔力、何を恐ろしいと考える』
恐ろしいか。
難しい質問だ。
魔力は未知の恐怖がある。
武力は惨劇を起こす恐怖がある。
知力は悪道へ導く恐怖がある。
僕にとってはすべてが等しい。
なぜなら恐怖とは業を背負った僕に感じることを許されていない感情だからだ。
感情が壊れていると先生にも言われたが、今の自分の方がソレを持っていた昔の自分よりも好きなのだ。
「すべて恐ろしいと考えていますが、今の自分はそれを感じる権利がございません。故に質問にお答えすることができません。申し訳ございません」
正直に答えた。僕に出せる答えはこれしかなかった。
光の陣が散り、その光の粒が空間に浮く。
そしてまた、新たな光の陣が現れる。
部屋全体がほのかに光を帯びる。
『……では次の質問だ。貴様の進む道はなんだ? 人生において信条とするものを答えよ』
これは簡単だった。
「悪人を裁き、善人を守るためです」
『それがお前の、お前自身の道か?』
「そうです。僕にはこれしかないのです」
再び光が散り、その粒が部屋を照らす。
三度、光の陣が現れる。
いつの間にか闇というべき空間が神々しい光が包んでいる。
『では、最後の質問だ。お前は自分自身を善と悪、どちらと考える』
善か悪か。
性善説や性悪説など、定義が難しく、遥か過去から哲学のテーマともなっていることだ。
だが、僕への場合はそう難しくない。
「悪です。それは死ぬまで変わらないでしょう」
『……理由を申せ』
「僕は善悪何も考えず、すべてに平等に惨劇を与えました。その過去の業は僕の道となり、この世にとどまる理由となっています」
『つまり、過去が今のすべてだと』
「僕が悪ではなくなる時、もうこの世にいないでしょう」
道に終わりは見えない。先に寿命が尽きるだろう。
『理解した。小僧、質問は終わりだ。まっすぐ手を差し出せ』
最後の光の陣が散り、すべての粒が空間の一点に吸い込まれ集まっていく。
目の前に集まり、高まっていく光の塊に向けて手を伸ばす。
その光が凝縮され、短剣の形を成していく。
その光の色はいつか見た純白に似ていた。
その剣をつかむと、純白の光は消え、闇と同じ色に染まった。
だが、手には短剣の感触がある。
『小僧、その道の先を求める時、また俺の元に来い』
『だが愚かな人の子に一つ助言を。思考しろ、存分に迷い疑え、人の好さとはそういうものだ』