異端
主帝騎士団に合流し、城塞都市メイカを出発してから二か月以上が経った。
目的地である戦線が近づき、今日最後の中継地を出発する。
軍は途中で命令変更があったらしく、二千人を超える規模にまで膨れ上がっていた。
おそらく到着次第、膠着した前線に一石を投じるための一手として特攻の部隊に組み込まれるだろうということだった。
戦争の経験が少ないこの部隊は雑に兵力として消費される。
それをみな理解しているから空気は重たかった。
残念ながらここまでの進軍の間に仲を深めることはできず、騎士団の中でも浮いている。
別に仲良しこよしするつもりはないが、命を預ける仲間としては信用できない。
「お前はあまり緊張していないようだな。故郷に残してきた者とかはないのか?」
「思い残すようなことは何も。ゴウ部隊長はどうなんですか?」
部隊が膨れ上がったことで、最高責任者ではなくなったゴウ・スノクは部隊長として変わらず僕たちと一緒に行動している。
こうしていろいろな人に声をかえk、安心を与えているのだろう。
倅と同じ年頃ということで事あるごとに気をかけてもらっている。
「ふむ、俺は家族くらいだが……あいつらはしっかりしているからな!」
家族を故郷に置いてまでする仕事なのだろう。歴戦の騎士として、実力、人望ともに伴っている人物だ。
気性が荒い騎士たちもこの人には逆らわない。
「だが、軍を招集しているのは五席将のレオス・セレグランド殿は変わり者の将だと聞く。覚悟はしていうるが不安が消えるってもんじゃない。まぁ部下に言うことじゃないけどな!」
「なら僕にも言わないでくださいよ」
「間違いねぇ!!」
豪快に笑いながらまたほかの騎士のところに話に行った。
「変わり者の将軍か」
変わり者でも帝国の五席将ということは国でも屈指の強者なのだろう。
一週間後、目的地に到着した。
森が焼かれた跡があり、本陣がある丘の先には謎の空白地帯がある。
これも魔法の力なのだろうか。
だが、この戦いの跡を見ると帝国側が優勢のように見える。奥のひと際大きな山に続く道は謎の空白地帯でできているし、丘も三つ制圧している。おそらくあの山に城があるのだろう。
「よく来てくれたな! 俺がこの戦場を預かっているレオス・セレグランドだ。到着して早々悪いが、君たちには前線で戦ってもらう。作戦はのちに伝えるが、決行は明日だ。今日のうちに準備を終えておいてくれ」
将は思っていたよりも若く見えた。覇気もあまりなく、ぬるっとした雰囲気で何を考えているか分かりづらい。だが、ふぬけた愚者ではなく考えを悟らせない賢者なのだろう。
「ん? お前、そこの少年だ! お前だけ少し残れ、他の者は解散だ!」
この騎士団の中で少年と言えば僕しかいない。
他の者はこのことを気にすることなくそれぞれの天幕に帰っていく。
「何用でしょうかレオス・セレグランド将軍」
「将波強、お前、向こうの世界から来たな? 名前的に日本か?」
「っ、さすがに驚きました。ステータスの隠し方はまだ知らないもので。レオス・セレグランド将軍の言う通り日本出身です。ということは将軍も?」
「ああ、そうだ。もう十年以上前だけどな。同郷のよしみだ、何か困ったことがあったら言ってくれ! ちなみにステータスの隠し方はゆっくり帰ってから覚えろ、今魔力を消費するのはもったいないからな」
「わかりました、ありがとうございます」
話している間、レオス将軍の表情は決して明るいものではなかった。
この世界に生まれ変わったのが自分だけだとは思っていなかったが、こんなにも上の立場になっている人がいるとは思わなかった。
だが、この世界に来ているということはみな、一度は死んでしまったということだ。
それを思い出すということは気分がいいとは言えないだろう。
人脈という点においてはかなりいい出会いをしたと言えるだろう。
この人はこの世界でもう別の人生を歩んでいるのだ。
天幕に戻り武器の手入れをする。
あの将軍におそらく元の世界のような優しさは残っていない。そうでなければ戦場で結果を残し、将軍にまで上り詰めることはできないだろう。
日が沈む前。
「作戦を伝える! 明日、陽が昇ると同時、特攻をかける。お前たちは空白地帯を抜け、奥の丘を落としてもらう。同数の兵を本陣からもだし、同じ作戦を実行する。お前たちは左の丘を落とし、その後死守しろ。以上だ」
つまり将軍は明日の攻めで一気に四つの丘を奪取するつもりなのだ。
僕手値と、もう一部隊が奥の丘を奪取、もとい引き付けるおとり役となり、前二つの丘の注意を引く。そして確実に前二つの丘を獲り、その後奥の二つも取りきるつもりだろう。
相手の戦力は分からないが、僕たちは長い時間、敵の前に身を晒すことになる。その分多くの血も流れる。
だが、これが戦争なのだ。今まで何度か見た戦いのスケールアップ版だ。
なにも問題はない。
◇
「予想外の戦力追加はあったが、やることは変わらないか」
将波強という少年が向こうの住人だったことには驚いたが、それでも奥の怪物を倒すほどの戦力にはならないだろう。武力Sはかなりのものだが、年が若い。こっちにきてそう時間は立っていないだろう。
明日の作戦は奥の怪物がどこまで攻め込めば反撃してくるかを調べることが目的だ。
