次師
世界は破綻している。
私は自分の意思でリンゴを食べたわけではないし、食べた覚えすらない。
けれど、リンゴを食べて者として生み出された。
そうあるものとして創られた存在に選択肢はない。
殺されないのも殺されるのも役目。いつか来るその時まで空虚な日々を過ごすだけ。
必死に抗い、挫折し、敗北し、諦め、絶望し、何も感じなくなった。
何故、人間以外に同等の知能を持った生物がいるのだ。
みな等しく人間であれば淘汰は起きない。争いの火種はそもそも生まれない。
けれどそうした者たちは何も悪いことはしていない。ただ人間でないというだけで人間社会から排斥され、世界から追い出される。人間によって。
けれど、異種族すべてを合わせても人間には勝てない。それだけ数に開きがある。
もちろんそうなるように調節され、生み出されているからだ。
それがこの世界の構図であり、神という不条理が管理している。
「起きたか」
そんな世界に一つのシミができるように少年が産み落とされた。
神にも興味を持たれず、ただ意味もなく人生を引き延ばされた少年だ。
けれどこの者も人間、多数派の社会で生きることには困らないだろう。
そして、人間である以上、敵にもなりえる。
「そう警戒するな。お前は旧友から預かっている」
だから
「……なんだ、身体が」
人間を辞めてもらった。
「ようこそこちら側へ。名前を聞いておこう」
「……将波強」
「将波強か。意思疎通ができるということは成功したみたいだな」
初めての試みだった。眷属を作る機能が備わっているのは知っていたが、今まで使う意味も分からなかった。
だが、これは何とも、妙な気分だ。
「私の名前はアヴェスター・シュタルフ。お前にはAの文字をやろう。初めての私の眷属だ。遠慮なく名乗るがいい」
この少年には神を殺す悪逆の主人公になってもらう。
◇
王国東部、大都市サイ。
「報告します! 東の中立地域にて大規模戦闘が勃発。帝国の第五席将の姿在り、中立地域内の未知戦力と激突し、帝国は撤退した模様です!」
「ご苦労、下がってよい」
「はっ」
近々戦争が起こる可能性が高いと言われていたが、これはその兆候だろうか。
引退前に厄介事が起こるだろうか? あと数年何もなければのどかな隠居生活を楽しめるというのに。
長年、王教の教皇としてこの都市を治めてきた。
その間、他の都市では戦争が勃発したりしていたが、この都市は中立地域が壁となり戦いはなかった。
「王従軍長を呼んでくれ」
だが、ここまで上手くこの位に滞在し続けることができたのだ。次に進む前にひと仕事くらいしてもバチは当たらないだろう。
些細な厄介事の報告はあったが、それとは別に、手には書簡が握られている。
厄介事とはこの書簡の方なのだ。王従軍長を呼び出すのはこの書簡の内容である。
[中立地域を迂回し、メイカを攻略せよ。全力を以てこれを行うことを命じる。これは帝国攻略作戦、同時攻略の要である。失敗は許されないと肝に銘じろ]
王都ビリニウムから送られてきた書簡にはそう書かれていた。
間違いなくこの世界に地獄絵図を呼び込むこととなる元凶であり、後世にどう伝えられるかは勝つか負けるかによるところだろう。
私としてはこの書簡が来た時点で人生史上最大の厄介事に巻き込まれたことは確実であり、隠居が遠のいた。
「軍長到着されました!」
「通しなさい」
「はっ」
教皇室に鎧を纏った屈強な男がズカズカと歩いてきて、私の前で片膝をつき頭を下げた。
この男の方が圧倒的に強いだろうに。
「急な呼び出しですまない。この書簡を読んでくれ」
「滅相もございません。拝見させて頂きます。……これはっ!?」
いくつもの戦場を超えてきたであろうこの男でさえ、驚くのだ。それほどに急な知らせである。
「やっとですな! あの憎き帝国を滅ぼす許可が降りました。もう我らを止めるものは何もありませぬ!」
「ああそうであるな」
そしてこの反応である。
これは王国民ならみなが見せる反応である。
王国は幼き頃から帝国を悪だと教育する。その産物がこのような愛国心を持った忠義の兵士を生み出すことになる。
だが、王教の両親から生まれた私はその教育を受けていない。ただ、人に善も悪もなくただ等しく尊い存在だと教えられてきた。
だからそもそも王国や帝国という括りで人を見ていないのだ。
なので、帝国を攻めるのはこのような愛国心の高い兵士に任せる。私はこの都市の民を守ることに専念しよう。
「私たち王教徒がこの都市の防衛に当たろう。貴殿ら王従軍は警備軍、傭兵をまとめあげて帝国を攻めるのだ。次の新月、3週間後に作戦は実行である」
「その大役承りました! 我ら王国の強さ存分に歴史に刻み込みましょう!!」
軍長は高笑いしながら教皇室を後にした。
あのように見えてしっかりと頭も使える男である。3週間でしっかりと編軍し、総大将としてまとめあげるのだろう。
そこに心配はない。
だが、心配することはある。
私たち王教徒が防衛戦において人間に負けることはないだろう。だが、人ならざるモノであれば予想はできない。
些細な厄介事が、のちに重大な見落としになる可能性もある。
中立地域は人の国ではない。
その長と呼ぶべきモノが帝国の将に勝る力を持っていた場合、この都市は攻められたその日に陥落してしまうだろう。
「困る」
私にはどうにも出来ないのだ。
神とはこういう時に祈る相手である。
便利だ。




