痛み
今回は“伊麻利さん”視点です。
「不浄の子」
年の離れた兄と言い争いになった時、兄の口から吐き捨てられた言葉だ。
もう老年になっていた父の再婚相手には若過ぎる母だったが…すぐに私を産んだ。
しかし私には殆ど“無関心”で
私の記憶には…私を置き去りにして二人の男達に甲斐甲斐しく世話を焼く母の姿が焼き付いている。
その一方の“男”である兄の立ち位置は…私にとっては『父親』だった。
その兄から浴びされた『不浄』という言葉を…その意味を…私は追おうとはせず、記憶そのものを曖昧にして深く沈めてしまっていた。
ここ数日間…記憶の地層にザクザクと入れられた鍬の先に“それ”がガチン!と当たって、私の胸の内はじわじわと血が滲んでいた。
だから里佳ちゃんの“告白”は下卑た私の心を少し軽くして…勇気をくれた。
そして…
現世での、陽葵の母親は私ただ一人なのだ。
『私が陽葵を守らずに誰が守る』と自分自身を鼓舞して…
私は今、塾の面談室に居る。
校長だというその男は…おそらくは私と同世代で…額の広い脂っぽいヤツだ。
「陽葵ちゃんは、せっかく第一志望の聖志女学院を狙えるところまで来ているのに…何かコースにご不満なところがあるのですか?」
「いいえ、学習プログラムに不満があるわけではありません」
「受験まであと1年を切って他の塾の情報も色々と耳にされるとは思いますが…当塾の実績は他の塾より抜きん出ています。それは聖志女学院への合格実績にも表れていて…」
ノートパソコンを操作して、こちらにその資料を見せようとした校長に私は言葉を被せる。
「それは『摘果』『摘蕾』のお陰なのではないのですか?」
校長はパソコンの手を止め、眉をひそめてみせる。
「おっしゃる意味が分かりませんが…」
「その通りの意味です。『勝ち目のない子供』を切り捨てれば…それは合格実績が上がるでしょう! 違いますか?」
校長は大仰にノートパソコンを閉じると悪びれもせず私を見る。
「何か勘違いをなさってらっしゃいませんか?」
『しらばっくれる気か?』と心で罵倒して、私は声を荒げる。
「いいえ! あるご父兄とそういう会話がなされた事を私どもは聞いております」
しかし校長は動じる様子がない。
「それが方針ですから」
「えっ?!」
「お母さまはここが学校の様に『教育現場』とお考えなのではないですか?」
「勉強を教える場ですから、そうでしょう!?」
校長は…どこか勝ち誇ったように言い放った。
「ここは教育現場ではなく、戦場です。ひたすら努力する者のみが勝ち残れる場所です。努力できない者は去るべきです。人生で勝ちを得るのはそう言った事でしょう」
私は…呆気に取られてしまった。塾とはこんな所なのか??
まさにその渦中に陽葵が…
私が気を取られているうちに校長は陽葵に“指導”を始めようとした。
「君は敗者として落伍してしまいたいのか?」
私は慌てて
「うちの陽葵に!」と言い掛けた時、
「落語? 寿限無??」と陽葵がボケて見せた。
「いくら縁起がいいからって、こんな長い名前。私はイヤ! それと同じように合否だけで人生を左右されるのもイヤ! そんな人になりたくもないし、友達がそうなるのも見たくない」
校長は軽くため息をついたしたり顔で自分の理屈で陽葵を諭そうとした。
「君は人生の価値を判断するにはまだまだ考えが幼い。だからこそきちんとした人の助言を受けるべきだ」
そんな校長に
「受けるべきと仰るなら…」と
陽葵は顔色一つ変えずサラリと言ってのけた。
「私の考えが幼いとおっしゃるのなら、人生の価値を自ら考察できるような教育を受けるべきですよね。それを誰から受けるのかを決めるのは先生じゃない!私の母です!」
私は席を立って、言葉に詰まっているヤツの脂ぎった広い額を一瞥した。
「少なくとも、ここには適任者が居ないようなので、塾は今月いっぱいで辞めさせていただきます」
塾を出ると私は陽葵を引き寄せて抱きしめた。
「ありがとう お母さん」
こう言って頬をスリスリする陽葵の頭を撫でながら
「まだまだ、お父様も説得しなきゃ」
と自分にも言い含めた。
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「君たちは今の格差社会の状況が分かっていない。 マーちゃんだってプラムガーデンに住んでいて分かっただろ? ここのお子さん達は皆、私学の中高一貫校か公立でも中等教育学校だ。」
「でも、陽葵のお友達はみんな東浜中に行く予定だし、海斗くんもそうじゃない!」
「それは…“クラス”が違うという事だ。友達なら聖志女学院で作ればいい。」
「そんな! 陽葵に『今のお友達と付き合うな』って言うんですか?」
「まあ、その方がゆくゆくは陽葵の為だ」
「私はそんな残酷な事を陽葵には言えません。 あなたが、そうまでおっしゃるなら…まずあなたが陽葵を納得させて下さい。言葉じゃなく態度で…」
「どういう意味だ?」
「今、KURODA組のボディボードのお仲間とお付き合いされてますよね? あの子達はみんな東浜中のOGです。陽葵にお友達とのお付き合いを止めさせるのならあなたも自粛してください。」
結局、康雄さんは今まで通りボディボードのお仲間達とお付き合いをするし、陽葵も東浜中へ進学するという事で話は落ち着いた。
家族会議を解散して、康雄さんを外出、陽葵をお風呂へと送り出して私は一人、キッチンで洗い物などしていたが…
ふいに涙が溢れて来て…エプロンで止めた。
「ごめんね、陽葵…私もまだ オンナみたい…」
。。。。。
イラストです。
物思う陽葵ちゃん。
今回は正味3日かかって、ようやく締めまでたどり付いた感じで…苦しかったです。
取りあえず推敲もしないで上げてしまいました。
読みづらくてすみません<m(__)m>
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