ここまで見せた行動は俺の攻撃を防いだことだけ、多くの兵が死にながらもそれを傍観している。
もし、すべての丘を独占しても奥から出てこないようであれば、そこで満足して俺らは引き返すべきだ。
王国とのつながりはなく、国としても成立していない。ただ、山の奥に怪物が住み着いているから近づかぬのが吉だと本国に報告する。
それができれば今回の戦火としては十分だろう。
果たしてそううまくいくだろうか。
そもそも奥にいるのは人なのかすら分からない。
だが、兵たちは明らかに向こうの山を守っている。
歪な忠義の下に成り立っている。
ここは普通ではない。
◇
廃城。
「懐かしい気配がするな」
今は隠居していると噂の顔見知りの気配を微弱ながら感じる。
そして、自分を殺すことができるものが二人に増えたことも。
新たに向こうの兵力が増加し、こっちの劣勢が顕著になった。すぐに戦況が傾くだろう。
そして、私の崇拝する者たちが全員死ねば私を守る壁はなくなる。壁というよりは膜程度のものだったが。
そして向こうの将が馬鹿でなければ一度国に戻り、私という脅威がここにいることを報告するだろう。そうすればあの攻撃をしてきた男よりも強い、私を殺せる者が差し向けられるだろう。
それは良くない。
だから、皆殺しにしなければならない。
別に私が殺したくて殺すわけじゃない。死なないための正当防衛だ。
◇
大都市メイカ、城内。
「主帝騎士団は数年ぶりに中立国に向けて大侵攻か」
報告書に目を通してそう思案する。
もう街の喧騒は静まり、街も人も眠る時間だが、この男はまだ仕事をしていた。
失っていた都市機能の再生、経済の循環など、すべきことはあふれかえっていた。
そして、この地位に座るっことができるようになった最後の一ピースの少年を思い出す。
精神に難はあれど安定はしていた。
彼が迷うことになるのは、彼が善悪を決めることができなくなった時だろう。
将波強は噂で聞く、異界からの来訪者だ。
その世界は戦時が終わり、争いのない平和になったと聞く。それも人間以外の硬度知的生物はおらず、異種族などの問題もないそうだ。
そんな世界で育った将波には人間にとっての善悪で物事を判断することができた。だが、この世界には人間と変わらない種族が多数いる。
彼は長耳族を奴隷商から解放したと聞いている。つまり、人間として異種族も認めていrうということだろう。もし取引されているのが動物だとしたら彼は動かなかったかもしれない。
だが、中には、主に王国など、人間至上主義の国も存在する。決してそれは人間にとっては悪でなく、逆に異種族というだけで人間にとって悪となる。
もし、彼が、人間にとっての悪で、異種族にとっての善という、前の世界ではなかった状況に出会ったときにどう判断するのだろうか。
今まで人間を裁く機械のような生き方をしてきたであろう彼にその判断ができるのだろうか。
今、主帝騎士団が行っていることは中立国にとっては悪行そのものでしかない。
彼は何を信条に戦っているのだろうか。
「グラン様、そろそろお休みになられてください。お体に障ります」
「ああ」
それはそれ。将波は自分で悩まなければならないことで、我には関係のないことだ。
「失礼するぞ、皇族の者よ」
「っ!? 何者だ!」
闇夜に紛れ、顔を隠した黒ずくめの男が、窓から部屋に侵入した。
とっさにリヨが我とその者の間に割って入るが、おそらく二人で束になってもかなう相手ではない。
「下がれリヨ。その方は客人であろう」
強大な力を持った精霊が武器屋の奥に住み着いていると聞いている。そいつが目の前の曲者だろう。
「そう言いながら手は剣にかけておるのだな。まぁ良い。火急の用故、この街をしばし離れる。かつての皇帝との盟約があるので伝えに来た」
「かつての皇帝との盟約とはなんだ?」
当たり前だが、目の前で武装もせずに対話するほど安心を置ける相手ではない。その強さは未知数なのだ。
かつての皇帝との盟約と言っているが、我は何も聞いていない。
「要約すれば、俺がこの都市に住み、守ることだ。お前がもし皇帝になればその時に全容を知れるだろう。今はある用でここを離れる。盟約上、それを伝えなければここから離れられないのだ」
「いいだろう。どこへ行く?」
守りとしてこのような強大なものがあるだろうか。
騎士団などよりよっぽど頼りになる存在だ。
だが、今すぐ王国が攻めてくる恐れもない。この街を離れるのを止める方が今後差支えもないだろう。
「西の大森林だ」
「主帝騎士団か」
「そうだ。俺の加護を受けた者が、とある存在と接触するかもしれぬ。まだやつを死なせるわけにはいかんのでな」
「とある存在とはなんだ?」
「ふむ、皇族ならば教えても良いか。……【星悪種】だ」
星悪種。聞いたことがない言葉だ。
だが、星の悪とはかなり物騒な名称だ。
「旧友というやつでな。殺し合いをさせるのは俺に都合が悪い。ということで外出させてもらう」
「ああ。戻ったら声をかけろ」
また闇夜に姿が消えた。
「あれが精霊か。そこが見えん」
存在としての底が見えなかった。人間の高位に存在するというだけはある。
「【星悪種】か。調べてみるか」
皇族の我でも聞いたことがない言葉だった。調べてみる価値はあるだろう。
それにしても、あの精霊の加護を受けている者とはどんな者なのだろうか。




