入世
理由はよくわからないが逃がされた。
「お前たち、よく逃げてくれた」
「助ケテクレテアリガトウゴザイマス」
言葉が片言なのは異国語だからか、教養がないからか。
とにかく生きることを諦めていないようで良かった。
「お前たち何者だ!! っ!? 大丈夫か!」
「この人たちが捕らえられていた。保護してやってくれ」
「ああもちろんだ! そういうお前は?」
何というべきか。正直、何も自分を証明するものがない。
「将波強だ。恥ずかしいがこの身なりだ。僕も一緒に保護してほしいです」
「確かにかなりのものだ。よし、全員ついてこい!」
よし、騎士団長の息はかかっていない。
上手く都市の中に入れた。
生まれ変わって初めての都市だ。
さてどんなものか。
「これはっ」
「ははっ驚いたか! これが大城壁都市メイカだ。だてに帝国の大壁と言われていないのだ!」
都市の中心にはここからでも全容が見える立派な城があり、そこから山を下るようにレンガの一様な建築物が並んでいる。まるで巨大な壁のようだ。
そしてなによりも明るかった。
夜を感じさせない明るさとにぎやかさがあった。
ここは帝国の大城壁都市メイカ、一国の首都並みの繁栄を見せる大都市だ。
「お前たちにはまず駐屯所に来てもらう。そこでいろいろ詳しく聞かせてもらう」
どうやら電気や水道は完備されちないようで、明かりのすべては松明などの火の光であり、シャワーなんてものはなく、水浴びというものだった。
与えられた服は布一枚より立派なものだったが、現代の服装と比べるとかなり質素なものだ。
文化は産業革命よりも以前、兵器が発展する前レベルだ。
だが建築技術に関しては現代と方向性が違うだけで遜色がないと思う。
元の世界とは違う発展の仕方をしているようだ。
「名前は?」
「将波強だ。ステータスを見ればわかるんじゃ?」
「ステータスを見るにはそれようの魔法がいるんだよ。俺たちみたいな騎士はそういうのは不得手なんだよ」
魔法か。不思議な力のことだろう。
炎や風と同じようにステータスというのも魔法という不思議な力。
元の世界にはなかった原理だ。
「よし、これに触れて少し待ってろ。ステータスを確かめる」
「これは?」
「ステータスを見る魔法が刻まれた魔道具だ。これで名前が偽りではないか確かめるんだ」
「武力と魔力も見れるか? 僕も知りたい」
「ちょっと待ってろ。試してみる」
魔法が使えなくても魔道具っていう道具があれば魔法が使えるようだ。高価なものなのだろう。
「出たぞ。将波強、東の国出身か。武力はS、魔力はCだ。武力S!?!?」
「武力っていうのは身体能力、魔力は魔法を使う力のことか?」
「ああ。そんなところだ。だが、武力Sなんてこの目で見たのは初めてだ。……何者だ?」
武力よりかなり魔力のランクが低い。鍛えればものになるのかも知らないが、今すぐ戦闘手段に持ち込むのは厳しいか。
「何もないから何者ともいえない。ひとまずこの都市に居座るつもりだ」
「それなら俺たちに雇われないか? あまり世に詳しくないならここで学べばいい。武力Sなら即戦力だ!」
近衛騎士団に雇われる。金銭的な面でも世の中を知ることを考えてもメリットは多い。
だが、先の男はこの組織の団長だ。組織に属すれば再開する可能性も高くなるというデメリットもある。
いや、違うか。
あの人の言葉を思い出せ。
『悪人を裁き、善人を守れ。業を濯ぐためのお前の道だ』
僕が何も意識せずに奪ってきた無辜の命に報いるための道。
これを全うし、前世は逝くことができた。
生き延びたのなら、もう一度それを全うする。
そのためにはあの騎士団長も倒さなければならない。
それならあの男と再会しやすいこの組織に属することはメリットしかない。
「どうすれば近衛騎士団に入ることができる?」
「今日はもう遅い。明日入団試験を手配する。今日はもう休め」
案内された部屋は良質な布団があった。
僕はそのまますぐに眠りに着いた。
◇
城の寝室
「ふむ、戦争も起きなくなって数十年。女に溺れるしかヤることもないなぁ!」
酒を前に、両脇に女を抱き、城主は高々に笑う。
かつて戦乱の時代に鉄壁を誇った大都市も内側から腐敗が広がっていた。
この城主は帝国第6皇子。皇族ではあるが、帝位争いから外れた男であった。
首都から大きく離れたこの都市で豪遊の限りを尽くす男は何も考えてはいない。
「女、お前も幸せだろう?」
そして傍らに抱く女の耳は長く、見た目は麗しい。
彼女たちもまた、何も考えてはいなかった。
都市の華やかさは中心から腐り、毒に犯されている。
けれどそれでも問題はなかった。
あと数日は。
◇
夜が明けた。
この世界で見る朝日は元の世界と同じく、眩しいものだった。
「おはようジョウさん」
「早いな将波強」
ジョウさんは僕たちを保護してくれた騎士だ。
騎士と同じ朝食を取り、訓練場に向かう。
入団試験はそこで行われるらしい。
「入団試験でもあんまり気負うなよ、将波強なら必ず合格できる!」
「心配はしてないよジョウさん。散々武力Sのすごさは語ってもらったからな」
昨日一日、試験を手配している間暇があったのでジョウさんとは仲良くなった。
その時に耳が痛くなるほど武力Sというランクの高さ、その貴重さを教えてくれた。
騎士たちでも武力の平均ランクはB程度らしく、魔力Cも平均ランクだそうだ。
Sランクと言えば帝国の将軍レベルらしく、国を背負う武人のレベルだ。
若くしてこのランクに至る天才は必ず大成する。
そう言って昨日は一日過ぎた。
今日の入団試験は騎士長の一人が僕の力を計ってくれるらしい。
武力はB+であり、魔力はC。近衛騎士団の騎士長の中では弱い方らしい。
ちなみに騎士団長は武力A、魔力Aと公表されているらしいが、それは何年も前の話で、戦いと呼べるようなものを見た者はいないため正確には分からないらしい。
訓練場は簡素なもので、騎士が集まる広場のようなものだった。
「ようこそ将波強君。今日はよろしく、騎士長のカイムだ」
「よろしくお願いします」
そこには数人の騎士と騎士長のカイムが笑顔で立っていた。
人の好さそうな表情で、とても戦いの中に身を置いている者たちとは思わえない。
まぁそれはジョウさんも同じか。
「では、さっそく始めよう。制限時間は三分、それで君の力量を見させてもらう」
「よろしくお願いします」
模擬剣を手に向き合う。
かなり軽い剣だ。
軽く振ると予想以上の剣速が出る。
「始め!」
距離を一歩で詰める。
その速度を剣に乗せて振りぬく。
「おもっ!?」
「ふっ!」
一振り目で剣ごと腕を吹き飛ばし、二振り目で首に剣を当てた。
「しょ、勝負あり!」
急いで声が上がり、カイムはその場にへたり込んだ。
やはり、戦闘に身を置いているとは思えない身のこなしだった。それともこれがランクの差というやつなのだろうか。
騎士団長の一つ下の位が副団長、その次が騎士長のはずだが、あの男とはかなり大きな差があるようだ。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。はは、手がしびれてるよ」
人の好さそうな笑顔は引きつっていたが、そこに恐れはなく驚きのままの表情だった。
そしてその日はそのまま帰路に着いた。
「入団試験の結果は後日なんだ」
「まぁ間違いなく合格だろう。だが、近衛騎士団には配属されないかもしれないな」
「どういうことだよジョウさん」
「近衛騎士団には過剰戦力だからな。騎士団にも二種類あるんだ、近衛騎士団と主帝騎士団だ」
話によると、近衛騎士団は都市ごとに編成されており、その都市の問題に対処するのが目的だ。
それに対し、主帝騎士団は帝国の皇帝自身が団長であり、他国との戦争のための戦力だ。
主帝騎士団は化け物ぞろいで近衛騎士団とは騎士のレベルも違うらしい。
ここ数十年は大きな戦争が起きていないが、各地で小競り合いは延々と繰り返しているらしい。
「皇帝ってのが一番強いのか?」
「さぁ? 俺みたいなのは皇帝に会うこともないから分からないな。だが、ここの城主様も皇族だが、武勇は聞き及んでいないな」
「へぇ」
やっぱりメイカは皇族が城主を務めるほどの主要都市なのか。
皇族ってのは貴族の頂点だろう。元の世界では暗殺でしかあったことがないが、クズばかりだった。
標的にされるようなやつばかりだったから仕方ないか。
次の日、主帝騎士団への配属命令と、次に主帝騎士団がこの都市に訪れる数日後まで待機の命令が下った。
昼下がり、駐屯所で暇を持て余している時。
「将波強はいるか!」
僕に向かって呼ぶ声がした。
もちろん聞き覚えがなかったが、その声の主の隣には知っている顔がいた。
あいつは、近衛騎士団長、横のは誰だ?
「ばか早く行け! あれは第13皇子様だ!」
皇族!?
ということは城主か?
「お初にお目にかかります、将波強です。皇子ともあられる方が私に何用でしょうか?」
「入団試験で素晴らしい実力だったと聞いた。主帝騎士団に合流する前に俺の私用に付き合ってもらうぞ」
「はっ、喜んで!」
良い経験ができそうだが、横にいる男が気にかかる。
「皇子様、隣におられる方を紹介していただいてもよろしいでしょうか」
「ああ、自己紹介せよ」
「はっ。近衛騎士団長ビカンです。以後お見知りおきを、将波強君」